第168話 ユニコーンの里

「行くわよ!」

「「「おー!!!」」」


 魔導王国の秘密結社モノケロースにて存在感を大きくしたセイラが掛け声を上げ、アジトを出発する『ノブレス・エンジェルズ』の4人。


「この先に、川があります。そこに、外に出られる隙間があるのです。スラムのこの辺りは警備兵も居ませんので、そのまま王都から脱出してください」


「そう。分かったわ」


 冒険者ギルドのギルドマスターであり、モノケロースの構成員であるアプトロの案内で、王都城壁の側まで行く。

 川が流れ込んでおり、外と繋がっていそうだ。


「ちょっとお待ちくださいね……」


 魔物避け、そして住民が出入りしない為だろう。城壁の下を流れる川には鉄格子がはめられているのだが、アプトロがくいっと格子を回すと、人ひとり通れる程度の隙間が出来た。


「なるほど。格子が壊れた場所がありますのね。濡れるのが気に入らないけど、許すわ!」


「お気をつけて……」


 念のため探知を広げるが、兵の気配はない。

 アプトロに別れを告げると、4人で川の中を歩き始めた。


「冷たいわね」

「仕方ないわよ。冬なんだから」


「それにしても、セイラ、組織の代表者みたいだったわよ」

「やめてよ。そんなつもりは無いわ。

 でも、曲者が多い騎士団に比べれば、可愛いものよ。素直でいい人達だわ」


 ルリも、レジスタンスとしての怖さは感じなかった。

 武力でクーデターを起こそうというよりは、平和的に思考する組織のようだ。


「ふふ、少しは信頼する気になった?」

「どうかしらね? 今、味方な事は認めるわよ……。

 さ、注意して! 遠いけど、城壁の上に見張りがいるわ……」

「では、しばらくは、川の中に隠れていきましょう。少し離れたら、全力ダッシュで離脱ね」


 深い川ではないが、少女たちが身を潜めるには十分だ。

 5分ほど水の中をかがんで歩くと、そこから、一気に、森へ向けて走り出した。



「もう、いいかな?」

「うん、服、乾かしましょう」


 魔法で服を乾かし、汚れを取ったルリ達。

 すでに、以前も狩りを楽しんだ、北東の森の入口に到着している。


「雑魚は相手にせず、山の中腹まで行きますわ」

「うん。替え玉の事もあるし、出来るだけ早く戻った方がいいわね」

「じゃぁ、走っていこう!」


 今回、王都を脱出した目的は、ユニコーンと会う事だ。

 会ったとして、会話ができるのか。魔導王国がユニコーンを侮蔑している証拠が見つかるのか。それは不明だ。


 しかし、魔道具工房に忍び込むリスクを取るよりは、先にユニコーンに会うという選択をした。だからこそ、少しでも早く、ユニコーンを探して、確かめる必要がある。


「纏まって走ってくれる? 周囲に絶対防御バリアを張りながら行くわ。魔物に出会っても、それで無視できるから!」


 ルリが4人を包むように絶対防御バリアを掛けると、一斉に走り出した。

 森を駆け抜け、山を一気に駆け上る。


 ズゴン

 ズゴゴゴゴ


「ルリ! うるさい!!」

「私じゃないわよぉぉぉぉ」


 全力疾走中。

 木の枝、そして居合わせた魔物が絶対防御バリアにぶつかり、吹き飛ばされていく。

 前方の枝が払われるのは走りやすいが、とにかく音がすごい。


「前方、メリカバイソンの群れ」

「突っ切るわよ!」


 ドゴン

 ドゴゴゴゴ


 巨大な魔物ももろともせず、吹き飛ばしながら進む。

 もはや、地表を這う弾丸……いや、災害だ。





「この辺ね……」

「着いたわ……」


 山の中腹、以前ユニコーンを見た場所に到着した。

 周囲の安全を確かめて立ち止まるルリ達。


「どう? 反応ある?」

「近くにはいないみたい」

「もう少し登ってみようか……」


 セイラの広範囲な探知でも、ユニコーンは見当たらなかった。

 山を登りながら、反応を探ることにする。


「もういないとか、あり得る?」

「伝説が本当なら、聖獣と呼ばれる存在よ。必要があれば、きっと出てくるわよ」

「ラミアも存在消せるしね。焦らず進みましょ」


 伝説級の魔物、『蛇女』のラミアですら、幻術で隠れることが出来る。聖獣と呼ばれるユニコーンであれば、気配を消すくらい造作もないであろう。





「ひぃぃぃぃ、ゾワゾワしたぁ~」

「周囲に反応はないわ。やはり、姿を隠してるのかしら……」


 しばらく山を登り、山頂が近くなった頃だった。

 突然ミリアが悲鳴を上げる。以前同様、不気味な視線を感じたようだ。

 セイラが慎重に探知するが、やはり反応はないらしい。



