Root 3-3;少女との再会

1週間程度しか経っていないはずなのに、幾分か容姿も少し成長したように見受けられる。年頃の少女の成長ってこんなにも早かったっけ?それとも、日本人とは成長スピードが違うのか。不思議に思う気持ちも強かったが、少女の姿を直接確認出来て、少しほっとした気持ちの方が強かった。


「どうかした?」


あまりに凝視し過ぎていたのか、少女はきょとん顔でこちらを見ている。


「あ、すみません。アイラさんからは無事だと聞いていたんですが、実際にもう一回あえて少し安心しちゃって。」


「あの時は、申し訳なかった。」


「本当に心配したんですよ。急に消えちゃうから。」


少しだけ、目元が熱くなった。慌てて、目を擦りごまかす。


「あのあと、どこに行ったんですか?」


「…」


「アイラさんと君はどこから来たんですか?」


「…」


「も、もしよかったら、少しだけ君のことを教えてくれませんか?」


「…」


「せめて、名前だけでも?」


「教えられない。」


「…」


少女と目を合わせているのに、少女は僕の質問には答えてくれない。想像はしていたが、名前もダメとは。これだけ少女のことを心配しているのに、少女はこちらを見つめているばかりで、少女が何を考えているか全くわからない。すこし気持ちが沈む。


夜の研究室に少女と僕の二人っきり。沈黙が研究室を包み込むと、少女は珍しそうに僕のデスクを見たり、周囲を見渡している。

デスクには、少女くらいの年頃の子には難しすぎる分厚い専門書と、研究のデータが無造作に置かれているだけだ。少女にとって大学はまだまだ遠い存在で、物珍しいのかもしれない。そんなことを思っていると、沈黙を破ったのは少女だった。


「ねえ、ここはあなたの机なの?」


「そうですよ。」


「どんな研究しているの?」


「えっ?」


「机に置いてある本は、既存物性に関するデータ集、物質の結合方法に関する法則の専門書。一見すると理論物理学の研究者の机のように見える。けど、その隣には演算シュミレーションソフトの解説書や基礎的な演算に関する専門書で、電子工学系の研究者とも思える。」


「...」


「あまり関連性の無いものが一人の研究者のデスクに並べてあるなんて不思議。ここに置いてあるデータは研究に関わる何かの演算結果で、これを見れば私なら理解できると思う。ただ、他人の研究を勝手に覗き見みするのは悪趣味。だから、聞いてる。」


まさかの少女からの質問に、僕は呆気に取られてしまった。中学生?くらいの見た目の少女からの質問は、研究者が自分の専門外の研究者にする質問のようだ。


「そこに置いてある本の内容わかるんですか?」


「ええ、の理論物理なら理解できる。」


え、ちょっと待って。そこに置いてある本は”この程度”と呼べるものではないから。大学で研究している学部四年生の僕だって、完全に理解しているとは言えないのに。それを幼げの残る少女に”この程度”と言われるなんて...

あまりにも想像していなかった少女の答えに僕は驚いた。


「結構、難しいと思いますよ。そこの本。」


「そう? 初歩的内容だと思うけど。」


「初歩的ですか...」


なんだかバカにされているようで、悲しくなってきた。


「質問に戻るけど、ここでどういう研究しているのか教えて。」


「あ、うん。僕の研究は理論物理化学を用いた新材料研究で、主に研究しているのは人体との親和性の高い新材料についてです。」


「へえ。生体用金属関連ということね。」


「そうです。いろいろ研究されていますが、僕のは脳神経に親和性の高い物質、つまり脳神経代替用金属ですが。」


「なるほどね、脳神経代替ね。材料系の実験やっているのは分かったけど、それにしては研究室に実験設備が少ない。実験は別のところで行ってるの?」


「まあ、そうとも言えますね。現実では実験は一切しないで、大学のスパコン内の物理シュミレーターで演算だけやって、新素材の可能性を探してるんです。」


「かなり興味深いわ。」


あれ、おかしいな。この会話なんか、学会でパネル発表してるときに他の研究者から受ける質問のようだ。


「ちなみに、演算だけしかしないのかしら? 演算で結果が出たとしても、それが実現可能かは別。研究する者なら空想を現実に換えて、社会に還元しないと。」


「一応、小さな炉とか素材は学内置いてあるんで、ある程度であれば学内で創れるかもしれません。ただ、僕たちの研究はあくまでも可能性を提示することを目的としているので、実際に創ったりはしないんですよ。」


「無責任な研究。」


「あ、ははは、手厳しいですね。たまに同じようなことを言われる方いますよ。」


本当にこの少女は謎だ。何を考えているか分からない上、大学生の僕と同じ、いや恐らくそれ以上の知識を持っているとは改めて驚く。どこかの大学で研究でもしているのだろうか? 確かに海外の大学や教育制度であれば、ある程度の飛び級は認められているらしいが、こんな年の子も研究しているのかと、少女に関する疑問が増えるばかりだ。


「あなたの論文があれば、あとで読ませて。面白そう。」


「まだ書き終えてなくって、完成したら読んでください。」


「わかった。」


少女はあらかた質問をし終えたのか、僕のデスクを後にして、こちらへやってくる。


「本題に入る。今日はあなたに聞きたいことがあるの。」


また、これかと僕は身構えた。

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