東京へ

 駅近くのネットカフェで寝泊りし、翌朝。


 小さい頃、人が急にいなくなったら何が起こるのかをテレビ番組で検証しているのを見たことがある。まず電気発電所をコントロールする人がいなくなり、すべての地域で停電する。次に地下水があふれ出す。確かその次は、ペットが餓死するんだったかな?結局は、人間が建てた建物がすべて崩壊し、自然があふれ、地球は何もなかった状態に戻る。再現CG映像が終わり、そのテレビのキャスターが最後にこう言って番組をしめる。


「地球がなくなれば人類は生きていけない。人類がいなくなっても地球は生きている]


 地球温暖化の話題が沸騰していた時期だったこともあり、自然破壊についてよく考えさせられたものだ。


 だけど、今回は違う。再現映像などではなく実際に起きている。実際に人間がいなくなった世界に来てしまったのだ。だが、電気がついていることを考えると、まだ発電所などは回っているのだろうか。この町に人がいないだけで、大都市には人がいるのだろうか。


 PCの電源をつけ、ニュースを見る。何が起こったかわかるはずだ。きっと、突然人が消えた町!とか、日本滅亡か?!みたいな見出しでいっぱいになっているだろう。


「えぇ・・・・・・」


 一番上のトピックに来ているのは有名な芸能人の不倫騒動。予想とは大きく外れる。違う検索サイトのニュースをみるがどこもこの不思議な現象については触れていない。


「ん?」


 トピックの下の方に、殺人事件の記事がある。書かれたのは2週間前で被害者は40代男性。廃屋から顔と肉が付いていない体の骨だけが見つかったそうだ。顔のみ無傷なおかげで身元を判断することができたが、その男の臓器もろもろなかったそうだ。犯人も行方不明。


「骨だけ・・・・・・・」


 関連トピックには、食人鬼が現れた?快楽犯か?などの記事がある。


「知りたいのはそれじゃない・・・・・・だけど、僕のいた世界ではこんなニュース聞いたことがないぞ」


 自慢じゃないが、世の中のニュースは漏れなく知っているほうだ。ネットサーフィンをしていると知らぬ間に情報が飛んでくるだけだけど。まして、こういう動画のネタになりそうなニュースは尚更だ。記事が書かれた日にちが目に入る。


「2月・・・・・・17日?」


 急いで充電中の携帯の電源をつける。時間は8:10分。日付は・・・・・・3月3日。


「3日?時間が戻ってる?」


 俺がエレベーターを使ってこっちに来たのは7日じゃなかったのか?それが正しければ、携帯に表示されている数字は8日になるはずだ。ということは僕は2日にここへ来たことになるのか。


「さっぱり、わからない」


 てっきり、誰もいない世界に来ただけだと思ったら、知らぬ間にタイムリープもしていた。そりゃ、自転車も先輩のマンションにはないよな。だけど、家のロックを開けられなかったことを考えると、僕はそもそもこの世界に存在していなかったという考察もできる。


 なら、人がいなくなったのはいつからだろうか。もう一度トップに来ている不倫騒動の記事を開く。作成日時は3月1日。この平行世界でいえば2日前。それ以来、記事は書かれていないようだ。念のためお気に入りの動画配信者のページへ飛び、動画のラインナップを見る。見たことのある動画がいくつもあるが、動画の更新はやっぱり、1日で終わっている。人気急上昇に乗っている動画も2日前のものだ。つまり、ネットを使っている人物は現時点で誰もいないということだろうか。そうすると大都会に人がいるという可能性は低くなってしまう。


「落ち着け、田中舵夜。今僕が考えるべきは帰る方法だ」


 パラレルワールドからの帰り方を調べる。パラレルワールドへ行ったことがあると証言する体験談も見てみる。しかし、これと言っていい情報はない。寝たら戻っていたとか、ふと気づいたら戻ったとかがほとんどで、信憑性があるかわからないが、来た時と逆の手順でやったら戻れるという話もあった。寝たら戻ったというが、一晩ネットカフェで過ごしたし可能性は低い。なら、この来た時と逆の手順を使うしかない。


