平行世界からの脱走前夜

「どうやら彼女は眠ったらしい、気配がない」


「はぁ・・・・・・」


 檻の前でボロボロの恰好をした男性が地べたに腰を下ろしながら言う。僕は精神的にボロボロだったのは言うまでもない。彼の話を聞こうとすると彼女の邪魔が入り、彼の妄言が連発。それが終わると続きの話が始まるのだが、また彼女の邪魔が入り、妄言が続く。それを繰り返して今、夜の12時を回った。


 それでも、僕の目の前にいる男のおかげで多くの情報を得ることが出来た。彼はフォルネウスの弟で、本名はローズルというらしい。


 ドゥルジについても情報を得れた。彼女は他者から向けられる信頼を失うことに快感を覚えており、元いた世界では、日本でいう総理大臣レベルの役人であり旦那であった男を策略で失脚させたのちに、彼女自身で殺害したことで罪に問われた。その殺害現場で、彼女は裸で失神、失禁、痙攣を起こしており、駆けつけた役人はドン引きだったそうだ。


 彼女の能力は切り離された細胞であっても、集中することでその細胞から位置、音、振動の情報を得ることが出来るそうだ。彼女の細胞を取り込んだ者の声はもちろん、近くにいる人の声まで聴くことが出来る。ターゲットに髪の毛を飲ませ、本当に彼女のことを心から信用しているのかを確かめるのに使ったそうだ。いわゆる盗聴だ。


 ローズルの話に戻るが、人を操る方法は人間の脳に振動を伝えることで催眠をかけているそうで、世界中の人を一度に洗脳できる納得がいった。また、彼は振動に敏感であり、ドゥルジがこっちに集中していることに気づけたのは、微弱な細胞の振動の違いを感じ取ることができるからだそうだ。


 ローズルは元いた世界で裁判を受けてから、悪魔の名をつけられた兄とまとめてフォルネウス兄弟と呼ばれ、それ以降この世界で兄の言う事を守りながらひっそり暮らすつもりだった。しかし、神の使命と感化された兄が暴走し、再び殺人に関わることになる。


「あの、ローズルさん。どうして、フォルネウス兄の言う事を聞いたんです?」


「私には人を操る力がある。生まれ持った強力な力だ。もし、お前がその力を手にしたらなんにつかう?私たちはそれを欲を満たすために使ったのだ。わかりやすく言おう。女を騙すのに使った」


「あぁ・・・・・・」


「罪の意識がなかったわけではない。どうしても我慢ができなかった場合にのみ、力を使った。兄も同じだった。だから、あの日もそうだと思っていた。だが違うかった。兄はその女をミキサーでぐちゃぐちゃにし、アートという名を借りた殺人を犯したのだ」

 

 しばしの沈黙。日常生活で経験したことがない出来事のため励まそうとしても、どんな言葉をかけてよいかわからなかった。


「私は、日々怯えていた。私が連れてきた女達が殺されていたということがバレれば、危険人物だとして私も永久追放にされる。そして、あの日、兄は私の存在を悪びれもなく明かした。恥ずかしい話だが、精神が病んだ振りをして、兄に脅迫されて手伝ったかのように見せかけようとしたが、その努力もむなしくここに堕とされた。それから私は、兄の言う通りにする日々を送った。兄を止めることは出来ない。だが、君は関係ない。これまで殺されてきた人々の罪滅ぼしといえば都合がよいかもしれないが、君を助けてやりたい」


「ローズルさん・・・・・・」


 ローズルは腰のポケットから小ぶりのハンマーを取り出す。


「ローズルさん?」


「今からここを開ける。離れてろ」


「いや・・・・・・冗談でしょ?あの、ほかに方法は・・・・・」


「檻の鍵の場所を私は知らぬ。兄には洗脳は効かぬ。ドゥルジを起こすわけにもいかぬ。これが最善だ」


 カーン、カーン、カーン、カーン、カーン、カーン。


 ローズルは一切の迷いなく、力強く、鉄の柵を叩く。柵が凹んでいるかいないのかすぐには分からない。


「ローズルさん・・・・・・」


 これでは、ここから出るころには朝になってしまうだろう。仕方・・・・・・ない?

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