かっこよかった。【岩崎×赤城】

生徒会室に入ると今日も赤城さんはいなかった。

亀山会長と白田副会長が黙々と仕事をこなしている。


「おはようございます。白田さん、今日も赤城さんは休みですか。」


「岩崎君おはよう。今日もお休み。大丈夫かしら。」


「もう1週間来てないですよね。あの真面目な赤城さんが。」


「心配だけど今は待つしかないわ。私たちは自分たちの仕事をしましょう。」


「...そうですね。」


赤城さんが学校に来ない理由はだいたい検討がついている。

赤城さんには好きな人がいる。

バスケ部のエースで中学からの友人らしい。

何度か見たことがあるけど、背が高くてイケメンな人だった。

僕とは真逆だ。



先週の日曜日、泣きながら歩く赤城さんを偶然見かけた。

かなりオシャレをしていたから多分好きな人に会ってたんだろう。

そして泣いているのは、フラれたかなんかだ。

学校に来ないのもこれが原因だろう。

ベタ過ぎる理由だが充分にありえる。


そこまで察して、僕は少し喜んでしまった。

そしてそんな自分を酷く嫌悪した。

人が傷ついているのにそれを喜ぶなんて、なんという酷い人間だ。

そう思った僕はその時赤城さんに声をかけられなかった。



昼休み前の移動教室からクラスに戻ると、僕の机の上に果たし状みたいなものが置かれていた。


「昼休み、生徒会室に来い by亀山」


会長の呼び出し方が独特過ぎる。

それにしても昼休みに呼び出しとは珍しい。

なにか書類に不備があっただろうか。


生徒会室に入ると会長がいつもの席に座っていた。


「会長、珍しく呼び出してどうしたんですか。」


「岩崎。お前赤城のことが心配か。」


「それはそうですよ。仲間ですから。」


「そうか。今日は岩崎に仕事を頼もうと思って呼び出した。」


「仕事ですか。」


「放課後に赤城の家に行ってこい。」


「いや、でも行く理由がないですよ。」


「それは何でもいい。心配だから来たとかでいいだろ。」


「今日の僕の仕事もありますし。」


「それくらい俺と白田がやっといてやる。つべこべ言わずに行ってこい。」


「...わかりました。」


「以上だ。時間を取らせてすまんかったな。」


「いえ、では失礼します。」



放課後になり、僕は赤城さんの家に向かった。

赤城さんの家には半年前に1度だけ、生徒会メンバーで遊びに行ったことがあるから場所はわかる。


駅を出て通りを抜け、長く険しい坂道を昇ると、赤い屋根の少し目立つ家が見える。

あれが赤城さんの家だ。


ピーンポーン


インターホンを鳴らすと「はーい」という高い声と共に玄関が開き、赤城さん似の中年女性が現れた。

赤城さんの母親だ。


「赤城三玖さんと同じ生徒会の岩崎です。三玖さんはいらっしゃいますか。」


「あら、わざわざ来てくれたのね。三玖は今部屋にいますよ。会って差し上げて。」


「はい。失礼します。」


赤城さんのお母さんに連れられて部屋の前まで来た。


「三玖、生徒会の方が来てくれたわよ。」


「帰って。」


久しぶりに聞いた赤城さんの声は明らかに覇気のないやつれたような声だった。


「三玖!」


「おばさん、大丈夫です。あとは僕が。」


「そう。それじゃ、失礼するわね。」


赤城さんのお母さんが去ると、僕は部屋の扉に向き直った。


「赤城さん、生徒会書記の岩崎です。」


「...」


「顔を出す必要はないので、聞いてください。」


「...」


「先日、赤城さんが泣きながら歩いているのを見かけました。」


「...」


「どうして泣いていたのかは聞きません。何となく検討はついていますし。」


「...」


「多分それが原因だってことも、何となくわかってます。」


「...」


「それはそうと、会計の仕事って凄く大変ですね。予算会議は既に終わったのにまだまだやること山積みです。」


「...」


「あんな大変な仕事をほとんど1人でこなして、でも大変そうな素振りを全く見せない赤城さんは本当にすごいなって、この1週間で思いました。」


「...」


「別に無理して来いとは言いません。今は僕らだけでもギリギリなんとかなってますし、もし僕の推測が正しければその傷は簡単には癒えないものです。」


「...」


「でも、これだけは約束してください。絶対にまた学校に来てください。」


「...」


