平行世界からの脱走

カーン、カーン、カーン、カーン、カーン、カーン、カンカーン。


 ローズルは夜通し鉄柵を叩き続けた。もっと良い方法もあったと思うがそれを考える時間もないということだろう。大人しく僕はそれを眺めていた。鼓膜が振動する感覚が心地よいと思い始めたときに、うとうと眠る、起きるを繰り返しながら体力を回復。ローズルがハンマーを床に置いた音で作業が終わったのだと喜んで立ち上がるが、鉄柵の間隔は全然開いておらず、再びローズルが作業を再開する。


「どうだ通れそうか?」


「うっなんとか・・・・・・」


 やっと柵から出れたのは朝の8時過ぎ。地下だと外の様子がどう変化したのかは一切わからなかったため、充電が切れかかった携帯を見て確認した。ローズルの様子を見るに、まだドゥルジは寝ている時間帯みたいだ。


「さぁ、ここからが本番だ。私がドゥルジを引き止める。そのうちに君は帰る方法を探すんだ」


「本当にありがとう。ローズルさん」


 僕はローズルに右手を差し出す。しかし、ローズルは僕の手を無視し床においたハンマーを回収してそそくさと歩いて行ってしまった。





 


「はぁっ!はぁっ!」


 僕は走って地下駐車場からでる。予想通り、上にあった建物は昨日僕が連れてこられたビルだった。そのすぐ近くに天高くそびえたつ人肉塔がある。朝日に当てられて、練り上げられた死体と血はテカテカと光る。


 車に乗って逃げる作戦もあったが、車の音でフォルネウスやドゥルジに見つかってしまう可能性が高い。ドゥルジが僕の位置を嗅ぎつけ、追いつかれる前に僕は元の世界へ帰らなければならない。


「よし・・・・・・10階以上の建物を探すぞ・・・・・・」


 とはいっても大都会。ほとんどが10階建てみたいな雰囲気。


 人肉の塔から少し離れたところにあるビジネスホテルに入る。自動ドアが開き、そのまま真っすぐ進み、エレベーターの開くボタンを押す。


 チーン。1階につく。


 よし、あとはエレベーターを使って帰れる方法を試すだけだ。僕はさっそく、来る時とは逆の手順を試す。一旦、10階まで行き、念のため降りる。そしてまた乗り込み、10階、5階、10階、2階、6階、2階、4階と移動。しかし、帽子を被った女性は乗ってこなかった。 帰れるという確信はなかったが、帰れるかもしれないという期待と安堵、いつ奴らが来るかわからないという不安を感じながらボタンを押していたが、どうやら失敗してしまったのだろうか。でも、最後までやり切らなければ。


 そう思い、ターンッと1階のボタンを押す。これで、来た時とは逆の手順をすべて踏んだことになる。もし成功していれば、僕は東京のホテルに突如現れ、利用客に驚かれるだろう。もしかしたら防犯カメラに写り、平行世界から来た人間だとテレビで報道されるかもしれない。だが、僕はそれには反応ない。こうしてひどい目に会うことがわかっているのだから・・・・・・。


 チーン。1階につく。


「たのむ・・・・・・」


 ガーッと扉が上品に開く。外から眩しい光が入る。



 人の影は・・・・・・ない。


「やっぱり、元の世界には戻れないか・・・・・・」


 確認のため、ロビーに出て一周回る。トイレものぞいてみる。だが人はいない。だが、まだ希望はある。普通の手順を試そう。


 そう決心し、もう一度エレベーターに乗り込む。次の目的地は4階。ターンと景気よく始めようとした瞬間だった。


 パチンッ。


「うわっ」


 今まで散々な目にあってきたため、何が起きたかわからなかった。心臓がバクバクとなり、奴らが来たのかと思った。しかし、どうやら違うらしい。


「停電・・・・・・」


 エレベーター内の明かりは消え、真っ暗に。パネルにも明かりはついていない。僕はポケットから携帯を取り出し、ライトをつける。


「やばいな・・・・・・充電が20%しかない」


 普段ならライト機能なんて滅多に使わないが、こういう時のためにあるのだと思うととても心強く感じた。


「とにかくここからでないと」


 扉に手をかけ力いっぱいに引く。案外扉は軽そうで、難なく出れそうだ。


 しかし、どうして急に停電が起こったのだろうか?逆に、今までなんで停電が起きていなかったのかもわからなかったが、その答えも知ることはできるのだろうか。とにかく、停電がここら辺の地域だけに起こっていることを願う。もし日本全体で起きているのだとしたら、エレベーターを使って帰る作戦を実行することはできない。となると、ローズルの助けは無駄になってしまう。悔しい。


 キーキーと金属がすれる音、扉が完全に開いた。そして、僕は絶望する。


 難なく出れそうだといった自分が恥ずかしい。目の前にフォルネウス、ドゥルジが立っていて、その後ろを怯えるようにローズルが立っていた。


「しまった・・・・・・」


「やぁ、舵夜くん。どうして私から逃げようとする?」


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