第167話 替え玉

 冒険者ギルドにて、ギルドマスターのアプトロ、そして、冒険者カルドが率いるパーティ、ナイトメアの一同と密談を行っているルリ達。


 アプトロやカルドたちが、モノケロースという秘密結社の一員と聞き、驚きつつも交渉を行う。


 ユニコーンが魔道具に関わっている証拠をつかみたいという、提案された内容に興味がない訳ではない。

 しかし、魔導王国イルームを仕切る導師の転覆を狙うモノケロースに協力するという事は、クローム王国の王族であるミリアとセイラにとっては国際問題になりかねず、避けたい状態だ。


 テンション高く切り込むセイラが、自分たちに不利にならない会話をしながら、相手の中に入ろう、……むしろ、秘密結社を手玉にとろうとしていた。



「アプトロさん、場所を変えますわよ。早く案内なさい!」


「いや、協力者にはなれない以上、さすがにアジトに連れて行く訳には……」


「ごちゃごちゃ言わないの。いずれにしても、ここで長話は危険です。お分かりですよね?」


 立場上、協力者にはならないと明言しているセイラに対して、アプトロも、これ以上の秘密の暴露は避けたいのであろう。

 そんな事はお構いなしに、セイラがまくしたてる。


「アプトロさん、早く決めなさい。簡単な事です。私たちを街の外に出していただければ、ユニコーンを探しに行って差し上げますわよ」


「ホントか? 嬢ちゃん達なら、確かに深い場所に行っても戦えるだろうしな。ユニコーンを探せる可能性もあるな……」


 街を脱出するというだけなら、ルリ達の能力であれば、城壁を越えて抜け出す事も可能だ。

 しかし、100人を超える兵士を残して行く訳に行かず、全員で動けばさすがに気づかれるため、勝手な行動は出来なかった。

 それに、万が一、不在がバレた時がまずいので、対策が必要だ。

 その為には、この組織を利用するのが手っ取り早いと、セイラは考えていた。



「では、場所を移して作戦会議をしましょう。ところで、皆さんの組織に、子供はおりまして? 私たちと同じくらいの背格好の娘を4人、準備してくださいな」


「娘をか? 何をする気だ?」


「後で話しますわ。急ぐのですよ」


 セイラの狙いは、替え玉。

 宿を通じてルリ達の不在が露見する可能性もあるので、人を配置しようと考えた。

 部屋着のローブでも着せて閉じこもってもらえば、少しの期間なら誤魔化せる。





 一度解散し、待ち合わせる事にすると、ルリ達は4人で冒険者ギルドを出た。


「セイラ、良かったの? 協力する流れになってるけど……」

「違いますわよ。私たちが、彼らを利用するだけです。せいぜい、掌で踊ってもらいましょう!」

「「「こわっ……」」」


「そうだ、イルナ、一度宿に戻って、馬車とドレスを数枚、持ってきてくださる? 軽く着付けができる道具もね」


「承知しましたわ。待ち合わせはいかがしますか?」


 メイドの次女イルナに、お使いを頼んだセイラ。

 替え玉に着せる服に間違いないであろう。


「それで? セイラは、さっきの組織を信用してるの?」


「もちろん、全く信用してないわよ! でも、王国の裏をひっくり返そうという裏組織……。

 つまり、裏の裏だから表という事でしょ? だったら、進む方向は同じはずだわ。他に突破口がない今、利用しない手はないわ」


(敵の敵は味方理論ね。どっちにしても、面白そう~!!)


 モノケロースという組織が、最終的に敵なのか味方なのか、そんな事はどっちでもよかった。

 重要なのは、クローム王国に迷惑をかけない事。それさえ守れば、あとは楽しむだけだ。


「じゃぁ行くわよ」

「「「おー!!!」」」





 集合場所である、南東の一角に向かうルリ達。

 魔導王国の王都は貧富の差が激しいようで、一歩裏通りに入ると、途端にスラムと化してくる。


「かなり場違いね」

「ちょっと着替えようか……」


 普段の衣装では目立ちすぎる。

 豪華な防具を隠すように、大きな黒いローブを羽織り、顔まですっぽりと隠す。


「一応、配達の依頼として来てる事になってるから、もし声を掛けられても、道に迷った新米冒険者風に対応するのよ」


(バレバレな気もするけど……)