「生徒会はみんな赤城さんを待っています。何より僕が、赤城さんを待っています。」


「...」


「それだけです。失礼します。」


「...待って。」


立ち去ろうとすると、赤城さんが力無い声で僕を呼び止めた。


「ねえ岩崎、あんた私のこと好きなの?」


「...そうだとしたら、何ですか?」


「私と付き合ってみる?」


願ってもない誘いだ。

確かに僕は赤城さんのことが好きだ。

多分亀山会長も僕の気持ちを察して今日ここに来させた。

嬉しさでとてつもない高揚感に包まれる。


「...それはダメです。」


「どうして。あんた私のこと好きなんでしょ?だったら」


「赤城さんは僕のことが好きじゃないですよね。」


「それは...」


「恋の傷は他の人じゃ埋められないですよ。」


「何よ、岩崎のくせに知ったような言い方。」


「僕だってそれなりに16年とちょっと生きてますから。」


「岩崎にまでフラれるなんて、私もっと自信無くしちゃったわ。」


「僕は確かに赤城さんのことが好きです。でも、ちゃんと赤城さんが僕に振り向いてくれたら、その時にお付き合いしたいです。」


「あんた良いやつね。」


「それなりに生きてますから。」


「そうね。それなりに生きてるものね。」


「それでは、失礼します。」


「...うん。ごめんね。」




次の日、赤城さんは生徒会室に来なかった。

次の日も、その次の日も。

僕が行ったのは無駄だったのかもしれない。

まああんなのじゃ来てくれないか。

なんか告白みたいなことしちゃったし、来ても気まずいよな。


僕が赤城さんの家に行ってから1週間が経った。

生徒会室では会長が頭を抱えている。


「そろそろ限界だ...。」


いつも冷静な白田さんも元々白い顔をより真っ白にしている。


「これはまずいですね...。」


僕も多分傍から見ると顔が真っ青になっているだろう。


「赤城さんの居ない穴が大きすぎますね...。」


今月の予算の計上がどうしても上手くいかない。

秀才である亀山会長と白田さんの力をもってしてもズレが修正できないのだ。


「赤城ならなんとかしているんだろうが...。」


「会長、赤城さんに頼りきりではいけませんよ。今は私たちでなんとかしなければ。」


「わかっている。だがこういう時にいてくれないのは困ったものだ。」


会長が珍しく弱気になっている。

白田さんも懸命に机に向かっているが、いつもの気迫は全く感じられない。


全員が諦めかけたその時、生徒会室のドアがゆっくり開いた。

全員が大きく目を見開いた。


「赤城...!」


「皆さん、ご心配をおかけしました。これから復帰します。改めてよろしくお願いします。」


「赤城ぃ!」


「赤城さん!」


亀山会長と白田さんが歓喜の声をあげる。


赤城さんが帰ってきた。

良かった。

本当に良かった。

僕は安堵でため息をつく。


「赤城、早速だが仕事だ。今月の予算の計上がどうしても合わないんだ。頼んでもいいか。」


「はい、わかりました。急いで取り掛かります。」


「赤城さん、資料どうぞ。」


「白田さんありがとう。」


赤城さんは一通り資料に目を通すと僕の向かい側に座った。

僕はなんとなく気まずく、机に向かって自分の仕事に集中しているフリをする。


「岩崎。」


「はい、なんでしょう。」


「こないだはありがとう。」


「いえ、僕は赤城さんのことが心配だっただけなので。」


「正直、嬉しかった。」


「それは良かったです。」


「あと、あんな気の迷ったこと言っちゃってごめんなさい。」


「良いんです。その代わり知られたからには僕はもう手を抜きませんよ。全力で赤城さんを振り向かせます。」


「それ本人に言う?」


「有言実行ってやつですよ。」


「期待しておくわ。」


「はい。」


「あ、あと、さ。」


「はい?」


チラッと前を見ると赤城さんは顔を真っ赤にして斜め下を見て、なにやらモジモジとしていた。


「あの時の岩崎、なんかかっこよかった。」


「...え?」


「何でもない。仕事するよ。」


そう言って赤城さんは予算の計上を始めた。


赤城さん、今完全に照れた。

可愛い。

可愛すぎる。


こんなの、ますます好きになってしまうじゃないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る