私が嫌だな。【裏川×表】

表さんが風邪をひいて学校を休んだ。

絶対に僕のせいだ。


昨日僕と一緒に帰ってるときに、車がはねた雨水を被ったせいで風邪をひいたんだ。

僕が車道側を歩いていれば表さんが風邪をひくことはなかった。


表さんはきっと僕を恨んでいるだろう。

次会ったら責められるかもしれない。

もう2度と話してくれないかもしれない。

このことをみんなに話して除け者にして、僕に復讐するかもしれない。


ダメだ。

もう表さんに顔向けできない。




昼休み、昼食の弁当を食べながらそんな話を前沢にすると前沢は笑った。


「お前まだそんなこと言ってんのかよ。」


「でも明らかに僕のせいじゃないか。」


「確かにお前が車道側を歩かなかったのはいろいろとどうかと思うけど、それにしても発想がぶっ飛び過ぎだろ。面白すぎる。」


「とにかく今は表さんに会うのが怖いんだ。」


「じゃあ今日会いに行けば?」


「どうしてさ。わざわざそんな危険を侵すなんて。」


「ノート取って渡しに行くついでにお見舞い。会いに行くにはごくありふれた正当な理由だろ。」


「いやでも風邪をひかせた原因が行ってもダメだろ。」


「悪いと思ってるなら謝ればいいじゃん。恨まれてると思うなら本当にそうなのか確認すればいい。」


「それで本当に恨まれてたらどうするんだよ。」


「知らねえよ。っていうか絶対恨まれてないって。」


「エビデンスは?」


「根拠って言えよ。そんなもんねえよ。強いて言うならそんな程度で恨んだりしないっていう、普通の人間の感覚だ。」


「っていうかそもそも午前のノート自分のぶんしか取ってないよ。」


「大丈夫、佐野が取ってるから。」


「佐野さんが取ったなら佐野さんが渡しに行けばいいじゃないか。」


「あいつ今日部活だぞ。ついでに俺も。」


「いやでも...」


「とりあえずつべこべ言わず言ってこい。わかったな?」


「お、おう...わかったよ。」


前沢の気迫に圧される形で僕は表さんにノートを渡しに行くことになった。




午後の授業は全く集中出来なかった。

恨まれてるかもしれないのに、しかも好きな女の子の家に行くなんてリスクが大きすぎる。

ラブコメみたいな展開だけど、現実はラブコメほど甘くない。

きっと昨日のことを手酷く責め立てられるだろう。

いや、それどころか門前払いされるかもしれない。

どちらにしろハイリスクノーリターンだ。

でも1度行くと言った手前、行かないわけにもいかない。


放課後、帰りのホームルームが終わると佐野さんからノートを受け取り、重い足取りで表さんの家に向かう。

逃げ出したい気持ちが大きいが、教室を出る直前前沢に

「逃げんなよ。」

と釘を刺されたから逃げ出せない。



学校から歩いて15分ほどで表さんの家に着いた。

心臓がバクバクと音を立てて破裂しそうだ。

インターホンを押そうとする指が震える。


ピーンポーン


押してしまった。


「はーい。」


表さんとは違う女の人の声がした。

表さんの母親だろうか。


「表光さんと同じクラスの裏川です。ノートを届けに来ました。」


「はーい、ちょっと待っててくださいねー。」


表さん、どんな顔するかな。

嫌がるかな。

門前払いかな。

嫌すぎて卒倒するかも。

そんなことを考えているとドアが開き、表さんが顔を出した。


「裏川君!わざわざ来てくれたの!?」


「う、うん。これ届けに来ただけだから。それじゃ。」


やっぱり怖くなってしまって、逃げようとしてしまう。

今は怒ってるようには見えないけど、この後なにか言われたらもう僕は立ち直れない。


「待って!せっかく来たんだし上がって行ってよ。」


「え、でも」


「風邪はもう平気だよ。お昼には平熱に戻ったし。」


「えっと、じゃあお言葉に甘えて...」



初めて入る女の子の部屋は意外と質素で、でも予想以上に綺麗だ。

表さんは玄関前で出迎えてくれた時より紅潮した顔を向けた。


「お茶持ってくるね。ちょっと待ってて。」


「あ、うん。」


好きな女の子の部屋に1人。

これほどドキドキするシチュエーションはどんなラブコメでもなかなかない。


女の子の部屋はピンクとか赤系の色が多いと思っていたが、表さんの部屋は黄色が多い。

好きな色なのだろうか。

本来であればチカチカして目が痛くなりそうな色だが、何がそうさせているのか僕には凄く高揚感を感じさせる色に思える。


人の家には特有の匂いがあるものだが、表さんの家は特別いい匂いがしている気がする。

部屋はよりいっそうそのいい匂いが強く感じる。


