平行世界の人肉塔

巻き戻し

「さぁ、私も連れて行ってくれ、君の世界へ。まぁ、君の行動を見る限りエレベーターが鍵なのかな？」

「ちっ違う！ちょっと東京の街並みを見たくて・・・・・・」

「フォルネウス。彼は嘘ついてるわ。ついさっき『やっぱり、元の世界には戻れないか・・・・・・』なんていってたもの」

　うぅっ。独り言も聞かれていたということか。動画で身につけてきたトークスキルを恨んだ。トークスキルといっても場をつなぐだけの独り言だが。

　僕はホテルのロビーでドゥルジに体を抑えられた。身動きができない上に地面が冷たい。

「それならば、さっそく発電所を稼働させよう。我が弟よ。動かせ」

「うん・・・・・・兄よ、わかった。そうする・・・・・・そうする」

　ローズルは無線機を取り出し、そこに話しかける。何語だったかわからないが、すぐに電気が復旧する。

　ローズルは体の軸をふらふらさせ、言葉がおぼつかないような演技をしている。普段から、フォルネウス達の前ではそういう振りをしているのだろう。

　明かりがついたフロアを見渡しながらフォルネウスは語りだす。

「この世界の電気というエネルギーは実に独特で面白い。魔法が使えないハンデをなんとかなくそうと努力したのは滑稽だが、結果として、精霊の力を借りなくても火を灯し続けられるのは良いことだ。この世界で生きていくには必要不可欠だとわかった私は、弟に頼み、各地の発電所に数人だけ労働者を残しておいたのだ。我ながらよい案だ。塔の一部になれなかったが、私達の生活を支えるコマとなる名誉を与えてやったのだ」

　フォルネウスは僕の所へ近づく。そして顔を近づける。

「教えてくれ。方法は？」

「・・・・・・」

「答えないか・・・・・・」

　フォルネウスは背を伸ばし、僕に背を向ける。

「我が弟よ」

「うーん、なに、兄よ」

「この男を洗脳しろ」

「！」

　僕はその命令に驚く。ローズルは目を開き、兄を正気を問うかのように顔をしかめる。

「兄よ、でっですが・・・・・・私の力など使わなくても、聞き出せるのでは？神様もそういうに違いない」

「ほう・・・・・・」

　フォルネウスはローズルに近づく。

「なんだローズル？私の命令が聞けないのか？また罰を与えてやろうか？」

　罰という言葉に対し、ローズルはピクリと体を震わせた。

「わかった兄よ・・・・・・」

「ちょっ・・・・・・」

　ローズルはゆっくりとこっちに歩いてくる。

「ローズルさん！どうして・・・・・・」

　洗脳されてしまう恐怖から逃れようと、必死に体を動かすが、ドゥルジがそれを許さない。体が浮くたびに上から押さえつけられる。

「sdoja・・・・・・ka」

　ローズルは申し訳なさそうな顔をしながら呪文を唱える。すると僕は、僕の体の重さから解放された。背中に感じていたドゥルジの膝の痛みもなくなる。まるで僕の体から精神だけが抜けたかの様な感覚。

（なっ・・・・・・これは！？）

　踏ん張っていないとこのまま宇宙へ吸い込まれてしまうのではないかと思えるほどの浮遊感。しかし、踏ん張ろうとしても僕の体は反応しない。

（これはどうなってるんですか！ローズル！やめてくれ！）

　口を開いて話したつもりだったが、その声は僕の頭の中だけで響いているようだ。まるで巨大なスクリーンで僕が見ている景色を眺めているような感覚。スクリーンに映っているフォルネウス、ローズルには僕の声は届かないようだ。

「さて、神の申し子よ。君の世界への行き方を教えてくれ」

　いやなこった。そう言い返してやろうと思ったが、体が言うことを聞かない。床から立ち上がり、フラフラとエレベーターの所へ。おいどこに行くんだ！やめろ！方法がバレてしまう！

