Root 2-3;彼女の名前

痛い。

左ほほに当てている氷嚢がみる。

レイコさんのきれいな右ストレートをもろに食らってしまった。

流石元ヤン、パンチの威力が半端ない。

僕に一発入れたレイコさんは流石に冷静になったのか、怒りが治まっているようだ。


殴った直後から黙り込んでいるが、氷嚢をすぐに渡してくれた上に、今はカレーの準備をしてくれている。

一方で、怒りの主な原因を作った彼女は僕が殴られたのにも関わらず、当たり前のように料理を待っている。

僕は君を庇ったんだけど...と言いたいが、蛇足だ。やめておこう。


~~


「ほらよ。」


レイコさんお手製の無加水チキンカレーが並べられた。

特徴的な見た目のカレーはいつ見ても旨そうだ。

独特なスパイスが食欲をそそる。


「へえ、これが”カレー”ですの...」


「え、うん。見た目は普通のカレーじゃないですけど。」


「おい、なんだそのは。」


「あ、いや...す、すごく美味しいから冷めないうちに早く食べましょう。」


レイコさんの鎮まっていた怒りが再び目を覚ましそうなところだった。

一方、彼女はカレーをじっくり眺めていたが、ようやく食べ始めた。

僕も頂くことにしよう。


「うーん、いつ食べても美味しい。」


「当たり前だ、これを作るのにどれだけ時間かけけてると思ってんだよ。」


「ですよね。失礼しました。」


「あんたも、うまいか? 私のカレーは?」


「え? ええ、まあ、そこそこかしら。」


「おいおい、そこそこはねえーだろ。結構評判いいんだぜ、このカレー。こいつなんか週に何回も食べにくる中毒者ジャンキーなんだぞ。」


「え、まあ、美味しいといえば、そうかもしれないわね」


だと、いちいち、気に障るやつだな、テメーはよ」


「ま、まあ、落ち着いてレイコさん、今日もいつものように美味しいですよ!

それに、彼女もって言ってますし。」


(———美味しいかもだけどね。)


「ふん。」


本当に仲悪いなこの二人。

レイコさんの怒りが再燃しないか、心配だ。


「あの、意地なんか張らずに美味しいなら、素直に美味しいって言ってあげてくださいよ。」


「おい、そんな強制させるようなこと言うんじゃねえ!」


「いや、だって...美味しいのは間違いないですし、せっかく美味しいものを食べてるのに、勿体ないとおもいまして...」


「美味しいのは当たり前なんだよ!」


「・・・・・・ない。」


「えっ?」


「だから、味がわからないんですの!」


「はあぁ?」


いきなり、何を言い出すんだこの子は。

味がわかんないって、どういうこと?


「そもそも、香りがいまいちですわ。」


「はあ、んだと?」


「スパイスの使い方を学ばれてはいかがかしら?」


「おい、テメー、やっぱ表へ出るか?」


あーもうやめてくれマジで。俺は何のために殴られたのかわかってるのかこの子は。

また、そうやって煽ったら、レイコさんのか細い堪忍袋の緒を切れちゃうから。

そもそも、いい大人なんだからちょっと煽られたくらい我慢してほしいものだ。


「そもそも、先ほどからわたくしのことを『おめー』とか『てめえ』とは、失礼ではなくって?」


「なんだと、テメーこそ私に対して失礼な態度だと思うが?」


「まあ、多少は...言いすぎましたわね。」


おっと、急にデレた。どういう思考回路なんだこのお嬢様は。

煽ってみたり、素直になってみたり。

もういい加減にしておくれ。


「とにかく、わたくしにはIlaという両親から与えられた素晴らしい名前がございますの。お呼びになる際は名前で呼んでいただきたいものですわ。」


「あ? なんだって? イラ? これは結構なお名前だな。他人をイライラさせる才能がありますようにってか? ふん、ぴったりな名前じゃないか。」


あーあ、せっかく素直になった彼女にそんなことを言ったら...ほら、もう彼女顔真っ赤にして怒っちゃってるよ。


「貴方、流石に今の言葉には傷つきましたわ!!!」


「いいですの、わたくしの名前はIla、ですわ。覚えてくださるかしら? 」


「へえーアイラって言うんだね、いい名前じゃないか。」


「気安く呼び捨てにしないで貰えるかしら? 」


おい、せっかく褒めたのに。

その返しはいくら何でもひどくないか?


「はいはい、様、では私も”レイコ”っていう名前があるので、そちらでお呼びいただけますかね!!」


「ええ、もちろんですわ、レイコさん。」


「やればできるじゃないの、意外と素直じゃん。」


あれ、ちょっと仲良くなってきている?

さっきまであんなに険悪だったのに。

いろいろ考えてフォローしてたのに、結局勝手に喧嘩して、勝手に仲良くなってる。

これだから女性の考えることは全くわかんない。


「ところで、アイラちゃん。」


...まあ、呼び捨てにしないだけ良いですわ。ご用件はなんですの?」


「今日は何をしにここに来たんだい?」


「・・・それは…」


「あの金髪のかわいいお嬢ちゃんはあんたの知り合いなんだろ? 知らないだろうから教えてあげるけど、こいつ、アイラちゃんのお知り合いの少女を探して吹雪の中、死にかけるところだったんだよ。」


「・・・」


「目的くらい教えてくれたっていいじゃない? 今日だって、どうせあの子のことが心配で、あの子のことを聞きたくてアイラちゃんをウチに連れてきたんだろうだからね。」


「・・」


ナイス!レイコさん。

僕の聞きたかったことを的確に聞いてくれてる!

やっぱりここに来て正解だったわ!

(まあ、ここに来たい言ったのはアイラだけど―――)


「それは・・・・・」


「え? 何だって?」


「ですから、わたくしは彼に会いに来たんですの!!」


アイラはビシッと僕の方へ指を指している。


「え?」


一体どういうことなの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る