「よし・・・・・・だけど、もったいないか?」


 せっかく誰もいない世界に来た。もし、ここで動画を撮ることで現実に戻ったときに話題をかっさらうことが出来るかもしれない。


「やるか・・・・・・いや、帰ることを優先するか・・・・・・」


 もし、もとの世界へ帰ることが出来たとしても、パラレルワールドへ行けたことを証明することは出来ないし、そもそも女性が乗ってきたところからこの世界に来る瞬間の所は撮影できていない。また違うネタをくっ付けなければならない。そういうことを考えると、この世界でひと暴れしたほうが、今後のためにもなるかもしれない。人がいないからこそできる動画をいっぱい撮って帰ることができれば・・・・・・。


「やってみるか!」


 PCをシャットダウンし、携帯を充電器から外す。ビデオカメラの充電を確認し、ネットカフェを出る。








「という事で、車で110キロ出してみた~ってね。まあ元の世界でこんな動画だしたらきっと捕まるから駄目だろうけど」


 誰もいない高速道路を走る。誰もいないということをいいことに、家に入り、車の鍵を拝借。窃盗罪に侵入罪、スピード違反。そして無免許。免許は大学一年目の内にとったが、普段車に乗ってないから家に起きっぱだ。いわゆるペーパードライバー。この世界でいっぱい練習してから帰るのもいいかもしれないな。


 カーブはスピードを落として慎重に曲がるが、直線であるところはアクセルをぐっと踏み込む。きっとこのスピードでハンドルを切ると危険だな~というスリルを感じながら運転する。


 とりあえず、僕の町でできそうなことはいろいろやった。コンビニやスーパーからメントスとコーラを盗み、特大メントスコーラを駅前の噴水でやったり、ビルの屋上からいろんなものを投げ落として見たり、花火を街中でやったり等々をやった。動画のストックもかなりたまり、昼もファミレスの厨房へ行って好きなだけ食べた。もちろん冷凍庫にあるものだけしか食べる勇気がなかったが・・・・・・。


 そして今、僕は東京に向かっている。あの有名な遊園地に一人で入ろうという作戦だ。機械を動かす事さえできれば、アトラクションに乗り放題だ。それ以外に個人的に行ったことがないところへ行きたいし、交差点でベッドで寝ても怒る人はいないぞ。動画のネタを溜めつつ、自分のやりたいことや行きたい所へ行くことが出来る。楽しいじゃないか。もし、パラレルワールドと僕の世界に自由に行き来できるならば、何度もここに来よう。これは癖になる。


 車で飛ばし続けること1時間。そろそろ東京の看板が見える。


「ん?」


 目の前で太陽の光がたくさん反射しているのが見える。


「渋滞?車?」


 速度を落としつつ渋滞に近づく。予想通りたくさんの車が立ち往生している。道が塞がれ、車で通ることは出来ない。下り車線も同じように車でいっぱいだった。しかし、まさに、バックでここまで来たかのような状態で、お尻を東京にむけたまま止まっている。現実ではありえない渋滞だ。


「なんでだ?うーん・・・・・・ここから歩くか」


 かなりの数の車が止まっている。だが、運転手は誰もいないようだ。ぐっと背伸びをし、空気を吸う。


 車の間を抜けつつ、前へ進む。車には傷などついておらず、何度も言うが人だけがいなくなったかのような光景。下り車線もあたりまえだが人はいない。このまま高速道路を進んでもいいが、時間がかかってしまうだろうと判断し、ETCの横を通って高速から降りる。また車を借りないと。いや盗まないと。