　僕の体は言われるがまま、エレベーターのボタンを押し、エレベーターに乗り込む。フォルネウスとローズルも僕の後ろをついて、乗る。

「私はここで待ってるわ～」

　開いたドアの隙間から彼女は手を振り、見送る。ドゥルジだけ一階のフロアに残るようだ。

（やめろ！動け！僕の体！）

　そう言葉にしても、念じてみても僕の体は口一つ動かさず、もくもくとエレベーターのボタンを押していく。

　4階、2階、6階、2階、10階、と手順を進める。

（冗談じゃない！こんな・・・・・・こんなことで！）

　僕の声は暗闇に吸い込まれていくだけ、後ろから、本当にこんなことで行けるのか？とフォルネウスは呟いるのが聞こえる。

（ローズル！やめてくれ！お願いだ！）

　ローズルなら僕の体を通して聞こえているかもしれないと思い、一生懸命に訴えかける。しかし、体の制御は帰ってこない。僕の体はボタンをずっと眺めているため、今、ローズルがどんな顔をしているのか分からない。

　チーン。五階につく。

　案内役の女性が乗ってきたら、おしまいだ！

「・・・・・・」

　すると、景気よくボタンを押していた僕の体は止まる。ローズルが止まるように命令したわけでもなく、僕が力を振り絞って体のコントロールを奪ったわけでもない。　ただ、扉が開いても誰も乗ってこなかったという事実を目にし、体が止まったようだ。

「ん？どうした？」

　フォルネウスが、動かなくなった僕を見つめ、５階の絨毯に足をつける。

「もう、手順は終わったのか？ここが、君の世界か？」

　フォルネウスは動かなくなった僕の体とローズルを置いて、外の景色が見える窓を探しにいってしまった。フォルネウスは廊下の先に消えてしまった。

　ローズルは固まった僕の目の前に顔をだし、やさしく語り掛ける。

「まさか・・・・・・少年、手順を失敗したのか？人を操る能力とは言えど、私の頭で対象の体をコントロールするのではない。命令を聞き、それに対し順応に行動するようになるだけなのだ。つまり、元の世界へいく方法を教えるための手順の中で、これ以上手順を勧められなくなったということか？」

　そうなんだな。とローズルは申し訳なさそうな顔をし、手を僕の肩にやさしくそえる。

　ローズルの話を聞き、僕もようやくなぜ体が動かなくなったのかを理解した。

　この平行世界の行き方を成功させるために一番重要な要素。それは・・・・・・。

　手順２：1階から一人で乗ります。

　　　　　＊途中で他人が乗ってきたら失敗しますので誰も乗らない時間帯にやりましょう。

　そうだ！この条件を一階から満たしていない時点でそもそも失敗なのだ。それ故、5階で女性が乗ってくることはない。

　フォルネウスの「君の世界への行き方を教えてくれ」の命令に従い、行き方を教えることは出来る。しかし、5階で女性が乗ってこなければそれ以降の手順は進められない。だから体が止まったのか。それならば、フォルネウスがここにいないうちに逃げなければ！

（ローズル、洗脳を！洗脳を解いてくれ！）

　ローズルに必死の念を送る。届いているかわからないが。しかし、ローズルはうつ向いたまま、ぶつぶつと話している。

「どうしよう・・・・・・なんとかしないと・・・・・・なんとかしないと」

（そうだ！洗脳を解いてくれ！）

「兄ちゃんに、叩かれる・・・・・・」

（えっ？）

「私を騙そうとしたな！」

　フォルネウスが顔を真っ赤にしながら、歩いてきた。その声を聴き、ローズルは体を振るえさせ、腰が抜ける。

「ちっ違う兄よ・・・・・・兄よ」

「早くこいつに行き方を示させろ！」

「ひぃっ！」

　フォルネウスはローズルの首を両手でつかみ、そのまま廊下の壁にローズルを押し上げる。

「うう、許して兄ちゃん！兄ちゃん！」

「早くしろ！」

　このまま、弟を絞め殺そうとするかの勢い。彼が日頃から兄を恐れていたことに納得がいく。

（くそっ！なんなんだこの状況！やめろ！やめろー！！）

「兄ちゃん・・・・・・」

　ローズルの意識が飛んだのか、手がだらんと垂れる。その瞬間、僕の精神は再び僕の体に舞い戻る。

「ふぉっ！」

　変な声がでた。普段の冷静な僕なら、エレベーターの閉じるボタンを第一に押して逃げていただろう。だが、この時の僕は珍しく感情的だった。

　ボタンを押すというつまらない仕事から自由になった右手を握りしめ、気を失いかけている弟の首を躊躇せずに絞め続けているフォルネウスの無駄に整った横顔に、今まで受けてきた恐怖、狂気からのストレスをのせて、

「手を放しやがれぇ！！」

ゴスッ！　ぶん殴った！