デートしたい。【手嶋×相田】
「せんせー!デートしましょー!」
僕が顧問を務める吹奏楽部の2年生、相田が昼休みの音楽準備室に来るなりこんなことを言ってきた。
「デートって...ダメに決まってんだろ。」
「またまた〜、ツンデレってやつでしょ。」
「何だそれ。」
「普段はツンツンしてるのに、時々デレる萌える人のことですよ。まさに手嶋先生!」
「違う。生徒と先生が出かけるのは普通にダメだ。」
「えー、ケチー。」
「ほら、さっさと飯食ってこい。」
「はーい。」
昼休みは音楽室に吹奏楽部員の1部が昼食を取りにやってくる。
その間僕は音楽準備室に籠っている。
部員たちとの関係性はそれほど悪くない。
だが今のご時世、あまり近づくといろいろと危険だ。
だから僕は彼女らと過度に干渉せず、昼食も一緒には食べない。
しかし相田はそんなことお構い無しに近づいてくる。
罠にかけようとしている悪女なのか、本気で僕のことが好きな変人なのかわからないが、やたらと絡んでくる。
今日に至ってはデートなんて。
そんなことしたら即教育委員会行き、教育界追放、社会的抹殺が待っている。
だから僕はいつもどうり流れ作業で断った。
今日の授業が全て終わり、部活の時間になった。
続々と吹奏楽部員が音楽室にやってくる。
バタンと音楽準備室のドアが開くと、相田が入ってきた。
「せんせー!デートしましょー!」
「それ昼にも言ってただろ。返事は変わらない。ダメだ。」
「ツンデレっすかー?」
「そのやり取りももうしただろ。ふざけるのも大概にしろ。」
「じゃあ真面目にお願いすればいいですか?」
「いや、そうじゃなくてだな。」
相田は僕の話も聞かず、深呼吸をしてまっすぐこっちを見据えた。
「手嶋先生の好みの女性になりたいから、一緒に服選びに行ってほしいです。」
恥ずかしくなったのか、相田にしては珍しくモジモジしている。
正直相田は可愛い。
明るい性格も相まって、同年代の男子はほっとかないだろう。
それがこんなことを言ってきたら、何も感じるなという方が無理な話だ。
「先生?デート、行ってくれますか?」
あれ、ヤバいんじゃないか?
生徒を可愛いなんて思う26歳教師、相当ヤバい構図じゃないか?
っていうかデートデートって連呼するなよ。
したくないのに意識してしまうだろ。
「...ダメだ。」
「あ、今迷いがありましたね?」
「そんなわけあるか。だいたい、僕は大人の女性が好みだ。相田みたいなガキンチョは圧倒的対象外なんだよ。」
大人の女性が好みっていうのは間違いじゃない。
年下も年下の良さがあるし、全然ありなんだが。
これだけ言えばさすがに諦めるだろう。
しかしその考えは甘かった。
「つまり大人っぽい服を先生に選んでもらえばいいんですね!」
「なんでそうなる。」
「えー、だってー。」
ガチャリ
音楽準備室のドアが開き、部長の赤城が顔を出した。
「相田さん、ミーティング始めるよ。」
「はーい。先生、後でね。」
なんというか、助かった。
相田の相手をするのは毎度毎度疲れる。
どうすれば完全に諦めてくれるだろうか。
それを考えることも億劫だ。
今日の吹奏楽部はパート毎に別の教室に別れての個人練習。
練習が始まってから少しして、各教室を周って疑問や課題を解決していく。
各パートを周り終えた頃、部活終了の時間になった。
今日は少し長くかかってしまった。
練習を終えた部員たちが帰って行く。
僕はまだ少し仕事が残っているから音楽準備室に籠っている。
今日は雨が降ってなくて良かった。
自転車通勤だから、雨が降ると大変だ。
ガチャッ
音楽準備室のドアが開いた。
みんな帰ったはずなのに誰だ?
「先生、まだ仕事ですか?」
「相田、まだ帰ってなかったのか。とっくに下校時間過ぎてるぞ。」
「いやぁー、先生からデートのお返事もらってないですから。」
「だから何度も断ってるだろ。」
「でも、大人っぽい格好すれば...」
もう限界だ。
あまり荒いことはしたくないが、諦めてもらうには仕方ないか。
「相田。」
「はい。」
「僕が君に恋愛的な感情を抱くことは絶対にない。確実にない。100%ない。青天の霹靂なんて存在しない。天地がひっくり返ってもありえない。
君と僕は生徒と教師だ。
もっと言えば子どもと大人だ。
それは絶対に恋愛することが許されない。
もし万が一ありえないが、僕が君に応じれば、僕は一生を棒に振る。
はっきり言って君が自分の想いを僕に向けることは、君が僕の喉元にナイフを突き立てて来ているのと同じだ。
いや、それ以上かもしれない。
勝手に恋愛感情を持っていることは構わない。思想の自由は誰にも侵せない。
でもそれを僕に向けることはやめてくれ。
君のしていることをしっかり自覚してくれ。
僕にも人生があるんだ。」
言い切った。
これで諦めないわけが無いだろう。
相田は今にも泣き出しそうな表情で僕を見ている。
「で、でも先生、想いは伝えないと叶わないって、国語の先生も言ってましたし。」
「それはそうだ。でもその伝わる想いは時として伝えた相手の命を奪うんだ。」
「そんなに大変なことなんですか?」
「そうだ。」
「私の想いは間違ってるんですか?」
「ああ。」
「私、先生のこと、本当に好きなのに...」
「それでもダメだ。」
「そんな...どうして...」
泣き出してしまった。
やめろよ、僕が悪いみたいじゃないか。
「...わかりました。もういいです。さよなら。」
「ああ。」
相田は音楽準備室のドアを開け、帰っていった。
どうやら諦めてくれたようだ。
これで危機は去った。
相田の感情が原因で僕の教師人生が終わるというシナリオは消え去った。
でもなんだろうか。
胸に少し引っかかりを感じる。
この痛みの正体に心当たりがあるが、認めてしまうといけない気がして無視することにした。
夜は長い。
今日中に仕事が終わりそうもない。
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