 立ち振る舞い、そしてオーラが、完全に高貴な少女たち。

 いざとなれば、全力で逃げる。そう決めて、スラムの奥へと入っていく。




 少し開けた場所に出ると、目的のお店を見つけた。

 小汚い料理店。冒険者の稼業をやっていなければ、4人とも絶対に立ち寄ることはなさそうなお店だ。


「うぅぅ、ここ入るの?」

「仕方ないわよ。少なくとも、警備の目は絶対なさそうな場所だし……」

「敵の反応はないわ。後をつけられてる事もないと思う。行きましょう」


「いざとなったら、殺っちゃっていい?」

「ダメよ。逃げるのが優先」


 冒険者ギルド以来、ルリはずっと女神装備のままだ。

 リミットも一部解除が続いており、魔力に満ち溢れている。

 万が一、仲間の身に危険が及ぶようなら、自重せずに魔法を使うつもりだ。




「こんにちは。冒険者ギルドより、配達で参りました」

「そうかい、何を持ってきてくれたんだ?」

「はい、白い手綱と聞いてますわ」


「そうかい。奥に持って行ってくれ。ここから入りな」


 料理店に入ると、配達の依頼だと伝える。

 白い手綱は、合言葉のようなものらしい。


 老婆に言われるままに奥の部屋に進むと、客が入るような場所ではなさそうな場所に出る。先には大きな棚があり、扉を開けると、階段があった。


(隠し階段かぁ。それっぽくなってきたわ!)


「階段を下りて、通路の先にある壁が動くって言ってたわよね……」

「うん、行ってみよう」


 階段から、暗い廊下を歩くと、行き止まりになる。

 事前に聞いていた手順で壁を押すと、くるっと回転扉のように開いた。



「やぁ、来たかい。ここなら安全だ」

「ずいぶん奥まってますのね。迷うかと思いましたわ」


 地下には、想像以上に大きな部屋が広がっていた。

 しかも、表のさびれたお店とは違い、キレイに整っている。


「ご要望の、娘4人だ。何をさせるつもりだ? 危険なら断るぞ」


「その必要はありませんの。安全ですし、楽しいお仕事をお願いするだけですわ」


 ルリ達がのんびり歩いている間に、背格好が似ている少女を4人、連れて来てくれていた。

 組織の人の実娘らしく、危険に合わない事を約束させられる。



「お気付きかと思いますが、皆様には、私たちの替え玉となっていただきます。私たちは……」


 クローム王国の貴族で、現在施設として宿に滞在中である事など、必要事項を伝え、メイドのアルナを紹介した。


「何かあれば、アルナが面倒を見てくれます。宿も、誰の目があるか分かりません。部屋から出ずに、大人しくなさっててください。食事や暮らしは、貴族のにて対応しますわ。いい経験になりますでしょ?」


「あの、私たち、貴族様の役をするのですか?」


「そう。美味しいもの食べて、ゆったりとした時間をお過ごしなさい!」


 突然呼ばれ、怯えた表情をしていた娘たちも、貴族の体験ができると聞いて、少し興奮してきたようだ。

 頬を赤らめて、笑顔を見せ始める。


「ほら、胸を張りなさい! これからしばらく、貴族になるのよ。そんなオドオドしてては務まらないわ」


「小部屋を貸していただけるかしら。ちょっと身を清めて、キレイになりましょ!」


 奥の部屋を貸してもらうと、お湯で身体を拭き、髪を梳かした。


「うんうん、いい感じ! お嬢様っぽいわよ!」

「ご家族、来てるんでしょ? 見せておいで!」


 汚れが落ちると、キレイな白い肌が見える。

 髪も梳いた事で、流れるような美しさになった。

 ルリが手元に持っていた仕立てのいい服を着せられると、見た目は貴族のように見える。


 小部屋から出ると、見違えた娘たちに驚く声が聞こえる。

 組織の一員と言っても、生活が豊かだとは限らない。

 長いスラムの生活でしみ込んだ部分もあるが、宿でしっかりと洗い、振る舞いを学べば、少しは様になるだろう。


「お母さん、私、頑張ってくるね。貴族のお役目、果たしてくる」

「いってらっしゃい……」


 替え玉の4人をアルナに預け、送り出した。

 彼女たちは、この後、馬車とドレスを取りに行ったイルナと合流。

 着替えた後に、宿へと入る。



 替え玉を使っての、4人だけでの王都脱出。

 宿で待つ文官には、後で怒られるかもしれないが、替え玉作戦の目的をアルナとイルナに説明してもらえば、意図は理解してくれるだろう。


「じゃぁ、私たちは、外に出ましょうか。抜け道か何かあるのでしょ? 案内しなさい」

「はい。セイラ様、こっちです」


 セイラが命令し、アプトロが答える。

 完全に、立場の上下は決まったようだ。


「お土産、期待してなさい。それと、戻るまでは下手な行動はとらない事。全員、大人しくしてるのよ」


「「「「「はい、分かりました、お嬢様!!」」」」」


 近衛騎士団を率いるセイラのオーラは並ではない。

 威圧するだけで、いや、存在するだけで、普通の人間なら服従させてしまう。

 すっかり、秘密結社のメンバーの上に君臨した、セイラであった。

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