第3話 村の試練②

 日陰で椅子を並べて座る村長とアツキに断りを入れてテーブルを持ってきたリュウが、テーブルに布を敷いて、どうぞとハンナを促す。

 ハンナはほんのり赤い頬を撫でて、家から持ってきたバスケットをテーブルの上に載せた。中身は穀物パンに新鮮な野菜を挟んだものや薄いハムが幾重に重なったものがあり、全体的に鮮やかである。


「おおこれは朝早くか、ら……いや、何でもない。……ワシも食べていいハンナちゃん?」

「……いいよ」

「わ、わーい! お、俺も貰おうっと」

「? 俺はこれだ! へへ。ハンナのハム野菜サンド、すげえうまいんだよなあ」

「あ、あんまり勢いよく食べて喉詰まらせないようにね?」

「うまい! やっぱりうまいなあ」

「……ぁ」


 ハンナは湯飲みに顔を近付けて顔を髪で隠した。大口でサンドイッチを頬張るリュウはじっとハンナを見つめていたが、反応がない為視線を移す。そしてアツキと目があった。

 アツキはフッと鼻で笑って小さな口で野菜のサンドイッチを食む。

 普段だったらイラっと感情が動くが、成人の試練で高揚が勝る今、彼女の挑発は心に響かない。リュウは不意にテーブルの下を見る。

 隣のハンナやクロヴィ、村長の脚は膝を曲げて足の裏はしっかりと地面についている。同じくリュウもだ。だが一人だけ膝は曲がっているが地面に足がついていない。

 視線を上げたリュウはアツキを見てフッと笑った。

 そう、アツキはとても小さい。身体的特徴を今まで馬鹿にしてこなかったし、これからもしないつもりだったが、アツキの態度で改めた。

 なんか癪だから馬鹿にされたらやり返そうと。

 頭の回転が早いアツキは、リュウの視線と鼻の音で察したのか大きな口を開けてサンドイッチを食んだ。最もリュウの普段の半分にも満たない大きさだが。


「ふう……よし。私お茶持ってくる」


 顔を上げたハンナは、表情を無にして席をたった。リュウは手伝うというが、ゆっくり食べてと言われ手元のサンドイッチに目を落とし納得する。


「アツキ、これ食って腹休めしたら試練だが、大丈夫か?」

「洞窟だから大丈夫だと思うけど、どうだろうね? 私、魔術師だし後衛だから怪我はないと思うけど」

「そういえばみんなの適正綺麗に別れたよな」


 リュウは思い出す。

 アツキは魔術師で得意武器は短いステッキ。クロヴィは戦士で得意武器は手斧と盾。リュウは剣士で得意武器は両手剣。ハンナは回復術士で得意武器は何故か刀。

 

「ハンナの得意武器刀って聞いた時は目を疑ったっけな。あれってやっぱり村長の影響?」

「んー。どうじゃろな。趣味でそういうカタログは集めとるが、実物は無いしのう」

「ええ? 実物ねえのかよ。どうやって戦うんだ?」

「そもそも回復術士だし要らないだろ武器」

「術士は指し示した相手に術を当てる為に指標となる指差しの延長に出来るものが必要なのよ。それがないとコントロールを失って爆散、なんてことになるわね。そして何より威力が弱い」

「……まあ、ハンナのことだし暴発の心配してないけど。威力が弱いのは不味いよな」

「あら? 何か美味しくないものが入ってたかしら?」

「んぐっ」


 胸の前で腕組みしたハンナがいつの間にかリュウの後ろに立っていた。いないと思っていた人物に、関係の無いことを尋ねられてリュウは咀嚼していたサンドイッチを変なタイミングで飲み下してしまった。


「ゴホッゲホッ! ハンナいつの間に」

「サンドイッチの話?」

「え? ち、違うぞ? 試練でのハンナについてだよ」


 ハンナはちらりとクロヴィとアツキに目を向ける。頷くクロヴィと含み笑いのアツキも頷いて肯定する。アツキの態度が気になるところだが、そこは幼馴染。長年の付き合いでリュウを揶揄っているのだろうと判断出来る。ハンナも同じことを考えていたのか、肩を竦めて続きを促した。


「ハンナは回復術士だろ? だけど得意武器は刀。しかも実物もないから回復の威力が無いし不味いよなって話」

「ああ、そういう……それに関しては問題無いわ。見てなさい」


 ハンナは少し離れた場所に立ち、肩幅に開いた足で地面を確かめ、左の掌に右の拳の側面を押し付け目を瞑った。

 碧の光がハンナの体の周りに円を描くように現れる。弱々しく明滅していたそれは、次第に強くなり、一際眩しくなった時、ハンナが言葉を発する。


「宿りし治癒の力、我に従い顕現せよ」


 ずりゅんという擬音が聞こえるかのように現れた碧の光の集束は、左の掌から右の拳に移り、まるで拳に生えているように形がそこから動かない。右の拳から生えるそれは、まるで刀のようだとリュウは思った。


「形の集束。私は力を整える事が出来る」


 幼馴染で殆ど同じ時を過ごしてきた彼女が、遠い存在に感じたリュウだった。

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