少女との夜
Root 1-1; 初めてのカレーライス
「きれい。」
真冬にもかかわらず、ワンピース姿の彼女はそう呟いた。
「え、、あ、はあ、確かにそうですけど。。。」
あまりにも唐突な彼女の一言に、進めかけていた一歩がピタリと止まり、僕自身も空を見上げついつい言葉を返してしまった。
不格好な彼女の適切なコメントに面をくらい、さっきまでの羞恥心や怒りを忘れ、さらに余計な一言を付け加えてしまった。
「あのー寒くないんですか?風邪ひきますよ。」
彼女の顔を恐る恐る伺うと、
「大丈夫。いつもこの格好だから。」
こちらを一切見ずに、夜空を見上げなら少女は答える。
”いつも”ってどういうこと?、そんなわけないでしょ。
真冬にワンピース、おまけにいつもこの格好っていくら何でも。。。
まさか、、、虐待とかか?
純白のワンピースには汚れもシワも無いが。
正直、面倒ごとに首を突っ込みかけている気しかしなかったが、
流石にここで見なかったことにする事にもできない。
「か、カレーとか好きかな?」
理解している。
少女にこの声のかけ方は、傍から見ても”事件”としか見られない。
~~
紆余曲折を経て、行きつけの飯屋に着いてしまった。
少々立て付けの悪い、雪国特有の二重扉を開けて店内へ足を踏み入れると、相変わらずやる気のなさそうな店主が、暇そうにスマホを眺めていた。
「いらっしゃーい」
やる気の無い声で、めんどくさそうに店主は挨拶を投げかけるが、視線はスマホから一切離れない。
「いつもながら、やる気なさすぎですよ、一応お客なんですが。」
いつものやる気のなさに、ついいつもの返しをしてしまった。
「こんな時間に来る客なんて、ロクなヤツいねーからなー、大丈夫なんだよ。」
相変わらず視線は離れず、スマホに向かって店主は返す。
真冬に出歩く人間はこの地域には少ないのは確かだなとも思いつつ、
「まあ、こんな時間に来るのは自分くらいだと思いますが。。。」
呆れ果て、ため息をつきながら反撃する。
「・・・・今日は違うんですよ。」
一瞬、店主の耳がピクリと動き、瞬時にこちらへ顔を向け、僕の後ろに佇む少女を凝視しながら、店主は呟いた。
「え、誰あんた・・・」
一時の沈黙が流れ、店主は僕へ視線を移し、続けた。
「ついに一線超えてなんかしちゃった?警察呼ぶ?」
「いやいや、なんで警察なんですか!!」
「え、だって、こんなきれいな子、この町には居ないし、どう見ても彼女ではないし、妹も。。。ねえ、ありえないっしょ。」
ぐうの根も出ない事実を並べられ、追い込まれる気がした。
このおばさん、観察力だけは鋭いからな。。。と思いつつ、
「そこの坂道で、偶然会って、その、、、、」
「偶然?、で??」
「寒そうだから、あったかいカレー食べるかなと思って誘ったら、、、」
「ついてきたと。」
「・・・はい。」
「やっぱ警察じゃね、それ。」
「はっ、はあ?」
「いや、だってどう見ても事件でしょ、誘拐にしか聞こえない。」
いやいやいや、待ってくれよ。
確かに、冷静になってみれば
しかし、断じて違う。
「ちょっと、見てくださいよ!!彼女こんな格好であそこの坂道に佇んで居たんですよ!いくら雪が降って無いとはいえ、この真冬の夜にですよ!!!」
少女を指さしながら、切実にありのままの真実を訴えた。
「いやいや、ありえないっしょ。」
「いや、本当なんですって!!!自分何もしていないですから!!」
執拗な質問攻めに慌てふためき、弁解する僕を見て、少女はくすっと笑ったように感じた。それを見た店主は、さっきまでの態度を変え、
「まあ、この子も無理やり連れさらわれた感じもしないし、意気地なしのあんたが大事起こしそうもないから、今日はこれ以上聞かない事にしてあげよう。」
とひらひらと手を振ってカウンター席へ来るように合図した。
カウンターに横並びに座った僕と少女の前へ、乱雑に水の入ったコップとあつあつのおしぼりが出された。
「外寒かっただろ、これで手を拭きながら温めな」
と言って店主は奥の厨房へ消えてった。
店主が厨房へ消えて何分、いや何十分か経ったかのように、沈黙が続いている気がする。実際は数秒程度と分かってはいるが、この異様な状況が沈黙をその数倍、数十倍にも感じさせる。
「こ、ここ、よく来るんですよ、店主のおば、、いや、お姉さん言葉汚いし、怖いけど、カレーは絶品なんです!」
「・・・・そう。」
沈黙に耐えかねて、ペラペラと喋ってしまったが、少女は興味なしという感じの返事をしただけで、表情を変えずに店内を見渡すだけだった。
再び始まる沈黙。
モヤモヤとした時間に耐えかねて、今度は核心へ迫ってみる。
「あ、あのー何であんなところに、そんな格好で立ってんですか?も、もし、ご両親とかと、そのーなんというか、うまく行ってないとか。。。学校で嫌なことがあったとか。。。あ、それとも迷子とか!」
「はい、はい。そこまでにして。カレーお待ち。」
平皿に盛られたチキンカレーが2つ並べられた。
せっかく、人が勇気を出して核心へ迫っていたのに、話の腰を折りやがって。
こころの中で悪態をつきながら、カレーへ目を移す。
ちくしょう、いつものように美味そうだ。
この人格に難ありな店主が作ったとは思えない、この絶品カレーは週に一度は食べないと気が済まなくなっていた。
「ほら、冷めないうちに食べな。」
少女は迷いなく、スプーンを手に取り、ゆっくりと食べ始めた。
正直、すぐに食べるとは思ってなかったので驚いてしまった。
カレーを食べると連れてこられても、この店のカレーは無加水カレーという珍しいモノだ。これは食材の水分だけで一切水を加えずに作る特殊なモノで、僕自身もこの店に来るまで、まともに食べたことが無かった。特に、この店のカレーは野菜や鶏肉がとろとろに溶けるまで煮込んであるせいで、それぞれの食材は原形をとどめていなく、それらが黄色いサフランライスの上に無造作にかかっている。
正直、見た目が良いとも言えないし、日本のカレーを知っていたとしても、これが出されたら、普通パクパクと食べ進めれるようなモノではない。特に日本人じゃないなら尚更だろう。僕だって、初めてこのカレーを出されたとき、カレーと頭で理解してても、この見た目から一口目は恐る恐る食べたものだ。
本当にどこから来たんだ?この少女は?
少女への疑問がさらに積もりながら、僕もカレーを食べ始めた。
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