人はいない世界

 「ひぃ~ひぃ~」


 こんなに歩いたのはいつぶりだ?映画を観に行ったついでで、ショッピングモールをあちこち歩き回ったときか?まぁそんなことはどうでもいい。早く家に入って、布団にくるまりたい。撮った動画も確認しないと。


 僕のマンションに着き、黒い部屋の前へ。


 僕のマンションではデジタルロックを採用している。以前マンションの管理人から言われたことがある。数年前までは鍵をで開けるタイプだったが、紛失したと住居人から電話がきたり、ポストに入れっぱなしにしている人が多かったりと、防犯意識が低いことを問題に感じたらため変えたのだと。まあ、自転車の鍵をポケットに入れっぱなしにして、翌日に、自転車の鍵を一生懸命に探し回るほど、鍵の管理が下手くそな僕にとっては、数字を覚えているだけで、開けられるのはありがたいと思った。


 さっそく4桁のパスワードを打つ。がしかし、あかない。もう一度試す。同じ数字を打つが開かない。もう一度試す。それでもだめだ。間違えるたびにぴーぴー鳴く電子ロックにいらだちを感じる。


「まさか、壊れたのか?」


 自分が考えた数字だぞ?忘れるはずない。まさか部屋の番号を、間違えたか。そういうわけでもない。僕の部屋番号だ。なんで?自転車が無くなったことと言い、嫌なことが連発する。どうする?管理人さんに電話して、開けてもらうしかないか。というより、この機械を直して貰わなければ困る。



 携帯を開き、マンションの管理人に電話をする。夜遅くに申し訳ないが、機械の不具合上悪いのはマンション側だ。怒り狂って修理を訴えてもいいが、残念ながらそんな元気もないし、住みづらくなるのは自分だ。


 プルプルプルプル・・・・・・。


 まあ、夜だから仕方ないよな。だが、このまま外で夜を過ごすわけには行かない。


 もう一度かけて見る。が繋がらない。


「うーん、どうする」


 このままだと風邪を引きかねない。仕方ない。大学生の友人か、再び西山先輩のマンションなら戻って先輩に止めて貰うかしかない。


 プルプル・・・・・・。


「うーん。出てくれないか・・・・・・」


仕方ない、24時間営業の店で過ごすしかない。残念ながら財布を持たず出てきたため、携帯とカメラしか持っていない。だが、世の中便利になったもので、財布が無くても携帯のpayアプリを使って金を支払うことができる。しかも、対応している店も多い。流石に明日になれば、管理人に来てもらえるだろう。それまでの辛抱だ。


 トボトボとマンションを出る。



 ここで、僕は異変に気づく。エレベーターの出来事で精一杯だった僕は気づいていなかったが、車が走る音が全く聞こえない。いつもなら、この時間帯でも、聞こえてくるのに。


「珍しいな・・・・・・」


 大通りに出て、衝撃を受ける。車が1つも走っていない。それに、至るところに雑草が生えている。それに街灯は弱々しく点滅しながらひかっている。


「なにが起こったんだ?!」


 最寄りのコンビニへ走り、中に入る。


「すみませーん!誰かいますか!」


  返事がない。まさか、ここは。いやそんなはずない。10階に着くまでに違う階のボタンを押したはずだ。パラレルワールドには行っていないはずだ!


 思い切ってレジを乗り越え、裏のスタッフルームに入る。しかし、乱雑に物が置かれているだけで誰もいない。


「くそっ!」


  僕は信じないぞ!コンビニを飛び出して今度は最寄りの駅へ走る。いつもは自転車に乗っていくため走っていくのは初めてだ。何分かかるかも分からず、ただ疲れるだけだと普段の僕は判断し、絶対にやらなかっただろう。しかし、いまの僕は冷静さを失っていた。今の不安を解消するには人が集まる駅に行くしかない、それだけが僕を動かす。


 だが、帰ってその行動が不安を煽る。道は草や動物の糞だらけ。ランニングをしているジャージ姿の通行人がいなければ、ペットの散歩をしている女性もいない。むしろ、首輪をつけた犬や猫が町を出歩いている。お前らの主人はどこにいった?まるで、人だけがいなくなったみたいじゃないか!



 やめてくれ。すべて見間違いだと証明してくれ!駅につけば少なくとも1時間に2本は電車が来る。乗る人と降りる人も必ずいる。そこに行けば電車がホームに着く音が嫌でも聞こえ、酔っぱらったサラリーマンが大声を上げる。そんな風景を僕は見たい。




 しかし、その思いも虚しく、電車が走る音も、ホームに着く音も、酔っぱらった人の声も聞こえない。ただ灯りが弱々しくついているだけで、店やコンビニの前には誰もいない。鳩や犬があたりをうろうろしているのが見えるだけだ。




 僕は来てしまったようだ。もう一つの世界に、そしてここには 人はいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る