「えと、あっち……。右前方……」

「ルリ、何も見えないわよ。そっちにいるの?」

「うん。何故か分かる。間違いない。……呼んでる。私たちを呼んでる……」


 直感的に、ユニコーンの居場所がわかった。

 しかも、呼んでいる気がして、神経を研ぎ澄ます。


『……ち。……こっち。……こっちにきて』

「聞こえた……。 声、私たちを呼んでるの……」

「何も聞こえないわよ?」

「間違いないわ。早く来いって……」


 他の皆には、声は聞こえないらしい。

 ミリアだけが、相変わらずゾワゾワしている。


『こっちよ。さぁ、早く……』


「今行くわ、お願い、姿を見せて……」


 何もない空間に話しかけるルリ。

 説明を求めるという顔のセイラだが、こういう場合、ルリの特殊能力が発動したとしか考えられない。

 何故と聞いても仕方がない。……ルリだから。




『来てくれたね。ありがとう。君は、僕の声が聞こえるようだ。特殊なチカラがあるんだね』


(特別なチカラ? 女神様の事かな?)


『そうみたいだね。君からは、アイリス様のにおいがする』


(え? 心を読まれた? しかも、女神様を知ってるの?)


『あはは、驚かないでよ。可愛いな、愛し子さん。

 僕たちは、アイリス様に仕える聖獣さ。もう何千年も、この世界を見守ってるんだよ』


 女神様の話が出て、驚き立ち尽くすルリ。

 そして、ルリのすぐ直前に、1体のユニコーンが現れた。



「どうしたの? ここにユニコーンがいるの?」

「う、うん。目の前に……」


(お願いがあります。よろしかったら、私の仲間にも、姿を見せて……、声を聞かせていただけませんか?)


 ユニコーンにテレパシーを送ると、ユニコーンは透き通るような声で『いいよ』と言い、一瞬、目をつむった。



「あの、私、ルリと申します。あと、親友のミリアとセイラ、メアリーです」

『会いに来てくれてありがとう。僕はヨーク。見ての通り、ユニコーンさ』


 術を解いたのか掛けたのか。とにかく、ユニコーンの姿が見え、声も聞こえるようになった。

 目の前に現れたユニコーンに一瞬驚くが、すぐに自己紹介を始めるミリア達。


『君たちは、僕たちに用があるのだろう? この前出会ってから、ずっと見ていたからね。僕も、君たちに用事があるんだ』


「はい、魔道具の事でお聞きしたい事がございます……」


『そうだね。じゃぁ、話しやすい場所に行こう。すぐ近くだからさ』



 言われるがまま、ユニコーンのヨークについて行くと、泉のある場所に出る。


(あの泉に、似てる……)


 そこは、ルリが転移してきた森の泉に似た、いかにも神聖な空間だった。

 木漏れ日が明るく降り注ぐ、神秘的な空間。

 それに、多くのユニコーンの姿が見える。


「キレイ……」

「素敵な場所だわ……」


『ヒトがこの場所に来たのは何百年ぶりかなぁ。ここが、ユニコーンの里だよ。女神アイリス様の加護がある、神聖な空間さ』


「あの、他にも来た人がいるのですか?」


『そうだね。ヒト族の娘が、一度だけ訪れたよ』


(それって、魔導王国の王女……? でも、戦ったという雰囲気じゃないような……)


『そりゃそうさ。彼女とは、楽しく過ごしたんだ。可愛い子だったよ。

 特に、ミリア、君とそっくりだ……』


「わ、わたくしですか?」


 王女の血。そして、魔力と知力に秀でた才能。

 生贄として送られたという、昔の魔導王国の王女と、ミリアの雰囲気には共通するところがあるのだろう。

 ユニコーンのヨークが、興味深そうにミリアの顔を覗き込む。


「あ、あの、近いですわ!」


『ふふふ、やっぱり同じ。特別なにおいだね。君とは仲良く出来そうだよ』


 においを嗅がれていたらしく、少し不機嫌そうな顔をしながらも満更でもないミリア。

 どう特別なのか不明だが、聖獣に認められるのは、誰であれ、普通に嬉しい。



「その、以前ここに来た娘さん。たぶん、王女様だと思うのですが、その時のことを教えていただけませんでしょうか。私たち人の間で広まった、魔道具という道具の、起源に関わると思うのです……」


『そうだね。ちょっと昔話をしてあげよう。求める答えも、その中にあるかもしれない。

 その代わり、僕の願いも、聞いてくれないかい?』


 聖獣がわざわざ人に頼む願い。そんな願いを、叶えることは出来るのだろうか?

 疑問を持ちながらも、ここで断る勇気はない。


 4人顔を見合わせ、迷わず頷く、ルリ達であった。

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