Root 1-2; 初めての終わりと続く始まり

パクパクと順調にカレーを進める少女を店主は不思議そうに凝視していた。普通こんなに見つめられたら、気になって食べ進めれないのが普通と思うが、少女は一切動じずカレーを食べ進めている。


「おば、、お姉さん、あんまり見つめちゃ食べにくいと思うよ。」 


「えーだって、気になるじゃんーこんなにかわいい子がなんかと、こんな時間にうちの店に来るなんて、事件とかで連れまわしてるんじゃなきゃ、「この子見てください」って自慢しに来てるのかと思ったわ。あと、今度おばさん言ったら出禁な。こっちはまだ30代前半アラサーのピチピチギャルだって何回も言ってだろ。」


一切こっちを見ないで、笑顔で口調はやさしく答えた店主だが、最後の方は怒りがにじみ出てた。

さらりと笑顔で相手を脅せるあたりが恐ろしい。34才までがアラサーらしいが、本当はいくつなんだか、というかアラサーのピチピチギャルはないだろ。いろいろと突っ込みどころ満載だ。


「ねえ、あんた、観光客かなんか?」


「・・・・・・・いえ。」


店主が唐突に質問したと思うと、彼女もあっさりと答えた。僕が質問した際と少女の態度が違うことに若干腹を立つ。カレーの消費スピードが速くなる。

そんなの僕を気にも止めず、店主は立て続けに質問を続ける。


「んじゃ、こっちに引っ越してきたの?見ない顔だけど」


「いえ。」


「ご両親は一緒なの?」


「いえ。」


「じゃあ、一人で来たの?」


「はい。」


「年は?」


「15。」


「事件とか危ないことに巻き込まれてる?」


「いえ。」


「こいつに無理やり付き合わされてる?」


「いえ。」


「なんか、困ってる?」


「いえ、特に。」


「そっか。ではでは、どうしてあんなところに一人でいたのさ?」


「・・・・・・・」


カレーはおいしいのか食べつつけているが。肝心の質問には沈黙のようだ。


「ふーん、まあ、答えたくないならいっか。良かったな、容疑が晴れてー」


「いや、だから無理やりじゃないし、連れ去ってないですから。」


いつまで疑ってるんだよ。このおばさんは。


「けどねーいつまでもウチの店に居させるわけにもいかないし、無責任に連れてきたこいつは寮だしねー」


問題の核心に迫りながら嫌味を言う店主、執拗な投げかけにも動じない少女。


「ど、どうしましょうねーあははー」


この空気に耐えかねて軽口を叩いたはいいが、店主の指摘は正しい。寮での部外者の宿泊は厳禁、ましてや超絶美こんな少女は尚更無理だ。


「へえー、この状況を作った犯人のお前がそれを言うのか。」


「う・・・・」


「どうやって解決してもらえるのかなー」


「あ、そ、それは・・・・」


「はあ、考えもなく見ず知らずの女の子を連れまわそうなんて、なんという計画性のなさかね。それでも大学生かよ。まだまだ、おこちゃまだな。」


店主の呆れた目線が刺さって痛い。


「だ、だけど、困ってそうだし、外寒いし、仕方なかったんですよ!!」


苦し紛れの反論に対して、駄々をこねる子供をなだめるように店主が絞りだした。


「やさしくするんだったら、最後まで面倒みれる覚悟と計画を持って、行動してほしかったよ。」


「いつもはヘタレでクズのくせに、たまにこういうことをやらかす事は悪くは無いと思うけどね。」


「・・・・・・・」


ぼそっと褒められた気がするが、完璧な大人の指摘は、残り僅かなHPを必殺技でK.O.されたように僕の心は傷だらけになって、返す言葉も無い。



しばらく、沈黙が続いたが、少女はペースを落とさず食べ進め、ついに、


「ごちそうさま。」


とカレーを食べきった。


「どうでしたか?ここのカレーは?」


少女に話しかける事で、この空気を和らげようとしたが、


「・・・・・・・・・・・・」


少女は無言だ。

ここは「おいしい」って返ってきて、カレーの話題で時間を稼ごうと思った僕の計画は儚く消えていった。恐る恐る店主の顔を伺うが、若干笑顔が崩れているようだ。

この店一押しの料理である、このカレーの感想が無言であれば、そうなるのも仕方ない。重たい空気で場が静まり返った直後、


「帰る。」


急な少女の一言に、僕も店主も驚きを隠せなかった。


「え、あ、帰るって家、近いんですか?」


「・・・・・そうとも言える。」


「ん???どういうこと???」


年不相応で意味不明な返答に、ますます少女が気になる。


「・・・本当に家に帰るのかは、どうでもいいけど、他人に迷惑だけはかけないようにな。」


「んな、ちょっと、流石にそれは無責任ですよ!」


「無責任?本人がそうしたいなら、好きにさせておけばいいじゃん。」


「いや、だって、どう見たってこの子中学生くらいですし。。。」


「年は関係無いだろ、私がこの子ぐらいの時も、遊び歩いてた日くらいあるし」


「いや、それは世間一般的に”普通”ではないかと。。。。」


「この子がそうしたいって言うなら、尊重してやれよ。まあ、経験上今日の天気なら一晩はどうにかなる。大丈夫っしょ。」


「いや、それは、あなただけだと思いますが。。。」


「ああ゛ーん?さっきから、否定的な事しか言わないけど、じゃあ、あんたがどうにかしてくれるわけ??」


「それは・・・」


「何もできないくせに、正論ばっか言うんじゃないねえよ。」


元ヤンの睨みの効いた啖呵に、

いや、実際問題、真冬の外で一晩を過ごすのは、大変危険なんですが。。。

と出かけた言葉は飲み込んだ。そうだ。僕には何にも助けてあげれない。無力だ。

また完全論破され、自分の無力さに落ち込んでいると、少女は席を立ち、店の扉へと進んで行く。


「あ、待ってください。近いなら送っていきますよ。」


僕も少女の後を追うように席を立つ。


「またウチに来な。厄介事持ち込まなきゃ、カレー食わせてやるよ。」


少女の背中に向かって、店主は呟いた。


「ありがとう。」


少女は振り返らず、店の扉に手を掛けたその時だった。



視線がぐにゃっとゆがみはじめた。

身体も急に力が入らなくなり、ふらつく。

立っているので精一杯だ。

扉の前に居た少女へ視線を移すと、少女はこちらへ振り返ったようだが、ただ僕を見つめるだけで微動だにしない。


(—————―――ない。————ごめんなさい。――――)


少女がこちらに向かって何か謝っているように聞こえるが、音も聞こえなくなってきている。

するとゆっくりと、少女を中心に周囲の風景が消えていく。

まるでホログラムが消えていくように、風景が小さなブロックへ変わっていく。


「あ、あ、、うぅあ・・・」


発声もままならなくなっていた。

自分の手を見ると周囲の風景と同様に、手だった物は小さなブロックに分かれ、細かい塵のように崩れ、消えていく。

まるで、体が原子レベルまで還元されていくかのように。


「————————」


もう声すら出ない。

体も店の内装も消えて、真っ黒な”無”へ変わって行く。

再び少女へ視線を向けると少女は、扉だったところで立ちすくんでいる。


(——————0601———————0024————)


少女の声が聞こえた気がするが、もう何を言っているのかわからない。

ついに、僕は完全に闇に包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る