第163話 魔道具職人

 魔導王国イルームに滞在中のルリ達。

 今日は、魔道具の職人たちとの勉強会だ。


 集合場所は、魔道具工房、隣接の販売所。

 博物館のような施設になっており、様々な魔道具が並び、購入もできる。


「立派な建物だね」

「職人さん達が待ってるはずよ。行きましょう!」


 工房とは思えないような豪華な建物。

 中に入ろうとしていると、商業ギルドのギルドマスター、シブルセがやってきた。


「お待ちしておりました。起こしくださりありがとうございます」

「おはようございます。本日はよろしくお願いします」

「職人は既に集まってます。どうぞこちらへ」


 案内された先は、魔道具の展示が行われている大きな部屋。

 テーブルには、職人たちが待っていた。


(すごい! ……職人だものね、こうなるか!)


 席についていたのは、ずんぐりむっくりなドワーフや、スラッと細身なエルフ。

 他種族が大勢いる光景は、初めてだ。

 もちろんヒト族もいるが、ドワーフやエルフの存在感がすごい。


「はじめまして。冒険者のルリと申します」

「おお! 天才の嬢ちゃんだな、楽しみにしてたぞぃ」

「あら、可愛らしいお嬢さんね。今日はよろしくね!」


 軽く挨拶を交わす。

 一癖も二癖もありそうな職人たちだが、みんな笑顔で迎えてくれた。


(雰囲気は悪くないわね。国の利権とか興味なさそうな人たち。よかった……)


 国に保護された魔道具の職人。どんな厄介な相手がいるかと緊張していたのだが、異種族の集まりになるとは、思ってもいなかった。

 何より、この職人たちは、明らかに、魔導王国の闇の部分とは関係ない、純粋なものづくりの達人たちだ。探求心に溢れた、子供のような目をしている。



「うわぁ!?」

「あー動くな、それを見せろ!!」


 突然、ドワーフの一人がルリに駆け寄ってくる。

 敵意という訳ではない。


「この服、いい素材使ってるな。コカトリスか?」


「えっ? 待って、これは……」


 たちまちルリの周りに集まってくるドワーフとエルフ。

 ルリのミニ浴衣風ローブを観察し始める。


「クローム王国から来たって言ったわよね?」

「はい……」

「ララノア、知ってる?」


 話しかけてきたエルフが、ララノアの名前を出した。

 クローム王国の職人街に店を構える、ルリ達の防具を作ってくれたエルフ、その名がララノアだ。


「ララノアの作品見れるなんて、嬉しいわ。彼女は元気にしてるの?」

「コカトリスのローブに……。中に来てるのはヒュドラの鱗ね! いい品手に入れたわね!」


 流れで、簡単にララノアとの馴れ初めを話したルリ。

 エルフの職人たちが、興味深そうに聞いてくれる。


「他にも装備品は無いの? 見せてよ見せてよ!」


 魔道具の勉強会のはずが、スタートはルリ達の装備の品評会のようになった。


「これは……。フレエグル様の……」


 白銀装備をみたドワーフたちが黙り込んでしまう。

 伝説の鍛冶師は、ドワーフの中でも尊敬される存在のようで、ルリの装備品を崇めるように見つめていた。


「私の家、アメイズ子爵家に伝わる装備になります……」

「知っとるわ。フレエグル様の最後の銘品と言われておる。まさかお目にかかれるとわ……」


 結局、最初の30分ほどは、懇親の時間となっていた。


「ケルベロスの魔石じゃぁ!! これ、くれんか?」

「あげません!!」


 やはり魔道具の職人。ケルベロスの魔石を埋め込み魔力制御の特性を持つメアリーの弓には、全員が群がる。


(もしかして、ララノアって魔道具作れるのかしら?)


 よくよく考えれば、ルリの持つ女神装備、メアリーの弓、それに、ララノアに作ってもらった防御力抜群で魔法効果のある防具類だって、十分に魔道具である。


「もしかしてさ、ララノアやフレエグルに話を聞けば、魔道具の件って解決だった?」

「思ったけど、口にしちゃダメよ……」


 ミリア達も同じ事を思い付いたらしく、少し、項垂れるのであった。





 本題は魔道具だ。

 雑談を切り上げ、展示されている魔道具を見ながら、会話を進めるルリ。


「これはどんな魔道具ですか?」

「氷の魔法……冷却の効果が込められてるの」


 魔石にスイッチが付いたような形の魔道具。

 青白い色から想像した通り、冷却効果があるらしい。


「何に使うのですか?」

「食品の保存が多いだろうなぁ」

「あまり冷えないがのう」

「こっちの石は、逆に冷えすぎて役に立たん」


 魔道具に使う魔石は、同じ効果だとしても、均一ではないらしい。

 効果……強さはほとんどランダムらしく、偶然できた中から、使い勝手のいい効果が付いた魔石を選んで、商品化するらしい。


 魔石に効果を付けるのは、ギャンブル的なようだ。

 レア属性を狙っての、ガチャポンとかに近い。


「冷えすぎると、何がいけないのですか?」

「凍り付いてしまうだろ。食材がダメになっちまう」


(なるほど。霜焼けしちゃうのね……)