「?」


 下に降りてこの場所の光景が今までの場所と少し違うことに気づく。道路や店の前には鳥や野良犬、シカなどがよくいたが、ここには一切いない。むしろ、道路のいたるところに血痕がある。まさか、熊でもいるのか?もし、熊にあったら大変だと思い、携帯を取り出し、お気に入りの曲を流す。熊は臆病だから、死んだふりよりも脅して出会わないようにするのがいいと聞いたことがある。山に登るときの知恵だが、まさか都心でやるとは思わなかった。


「ふ~ん、ふん、ふん」


 お気に入りのJpopを流し、口ずさみながら車を探す。


 ちょっと小腹が空いたため、コンビニに入る。ここでお菓子を食べよう。2日前の商品とはいえ、さすがにおにぎりや弁当は食あたりが怖い。


「うっ・・・・・・なんだこのにおい」


 突然の腐敗臭。理科の実験で嗅いだことがある。もしくは、ごみ捨てを忘れて卵の殻を何週間も放置してしまった時の臭い。


 よく見れば、店内の床にいろんなものが落ちている。ペットボトルや動物の糞。棚から落ちた商品が何者かに踏まれたかのように潰れている。


 臭いのもとは次の商品棚の間から来ているみたいだ、恐る恐るそこを覗く。見ていい事はないことは分かっている。だけど、実際に見て確かめないと安心することはできない。携帯からの音楽が、遠くから聞こえる。そのかわり、ハエが羽ばたく音が聞こえ始める。指が震え、本当は息は深く吸いたいが、臭いを吸いたくないので、無理やり息を潜める。そして、首をいっぱいに伸ばし、覗く。


「!」


1番初めに目に飛び込んできたのは、床一面の真っ黒で腐った血。その上には、顔が綺麗な女性が横たわっていた。首より下にはなにも身につけていない。そう、なにも。


 服も、皮膚も・・・・・・。


 目が空いたままで、数匹のハエがその周りを飛んでいる。唇は赤黒くなり、髪は乱れ、脱力して空いた口に毛先が入っている。


 目線を下に移す。肩甲骨や胸骨、背骨まで見え、内臓は本来の持ち場を忘れたかのように、雑に存在していた。


 腰回りだけはそのまま残されて、恥部が丸見え。恥部からはなにがどろっとしたものが漏れている。太ももより下は綺麗に骨だけになっていた。まるで誰かにしゃぶられたかのようにつるつるで、軟骨も血もついていない。


「あぁ・・・・・・」


 なんだ?なんだこれは! なんでここで?どうやって殺した?恐い!ここにいたら危ない!今朝見たニュースの記事を思い出す。頭だけを残して、骨にしてしまう事件。


犯人は・・・・・・犯人は食人鬼だ!


「うわぁぁぁ!」


 床に落ちたペットボトルを踏み、つまづきそうになりながらもコンビニを勢いよく飛び出す。そして行く先が定まらぬまま、走る。叫びながら、走る。走る。近くにいた動物たちは声に驚き逃げていく。


 野良犬やネズミ、イタチの死体だったらどれほど良かっただろうか、人間の死体であってももちろん驚くがこれほどじゃなかっただろう。僕が見た死体は僕の理性を失わせるほどに不気味さと気持ち悪さを匂わせていた。







「はぁっ!はあっ・・・・・・」


 小さなパーキングエリアの日陰で一息つく。水が欲しいがしばらくコンビニに入れそうにない。あのままあそこにいれば僕も殺され食われていたのだろうか。一体どんな奴があの人を殺したのだろうか。考えるほど胸が苦しくなる。だめだ別のことを考えないと。


 本来の目的を思い出す。車だ。早く車に乗ってこの地域から出ないと!


 希望が薄いがパーキングエリアに停めてある車を手当たり次第に見る。


「ん?」


 黒い車に鍵がかかっているのを見つける。


「これだ!」


扉に飛びつくように近づき、ドアノブをグイッと引いた。そのとき、カチっという音がしたと思うと、手に鋭い痛みを感じた。


「うっ!!!」


でっ電流!? 一体どうして?誰が?そんなことを深く考える事が出来ぬまま、僕の脳はシャットダウンした。

 

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