お前くらいだよ。【赤城×青山×角田】

珍しく啓介に呼び出された。

槍でも降るんじゃないかってくらい珍しい。

2人で話したいらしいのだが何だろうか。

まさか告白...?

いやまさか。


少しだけ淡い期待を残し、待ち合わせ場所のカフェに向かう。

中学生の頃はよくここで啓介と待ち合わせて、ゲーセンに行ったり本屋に行ったりしていた。

そうしているうちに、私は啓介のことが好きになった。

そんな思い出の場所を待ち合わせ場所に指定するなんて、期待が膨らむばかりではないか。


このカフェは昔は閑散とした隠れ家的な場所だったが、今では家族連れやサラリーマンで賑わう場所になった。

今日もたくさんの人が来ている。

コーヒーを頼み店の奥のテーブル席に向かうと、啓介が既にコーヒーを飲みながら待っていた。


「啓介、おまたせ。」


「大丈夫、俺も今来た。」


「すごい人だね。中学の時はこんなにいなかったのに。」


「そうだな。この数年でここまで繁盛するとは。」


「元々駅近で立地は良かったし、あとはいかに知ってもらうかみたいなところだったからね。あの頃の雰囲気と変わっちゃったのは少し寂しいけど。」


「あの頃は新聞読んでるおっさんと数人の学生しかいなかったよな。少なくとも子どもが立ち寄る場所ではなかった。」


「ほんとに。小さい子なんてコーヒー飲めないよね。」


「そういえばお前、コーヒー飲めたっけ。」


「高校生になってから飲めるようになったんだよ。まだブラックは無理だけど、クリープとか入れれば飲めるよ。」


「ふーん。お子ちゃま舌は卒業したか。」


「誰がお子ちゃまよ。啓介だって紅茶飲めなかったくせに。」


「あんなもん飲めなくても何も困らないだろ。」


「まさかまだ飲めないの?」


「ああ。飲めない。飲むつもりもない。」


「どっちがお子ちゃまよ。」


どうでもいいことを話していると中学の頃を思い出す。

あの頃もこうしてテーブル席に向かい合って、どうでもいいことをずっと話してた。

啓介はあの頃より笑わなくなって、私はメガネをかけなくなったけど、やっぱりここで話すのは楽しいし落ち着く。


少し時間が経って、店内のお客さんが少なくなってきた。

ふと窓から外を見ると、人通りがまばらになり空は雲がかかって薄暗くなっている。


「そうだ、啓介何か話したいことがあったんだよね。」


「ああ、そうだ。」


啓介の顔が少し曇った。

何か深刻なことなのだろうか。


「まあ、いわゆる恋の悩みってやつだ。」


「え...」


まさかだった。

啓介に好きな人がいたなんて。

鳥居だろうか。

私だろうか。

それとも別の誰か...?

様々な思考がぐるぐると脳内を巡る。


啓介は意を決したのか、改めて私の方に向き直って口を開いた。


「俺は青山のことが好きなんだ。」


負けた。

啓介が選んだのは鳥居だった。

宣戦布告から僅か1ヶ月あまりのあっさりとした敗北だった。

私の方が何年も前からずっとずっと好きだった。

なのにどうして高校からの鳥居を選んだんだろう。

私に何が足りなかったんだろう。


辛いし悔しいが、それを啓介に悟られるわけにはいかない。

上手くできているかは不安だが、動揺を隠すように笑顔をキープした。


「そうなんだ。啓介、鳥居のことが好きだったんだ。あの子いい子だもんね。」


「それでだな、青山に告白しようと思うんだけどどうかな。」


「啓介は鳥居といい感じなの?」


「どうなんだろう。赤城は何か聞いてない?青山と仲良いだろ。」


どうしよう。

何かどころか啓介のことが好きなの知ってるんだよな。

でもずるいかもしれないけど、それを言うような敵に塩を送ることはしたくない。

言うべきじゃないよね。


「何も。私たち恋バナなんてそんなにしないからね。」


「そうか。じゃあ見ててどうだ?俺が告白して、受け入れてくれそうか?」


ああ、もうやめてよ。

送らなかった塩を傷口に塗りたくるようなことしないで。

今私は失恋してそれどころじゃないんだから。


そうか、私失恋したのか。

じゃあ敵も何ももう同じ土俵にすらいないんだ。

そう思うとなんだか全てがどうでもよくなってきた。

もういいや、背中押してやるからさっさとくっつけ。


「受け入れるんじゃない?実際どう思ってるかは知らないけど、啓介のこと少なからず好意的に感じてるだろうし。」


「そうか、ありがとう。おかげで勇気がでた。今度青山に告白してくるよ。」


「うん、うまくいくといいね。」


啓介のこんな顔見るの、いつぶりだろう。

スッキリしたような清々しい啓介の表情を見て、私の中の何かがパリンと割れた。

今はそれを無視することにした。

直視してしまうと泣いてしまいそうだから。




会計を済ませて、私たちはカフェを出た。

代金は啓介が全部払ってくれた。

何度も断ったけど啓介は「俺の勝手に付き合ってもらったから」と言って引かなかった。


「赤城、今日はありがとう。なんか勇気出たよ。」


「うん。」


「こんなこと相談できるの、お前だけだよ。」


「うん。」


やめてよ。

ただでさえ泣きそうなのに、余計泣きたくなるじゃん。

割れた破片はどんどん撒き散らされて、無視しようとしてもどこを向いても私の視界に入ってくる。

一刻も早く1人になりたい。

そうしないと啓介を困らせることになってしまう。


「じゃあ、私はここで。」


「送るよ。」


「いいよ。大丈夫だから。」


「いや、でももう薄暗いし。」


「本当に、大丈夫だから。」


「...そうか。じゃあ、気をつけてな。」


少し強引に拒否しすぎたかもしれない。

啓介は少し暗い表情をしていた。


振り返ると啓介の後ろ姿はどこか明るく見えた。

それを見て自然と涙が溢れてきた。

1度涙腺が決壊するとなかなか止まらず、遂には歩きながら嗚咽を上げ泣いてしまった。

すれ違う人達が私を見ている気がする。

でももうそんなのどうでもいい。

今はただ、悲しくて悔しくて、どうしようもなくなっている。




家に帰ると真っ直ぐに自分の部屋のベッドにダイブした。

枕を顔の前に持っていき、さっきまでより激しく泣き喚いた。


どうして、どうして私なんかより関わりの浅いはずの鳥居を選ぶの。私のこの気持ちはどうすればいいの。今まで想い続けてきた私は何だったの。髪をボブにしたのだって、私服に緩めのスカートを履くようになったのだって、メガネをやめてコンタクトにしたのだって、全部全部全部啓介のことが好きだからなのに。啓介のために何も変わらなかった、啓介がタイプって言ってたような女子じゃない鳥居が好きって、おかしいよ。絶対おかしい。そんなのおかしい。狂ってる。狂ってる。狂ってる!


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


枕から声が漏れるほど泣く。

親に聞かれてもどうでもいい。

今はこの世界の全てがどうでもよかった。

ただただ、行き場を失った啓介への想いだけが、行き場を探して暴走していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る