 職人たちの話を聞いていて分かった事。


 まず、魔道具に使われる魔石の効果は、どんな強さで何の効果が付くかなど、職人たちにも厳密に制御できるものではないらしい。


 出来上がった魔石の効果を見て、どんな魔道具にするのかを考えるようだ。

 しかし、地球のような便利な道具を知らないため、せっかくの効果を生かし切れていないように見える。



「なぜ食材がダメになるか、わかります? 直接冷やそうとするからダメなんです。

 空間全体で、冷気を回しながら冷やすといいんですよ!」


 冷蔵庫の細かい仕組みなど、ルリも知るはずがない。

 ただ、冷蔵庫の中で空気を循環させる事で、効率よく冷却すること程度なら話せる。


「すごく弱い風が出る魔石とか、ありませんか? 組み合わせれば、いい商品になるはずですよ」


 すると、一人のエルフが、展示されている中から小さな魔石を持ってきた。

 ほとんど感じないが、そよ風程度の風が出るらしい。



「コップに水を入れてください。食材も、実験で入れておきましょうかね。

 それで、この箱の中に、2つの魔石を入れます」


 アイテムボックスから魚を取り出す。

 新鮮な魚が突如現れるが、そこに突っ込む職人はいない。

 皆、実験の様子を楽しそうに見ている。


 氷ができるまでの間に、他の魔石の使い方も、いろいろとアドバイスするルリ。


 なぜか風を吸い込むようになってしまったという魔石は、掃除機に。

 弱い風でもしっかり風が出るようなドライヤーの形状を伝えたり、エアコンという道具があれば、生活が激変するくらいに便利な事など。

 実際には、熱エネルギーを変換するエアコンなど、再現できないのであるが……。



 中でも、気になった魔石があった。

 炎が出る訳では無いのだが、周囲が熱くなるらしい。


(電子レンジ? それとも、遠赤外線オーブンとか?)


 熱イコール火という世界で、電磁波や赤外線で温めるという発想は、誰も思いつかないのであろう。

 火が出ないが熱い魔石は、失敗作という扱いになっていた。


「おお、これは! 電磁波?」


 電磁波とか言ってもわからないだろうから説明は省くが、魚を近づけて置いておくと、焼き目が付かずに、魚が生温かくなる。

 他にも実験してみると、電子レンジのように使えそうだ。


「そのままだと、熱が分散してしまうので、金属の箱に入れると、いいと思います。どんな箱が効果的かは、実験してみてくださいね」


 仕組みは別にして、使い道は決まった。箱の材質や、大きさは、職人たちの実験にゆだねる。


 様々な魔石を手にしながら、冷蔵庫にレンジ、オーブン、掃除機、エアコン、ドライヤー。それにケトルやアイロン。便利な生活家電の数々と、使用用途を伝えると、職人たちは嬉しそうに、開発を始めると言ってくれた。


 そもそも、同じような効果の魔石が作れるかが定かでないのが現状。

 試作などは出来ても、商品化されて人々の生活に広まるまでは、かなりの時間がかかるであろう。


 長寿なエルフとドワーフの事だ。数十年後か、数百年後か、きっと製品化してくれる。そう信じて、遠慮なく知識を伝えるルリであった。




「ほら、氷も出来ましたよ。魚だって、キレイに凍ってます」

「ほんとだな。嬢ちゃん、その知識はどこで得たのじゃ?」

「ダメよ。それを聞かないのが、今回教えてもらう条件じゃない」


 魔石に魔法を込める具体的な方法は教えない。代わりに、ルリが何者なのかも詮索不要。

 それが、今日のルールだ。


「シブルセさん、ひとつ聞いてもいいかしら?」


 商売人の顔に戻り興味深そうに話を聞いていたシブルセに、ふと問いかけたルリ。


「魔道具用の魔石の作り方は、秘密って理解してるわ。でも、魔法を付与した魔石で魔道具を作るところだったら、私も一緒に作業していいのかしら?」


「おっ、それはいい考えじゃ。旦那、それならいいじゃろ。儂も、もっと嬢ちゃんと遊んでみたい」


「確かに、実際に作業していただければ、教えていただいた便利道具の製造も現実的になるかもしれませんね……」


 しばらく考えたシブルセだが、工房の一角にある、魔道具の製造場所へ立ち入る事を許してくれた。

 そこでなら、実際の試作もできる。


(やった! 何か作れるかも!?)


 午後は工房の現場に移ることが決まり、喜ぶルリ。

 さて、何を作ろうというのやら……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る