第164話 魔道具工房
魔道具工房を訪ねているルリ達。
職人たちと会談し、様々な日曜品、便利家電の形状や機能を伝えると、工房へと移動するために歩き出す。
巨大な魔道具工房の建物……敷地には、いくつかの区画がある。
ひとつは、今ルリ達がいる、魔道具展示、販売のスペース。博物館のような場所で、商談などもここで行われる。
そして、工房が2種類。
魔石に魔法の効果を付与する工房と、完成した魔石を加工して魔道具を製作する工房だ。
他にも、作った魔道具を実験するための場所や、職人たちの居住スペースまであるらしい。
ルリ達が向かうのは、魔道具製造の最終工程を行っている工房。
魔石そのものを加工するのではなく、魔石を利用して製品化する工程、つまり、外側を作る工程なので、魔導王国がひた隠しにする魔石の加工方法が見れる訳ではない。
鍛冶師や木工師など、様々な技術者が働いており、立ち入り制限も少し緩やかな場所だ。
「ルリ、随分嬉しそうね!」
「そりゃそうよ。魔道具作る現場を見れるのよ!」
「でも、魔石の本質的な所はわからないわよ?」
「いいのいいの。私の疑問が解決できるかもしれないし」
ルリの疑問。それは、スイッチだ。
魔道具制御の核となる部分。その仕組み、理屈がわからない。
魔石は、それだけなら、魔力を貯め込んだ、キレイな石でしかない。
そこに機能を持たせ、使いやすいように加工して、製品として実用化される。
例えばコンロであれば、火が出る魔石と、鍋を置く台を組み合わせて製品化になるのだ。
その最後の工程で、必ず取り付けられるのが、スイッチ。
コンロなら、ボタンを押せば火が出る。
つまり、魔石のオンとオフを制御しているのだが、その制御機構が謎だった。
「これ、シャワーですよね! 壁の中にはこんなのが入ってるのですね!」
「普通は見えないからね。これが水やお湯を出す魔石。こっちの魔石で調整しるのよ」
エルフの職人に話しかけると、丁寧に説明してくれた。
通常浴室の壁の中に隠されてしまうシャワーの部品には、複数の魔石が使われている。
素人目に見れば、キレイな魔石が並んだ箱……宝石箱にしか見えない。
「綺麗ですね……」
「あはは、最初の感想がそれ? 珍しい子ね」
ここに来るのは技術者ばかりなので、魔道具の中を見て最初に興味を持つのは、その機能らしい。単純に見た目で反応するのは珍しいと、エルフの職人に笑われる。
「もちろん、機能にも興味ありますよ。何で出たり止まったりするのかとか」
「不思議だよね。私たちも、よくわからないの。でも、やってみたら出来た、ということかな?」
「え? どうして制御できるかとか、分からないんですか?」
「大事なのは結果よ。特定の魔石を組み合わせる事で、オンオフとか強さとか制御できるの」
「そうですよね……。すごいですね、この制御の魔石……」
驚きの答えだった。
魔石を制御する魔石、つまりスイッチの魔石があり、理屈は不明だが、その組み合わせによって魔道具は動いている。
(な、謎が謎のまま……?)
やり方は分かったが、今度はスイッチの魔石とは何? という疑問が浮かぶ。
魔石に付与される効果にはランダム性があると言っていたので、偶然できた魔石の中に、魔力制御の機能を持った魔石があったという事であろう。
(考えても仕方ないわね。でも、これなら自分でも工夫できるわね)
魔石に機能を付ける事は出来なくとも、魔石の種類はわかった。
完成した魔道具を分解すれば、何らかの機能性の魔石と、制御の魔石が取り出せるはずだ。
その組み合わせで、魔道具が作られるのであれば、自分で組み立てる事も出来そうだ。
魔道具製造の重要なポイントになりそうな知識を得たルリは、満足すると、職人たちの作業を見に行った。
トンテンカンテン
様々な音が響く工房。
「それ、お風呂ですよね」
「そうだが?」
いわゆる給湯器のような魔道具を作っている職人に声を掛けたルリ。
まずは、ひとつの作ってみたかったもの、ジャグジーを完成させようと、泡の出る魔石が無いかと聞いてみた。
「風、空気の出る魔石なら大丈夫ですよ。それを浴槽に入れて、水流を作るんです」
ごぉぉぉぉぉ
「うわぁ!!」
(これは……。流れるプールだわ……)
風の魔力が強すぎたようで、渦を巻いて流れ出した浴槽の水。
ちょっと強すぎたらしい……。
(でもこれって……?)
