先輩との時間
Root 3-1;研究室の日常
アイラと出会って、さらに2日がたった。あの金髪美少女と同じようにアイラが消えたが、もう二度目だ。それほど驚かない。少女たちがどこに消えて行くのかはわからないが、元気にやっているとわかっていれば、心配する必要もないだろう。
一方で、町は少しざわめき始めていた。アイラが詳しく話を聞いていた、狐の不審死を端に発し、相次ぐ野生動物の凍死が報告され、町内に野生動物に近づかないよう注意喚起が周知されていた。
保健所も凍死体が発見された周囲の消毒作業を進めると同時に、街に数件ある畜産農家への注意喚起を行い、徹底した防疫体制がとられるようになった。
僕は少女たちのことで頭がいっぱいになっていた。少女たちはどこからやって来て、どこに帰っているのか。なぜ、二人とも《僕に会いに来た》と言ったのか。アイラが、この野生動物で流行り始めた謎の事件へ興味を持っていたのか。少女たちの真の目的は何なのか。頭の中で考えるだけ考えたが、結論なんか出るわけなく、少女たちに聞いてみるしかないという、ありふれた結論で納得せざる得なかった。
まあ、少女たちがいつ、どこに、どうやって現れるか分からないので、結局は僕は何もできないが。
~~
今日は大学の研究室に向かっている。少女たちについて気になることや、調べたいこともあるが、いい加減真面目に自分の研究を進めないと本当に卒業が危ういからだ。
僕の所属する研究室は大学のキャンパス内にある研究棟の一室で、研究は主に新素材・新物質の物性研究を行っている。物性研究といっても実際にモノを作って実験するわけではなく、学内に設置してあるスパコンの演算能力を使って、様々な物質・素材を組み合わせたシュミレーションを繰り返し行い、特出した物性を出す組み合わせを探している。まあ、簡単に言えば、コンピュータ上の仮想現実で数多ある物質を組み合わせ、新しい素材や物質を作り、珍しい性質が出るモノを見つけるというものだ。正直、現時点で発見されている物質の組み合わせでも、数えられないくらいあるのに、それをさらに掛け合わせるとなると、まるで砂漠に落とした小さな宝石を砂漠の隅から一粒一粒砂粒を確認していくような地道な作業で、そう簡単に新しいモノが発見できない。
加えてこの研究はあくまでもシュミレーションであり、現実的には不可能な机上の空論となるような結果もあるが、教授はよく
(――今の人間の科学技術では机上の空論かもしれないが、私たちが今発見していれば、いつか机上の空論が現実のものとなるかもしれない。我々の研究は人類の未来の
と言っている。正直この研究室に入ったのも、この少し言葉に僕の封印したはずの厨ニ心がくすぐられてしまったからである。
「おはようございまーす。」
研究室に入室しながら、あいさつをする。まあ、返ってくる声は一つしかないのはわかっているが。
「やあ、今日はこっちに来たんだね~おはよう。」
顔はPCのモニターを向いていて、こちらを一切振り向かないが、手だけひらひらさせて挨拶を返してくれている。研究室には、相変わらず先輩しかいない。
この研究室はかなり変わっている。研究室に必ず居なければならない時間(コアタイム)もなければ、研究自体シュミレーション主体の為、学内インターネットがつながる場所であれば、どこからでも研究ができてしまう。担当教授も元外資系重工業企業出身ということもあって、結果さえ出せれば研究室に来なくて良いということになっている。
論文の読み合わせや、ミーティングもオンラインで行うことが多く、同じ研究室のメンバーとも滅多に顔を合わせない。修士課程の大学院生の先輩方の中には同じ研究室に所属しているはずなのに、顔すらわからない方がいる。教授も年中世界のあちこちを飛び回っており、研究室に居るのはかなり珍しい。いつも研究室にいるのは教授の助手である
「今日はどーしたの?」
「読みたい文献を取りに来たのと、気分転換に来ちゃいました。」
「そっか。」
先輩は相変わらずモニターを凝視している。眼鏡のよく似合う綺麗な顔は、いつものようにこちらを向いてくれない。正直、研究室ではまともに面と向かって会話をしたことがない。
先輩は巷で有名なアイドル並みの顔立ちで、髪型は明るい茶髪のボブ、耳には銀のスタッドピアス、落ち着いた濃い紅色の眼鏡をかけているのが特徴だ。スタイルも良く、目の下の濃いクマが無ければ、どっかのアイドルと見間違えらてもおかしくない。学内には先輩のファンクラブも存在しているほど人気で有名だが、研究室に籠りっぱなしで、研究室に住み着いているという噂もあるくらい研究熱心だ。
実際は2日に1回は寮へ帰っていると本人から聞いたことはあるが、正直いつ研究室に来ても先輩はいらっしゃるので、噂はあながち本当なのかもしれない。
研究室の自分のデスクに不要な荷物を置き、ノートPCと自販機で購入した缶コーヒーを持って、先輩のデスク近くにある共用スペースのソファーにあえて腰を掛ける。缶コーヒーを飲みながら、シュミレーション結果に目を通していると、先輩から話が振られる。
「あ、そういえば、レイコから聞いたよ。」
「え?何をですか?」
「ロリコンに目覚めたかと思えば、どっかのご令嬢の下僕になったりと、最近忙しいんだって?」
ブブゥ――――――ッ
口の中に含んだ、缶コーヒーを盛大に吹いてしまった。
「ちょっと、汚いな。自分できれいに掃除しておいてよ。そこ私の寝床なんだから。」
「す、すみません。レイコさんそんなことを言ってたんですか?」
近くに置いてあったキムワイプで後片付けを始めながら、レイコさんの非道を聞く。
「えっと...確か、最初は急にロリコンに目覚めて、猛吹雪の夜に中学生くらいの女の子を一晩中追っかけまわして、凍死しそうになったり。」
「…」
「かと思えば、世の中をなめ切ったお嬢様の下僕になって、さんざんレイコの店を貶して、最終的にはお嬢様に見捨られて、泣きながら一人さみしく帰っていったって。」
「……」
「あれ、違った?」
「ぜんっぜん!違います!」
あの、クソババアなんてことを言ってくれるんだ。
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