2、3分ほどして表さんが部屋に戻ってきた。

麦茶が入った透明のグラスを2つとポテトチップスが入った皿をお盆に乗せている。

その光景を見て、なんかいいなぁ、と思った。

何がいいのかは自分でもわからない。


「裏川君ずっと正座してたの?足、痛くない?」


確かに足が痺れて動きにくい。


「だ、大丈夫だよ。これくらい。」


「足崩していいよ。楽にしてて。」


「うん、ありがとう。」


表さんはグラスと皿を小さな机に置くと、僕の前に座った。


「今日はありがとう。お見舞いに来てくれて。嬉しい。」


「ああ、うん、ノートとったの僕じゃないんだけどね。」


「佐野ちゃん?」


「そう、佐野さん。」


「あの子、字綺麗だもんねー。ノートも見やすいし。」


「そうなんだ。」


「見てみる?凄いよ。」


表さんは僕が渡した封筒を開け、ノートを取り出した。

中を見ると本当に綺麗な字で、内容も見れば今日の授業が思い出されるほどわかりやすく書かれていた。

色わけもしていて重要な単語がわかりやすい。


「凄いね。」


「凄いでしょ?」


表さんはなぜか自分のことのように誇らしそうだ。

その顔を見てドキリとした。

僕は表さんのこういう所が好きなんだろうな。


ここまでの言動を見ていると表さんが僕を嫌っていることはないようだ。

でもまだ不安は残っている。

昨日のことを本当に何とも思っていないのだろうか。

表さんの大事な時間を奪ってしまった一因の僕を、本当に嫌っていないのだろうか。


「ねえ、表さん。」


「なに?」


ふと向けられた無邪気な笑顔にまたドキリとする。

嫌われたくない。

その思いがまた僕にブレーキをかけようとする。

でもここでやめたらわざわざこんな機会をつくってくれた前沢や佐野さんに申し訳ない。


「佐野さんが今日風邪ひいちゃったのって、多分昨日の雨のせいだよね。」


「あーうん、多分ね。水溜まりをはねた車のせいだね。あれは酷かったよねー。」


「あれ、僕は僕にも一因があると思ってるんだ。僕が車道側を歩いていればあんなことにはならなかった。今日表さんが風邪をひくこともなかった。男が車道側を歩くことなんて当たり前なのに、僕はそれをしなかった。ごめん。」


言い切った。

怖くて途中から下を向いてしまった。

表さんの顔を見れない。

黙ってるけど、どんな顔をしてるんだろう。

やっぱり怒ってるのかな。


そっと顔を上げると、表さんはびっくりした顔をして固まっていた。


「表さん?」


「あ、ごめんね。あまりに想定外なことでびっくりしちゃった。」


表さんが、えへへ、と可愛い声で笑う。


「そんなの考えてもなかったよ。」


「そうなの?」


「うん。あんなの水溜まりをはねた車が100悪いんだし、そもそも男だから車道側歩かなきゃいけないことなんてないよ。まあそうしてくれたら嬉しい気持ちもわかるけどね。それに、立場が逆だったら裏川君が学校を休んでたってことだよね。それは私が嫌だな。」


「そうなんだ。てっきり嫌われたと思ってた。」


「そんな!私は裏川君のこと嫌ったりしないよ!むしろす...」


言いかけてやめてしまった。

なんて言おうとしてたんだろう。

す、って言ったから...いやまさかな。


「良かったよ。嫌われてなくて。」


「う、うん。嫌ったりしないよ。」


「あれ、表さんなんか凄い顔赤いよ。大丈夫?熱あるんじゃない?」


「そうだね。熱あるかも。」


「じゃあ寝ないと!僕もう帰るから!」


「だめ。」


表さんは立ち上がろうとする僕の袖を掴んだ。


「やっぱり前言撤回。この風邪は裏川君のせい。」


「そ、そんなぁ。」


「だから、今日は看病してって。」


「いやでも僕今日初めて来たから何がどこにあるのか...」


「じゃあまずはそこにある風呂桶に冷たいお水入れてタオルと一緒に持ってきて。」


「だから僕は表さんの家の事何も知らない...」


「わからなかったらお母さんに聞いて。」


「いやでも...」


「あー、また熱上がっちゃうよー。明日も学校行けないなー。ぜーんぶ裏川君のせいだー。」


「あーもう、わかったよ。」


「よろしくー。」



結局その日は夜まで看病して帰った。

そういえば帰り際、表さんが気になることを言ってたな。


「裏川君、Merci pour aujourd'hui. C'était comme un petit ami.」


あれ、なんて言ってたんだろう。

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