「あのこれ、使えるかも。洗濯機ってわかります?」
「センタクキ? 知らんのぅ」
この世界で衣服を洗うのは、手洗いか
だから、一般的には、桶と洗濯板を利用するのが普通だった。
「この水流を利用するのです。工程は……」
まず水を張り、水流で汚れを落とす。その後、すすぎを行い、水が履けたら風の魔石で乾燥。
全自動洗濯機の完成だ。
「嬢ちゃん、なるほどな。これは便利そうだ」
「ポイントは、水流の制御です。向きを変えて拡散できれば、汚れも落ちやすくなります」
多くの魔石を使う為、値段は高価になりそうとの事だが、製品として実用化できそうとの事だった。
「嬢ちゃん、こっち来てくれないか。珍しい魔石なんじゃが、使い方が思い付かんでのう」
ドワーフに呼ばれて行った先には、薄い紫色の魔石がある。
「危ないから離れとれ」
ビリビリ
「うわっ!」
極小さいが、紫色の光が雷のように放たれる。
「わたくしの魔法のようですわ!」
「プラズマだね……」
「嬢ちゃん、この魔法知っとるのか?」
「はい……。一応は……」
プラズマの魔法は、ルリとミリアのオリジナルに近い。
学園で魔法の練習をしていた時に習得し、今はミリアの十八番になっている。
魔法の使用可否については適当に誤魔化しつつ、利用方法を考えてみる。
(この強さならスタンガン? 武器は作りたくないわね。
灯りとして蛍光灯……。昔、プラズマのディスプレイとかもあったような……?)
放電現象を利用した製品の代表は蛍光灯だ。
しかし、電極やイオンを利用した発光の仕組みなどルリが説明できる訳もなく、製品化は難しい。
(でも蛍光灯って必要?
いろいろと考えてみるルリだが、魔法の世界では、地球人が苦難の末に発明した現象が、魔法で簡単に再現される事がある。
電気がなくとも、生活が成り立ってしまうのである。
(瞬間的な巨大な電力。……タイムマシンて雷の電力で動くんだっけ? いやいや……)
昔見た映画を思い出すが、やはり現実的ではない。
大きなエネルギーを蓄えているので、武器としての活用法はいくらでもあるが、それを勧めたくはない。だから結論として、利用不可と告げることにした。
「う~ん。ごめんなさい。思いつきませんわ。役立たずな魔法です……」
「ルリ? どういう意味よ?」
「え~と、言い間違い。役立たずな魔石ね?」
冗談ぽくミリアが絡んでくる。本心で無い事などわかっているので、問題はない。
適度に場が和み、雰囲気も良くなった。
その後も、魔道具を製造する職人たちに、入れ知恵をして回るルリ。
小さな工夫だけでも、道具は格段に便利になる。
魔導王国の闇、政治や権力には全く興味の無さそうな職人たちと、和気あいあいとした時間を過ごすルリ達であった。
一回りして、そろそろ時間となった頃、工房から帰る直前の事である。
セイラが近づいて来ると、ルリに耳打ちした。
「ルリ、感じてるかな?」
「何を?」
「魔力の反応、というか雰囲気?」
魔力探知で、魔物などを見つけた訳ではない。
セイラが言ってきたのは、魔力の流れに違和感があるという事だった。
「かすかにだけどさ、ユニコーンの気配がある気がするの。どう?」
「私も思ってた。山で感じた独特の魔力。その残骸って感じ?」
「だよね。この雰囲気、間違いないと思ったんだ……」
セイラが感じたのは、ユニコーンの気配、……残り香だ。
昔ここにユニコーンがいたのか、ユニコーンの死骸や体の一部が保管されているのか……。
「冒険者ギルドのアプトロが言ってた話。昔ここの王女が大量にユニコーン狩りをしたかも知れないって……」
「その時に得たモノが、ここにあるかも、って事かしら?」
「可能性、高いわね……」
確信を得ると、お手洗いなどと理由をつけて、4人で席を外す。
状況を伝えると、ミリアとメアリーも興味を持った。
「では、調査するって事でいいわね」
「まずは、ユニコーンの話題を軽く出してみるわ。反応を見ましょう」
「いきなり核心に触れないようにね」
「分かったわ。では、調査開始よ!」
「「「おー!!!」」」
工房に戻ると、職人に話しかける。
「本日はありがとうございました。最後にひとつお聞きしてもいいでしょうか?」
「あぁ、今日はありがとうな。こっちも勉強になった。何でも聞いてくれぃ」
「魔道具を作るにあたって、どんな魔物の魔石が欲しいですか?
私たち冒険者なので、皆さんの扱いやすい魔石を納品できるように、今後は活動したいと思いまして……」
「そうか。ありがたいな。希望としては、珍しい魔物の大きな魔石がいいな。扱いは難しいが、やりがいがある」
珍しい魔物の魔石だと、レアな効果が付与される事も多いらしい。
職人としては、未知への挑戦は醍醐味だ。
そして、魔物の話になった所で、すかさず畳みかける。
「この辺だと、どんな魔物がいいでしょうか。伝説ですと、この辺りにはユニコーンも生息していたとか。もし見つけたら、狩ってみたいですわ」
「ユユユ、……ユニコーン!? ダメだ、ユニコーンはダメだぞ。手を出すんじゃねぇ!!」
「あはは。すみません。伝説の魔物なんて、そうそう会う訳ないですわ。そんなに危険なのですか? とにかく、手は出さないようにしますわ。ご忠告ありがとうございます」
(この動揺、やっぱりなんかあるわね……)
確信を得たルリ達。
余り踏み込むと危険なので、適当に相槌を打って誤魔化しつつ、更なる探りを入れ始める、『ノブレス・エンジェルズ』の4人であった。
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