Root 3-2;先輩との時間

「全然違います! 確かに、少女を探してレイコさんに迷惑かけたり、態度の悪い女性を急にレイコさんの店に連れて行ったのは事実ですが、そのほかは断じて違いますから!」


「えーそうなんだ。けど、中学生くらいの女の子を追っかけまわしたり、別の女性をレイコの店に連れってたのは本当なんだ。」


「うぅ…言葉にトゲがあるように聞こえます。」


「まあまあ、若いんだし、いいんじゃないの? ただ、前者は犯罪一歩手前だと思うから気をつけなよ。」


「カナタ先輩、楽しんでらっしゃいます?」


「あ、バレた?」


カナタ先輩は相変わらずこっちには顔を向けず、ひたすらキーボードに何かを打ち込んでいる。顔が見えないが、背中から不敵な笑みが感じられている。


「まあ、あのレイコの話だから、きっと盛りに盛って話を私にしたことはわかってたんだけど、君の反応が面白くてさ。」


ひどいぜ、先輩...けど、かわいいから許す。


「それで、結局その子たちとはどういう知り合いなの? レイコも気にしてたよ。君が何か変なことに巻き込まれているんじゃないかってね。」


レイコさんも何だかんだ言って、心配してくれているのか。

口は悪いし、性格もひねくれているが、本当にやさしい人だと改めて感じた。さっきの《クソババア》は撤回しよう。レイコさん、すみません。


「結局、何もわからないってのが、正直なところでして...」


「ふーん。そっか。」


「なんか、自分でも無意識に彼女たちの力になってあげたいと思って、ついつい。」


カナタ先輩のキーボードを叩く手がピタッと止まり、座っていた回転椅子をくるっと回し、身体をこちらに向けて、呟いた。


「おやおや、それは恋ってやつかい?」


「………」


先輩と目が合う。いつ見てもかわいい顔立ちだが、彼女の目の下のクマはいつもに増して濃い気がする。


「せ、せんぱい、からかいすぎですよ。」


先輩がクスッと微笑む。


「ごめんごめん、研究室にこもりっきりで、娯楽に飢えててさー。」


先輩は再び身体をPCへ向け、キーボードを叩き始める。


「本当に、いじわるだ。」


先輩がこちらを振り向いて見つめられた時、一瞬ドキッして心臓の鼓動が早くなったのは言うまでもない。


~~


先輩とのコミュニケーションを楽しんだ後は、まじめに研究を進めた。相変わらず大した結果も出せず、研究は暗礁に乗り上げている。どのパラメーターをいじっても上手くいかず、思ったように結果が出ないのだ。

自分が今行っている研究の難しさは、無限の可能性があるということだと思う。シュミレーションである以上、パラメーターを複数設定して演算を行うわけだが、設定したパラメーターの内、全て適切でないと失敗してしまう。無限の可能性があるということは、逆を言えば無限に失敗する可能性もあるし、成功するには無限に近い失敗を重ねないといけないということだ。まさに、あの有名な発明家の格言通りだなと、この研究を行ってつくづく思う。

だから、自分の選択1つでいくらでも可能性がある、面白い研究と思っているが、結果がここまで出ないと正直つらくなってくる。


ふと、研究室に掛けてある時計に目を移すと、すでに18時を過ぎていた。


「あ、もうこんな時間か…」


昼は研究室にストックしていたカップ麺を食べたが、流石に腹が減ってきた。

背後の先輩は相変わらずキーボードを叩く手が止まらない。


「先輩、晩飯どうされますか? 一緒に学食行きませんか?」


「私はパスで。今夜はレイコから飲みに誘われてるんだよね。このデータだけまとめきったら、出かけるよ。」


「また、僕の悪口で遊ばないでくださいよ…」


「うぬぼれるな、少年よ。大人の女性レディーが君のネタでいつまでも盛り上がれるわけないでしょっ。」


タンッと、軽快にキーが叩かれる。


「さてと、さっそくだけど私はそろそろ出るわ。まだ、降り始めてないけど、予報ではそろそろ雪降り始めるらしいから、さっさとこの監獄から抜け出しておくことにするよ。」


「そうですか...」


先輩との二人っきりの夕食を少し期待していたが、儚く散ってしまった。

先輩はいそいそと自分のデスク回りを片付けて、コートとマフラーを身に付けた。


「あ、今日はレイコの店に泊まるから、研究室出るときは鍵掛けといてね。」


「わかりました。戸締りして帰ります。」


「うん、じゃあ、研究頑張ってね~」


先輩は手をひらひらさせながら研究室を出て行った。かわいい仕草に思わず見とれてしまう。

来週から始まる国内学会で、先輩は自身の研究紹介をする予定だ。発表用の資料作成や研究のデータまとめで、今が一番忙しいはずだが、レイコさんとの飲み会がよっぽど楽しみなんだろう。ひょっとすると、目の下のクマが濃かったのは今日のために時間を調節していたのかもしれない。どんだけ仲良いんだよ、あの二人。


「さてと、僕も食事にしますか。」


ノートPCを閉じて、ソファーから立ち上がる。軽く背伸びをしてからコートを羽織り、電気を消して研究室の扉を施錠し学食へ向かう。ほかの研究室もチラホラ明かりがついているが、人の気配は少なくなってきている。

誰ともすれ違わず研究棟から外へ出ると、辺りはすでに真っ暗だった。

冬の冷たい空気が僕の肌を刺す。


「うぅ...今日も相変わらず冷えるな。」


今日の晩飯はあったかい味噌ラーメンで体を温めようと心に決めて、学食へ向かった。


~~


学食で一人寂しく希望通りの味噌ラーメンを食した後、自販機で缶コーヒーを入手し、研究室へ戻ってきた。


「あれ?」


施錠したはずの研究室の扉が少し開いている。学食へ向かう前に、確実に鍵を掛けたはずだ。この大学の研究室はすべて最新式の電子錠であり、鍵は学生証に埋め込まれたICチップに記憶されている解除キーデータだ。各研究室の扉はその研究室に籍を置く者か、大学関係者の一部が持っているマスターキーでしか開けられない。マスターキーを持っている大学関係者はもう帰っている時間だし、事前の連絡もなく急にマスターキーを使って研究室に入るはずがない。そして、こんな時間に他の学生が来るはずもない。

もし、誰かが学生証を紛失して、それを使って入りこもうとしても、どの研究室に所属している学生かわからないと入れない。学生証を複製しようとしても、ICチップに埋め込まれている解除キーデータを解析する必要があるから不可能に近い。つまり、部外者が入る可能性は極めて低い。


「カナタ先輩戻ってきたのかな…」


恐る恐る研究室の扉をゆっくり開けると、電気は消えたままだ。


「まさか、泥棒?」


こんな片田舎にある大して研究成果もあると思えない研究室に、わざわざ?

少々ビビりながら研究室へ入る。


思い切って電気をつけると、研究室の奥の方にある僕のデスクに、見覚えのある格好をした女性が立っていた。


「だ、だれだ!」


とっさに声を絞り出すと、その女性がこちらを振り向く。


「...こんばんは。」


挨拶をしてきた女性は、身長は150 cm後半程度で、腰まで伸びた透き通るような美しい金髪を束ねたポニーテール、新雪のような純白の肌、少し凹凸が目立つようになった胸元、服装は真っ白なワンピースに白いビーチサンダルを身に付けている。


「ま、まさか、君なのか?」


「久しぶり。」


そう呟いた女性は、あの少女だった。

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