第159話 ジビエ鍋
魔導王国の王都、北東の森で魔石狩りを楽しむ『ノブレス・エンジェルズ』の4人は、次の獲物を探して山を歩いていた。
「少し木が減って来たわね。ゴーレムの岩場があるという中腹が近いのかしら?」
「ゴーレムはリベンジしておきたいわ」
「魔石も大きそうだしね」
「任せるわよ。どうせ食べられないから、どっちでもいい……」
セイラとしては、ゴーレムをしっかりと倒しておきたい。
前回も倒してはいるのだが、気絶していて見ていないので、リベンジの気持ちが強いようだ。
メアリーの判断は、売り物としての価値。ルリは食べて美味しいかどうかが戦闘の基準。
それぞれの個性が色濃く出ている。
「ゴーレムは倒すわよ。でも、その前に、一仕事ありそうね!!」
「何かいたの?」
セイラの探知に、魔物の集団が反応する。
まだ遠いのではっきりしないが、50~100体と、大量にいるらしい。
「無視する事も出来るけど……。その選択肢は、ないか……」
全員の顔を見渡すと、諦めた表情のセイラ。
西側、木々が薄くなり草原のように広がった地点へ、移動を始める。
「見て、メリカバイソンの群れね」
「集団で突進されたら、ちょっと辛いわね……」
こちらから手を出さなければ特に害がない魔物。ただ、怒って突進してきた時のパワーは並ではない。しかも、集団だ。
「諦めないわよ。あれは、絶対に美味しい!!」
「「「……」」」
「わかったわ。でも、作戦は必要よ。一度に相手するのは骨だわ。
魔法で一掃もできるだろうけど、大切なお肉もダメになっちゃうでしょ!」
身を潜めて様子を見る。
のどかに草原をさ迷う巨大な牛、バッファロー。
集団の状態では、なかなか手を出しにくい。
しかも、狙っているのはルリ達だけでない事に気付く。
「あそこ、あれがピューモかなぁ?」
「メリカバイソンを狙ってるのかな?」
「魔物の狩りね、興味深いわ」
(まさに野生の風景ね……)
サイズが巨大である事以外は、テレビで見たサバンナの野生動物を思い出させる光景だ。
「どうする? ピューモも同時に相手にする事になるわよ」
「ピューモにはメリカバイソンに注目しててほしいわ。かき乱してもらいましょう」
現状で攻撃を仕掛ければ、メリカバイソンが怒るだけでなく、ピューモも襲ってくる可能性がある。
メアリーは、ピューモを囮に使おうと言う。
「重要なのは、集団を分断する事。ピューモとメリカバイソンで戦わせれば、統率は乱れるわ。そこに、ちょっと仕掛ければ、少数だけをこっちに引き込む事も出来ると思うの」
「理屈は分かったけど、どうするの?」
「こうするのよ。見てて!」
弓を構えて魔法の矢を放つメアリー。いつもなら
「「「スゴイ!!」」」
「まずは、ピューモが潜んでいる所の反対側から、メリカバイソンをちょっと驚かせます。集団が乱れると、たぶんピューモが動き出すはず。あとは、ピューモが狩りで走り回っている間に、私たちがおこぼれ頂戴するのよ!」
作戦が決まった。
相手が少数のはぐれたメリカバイソンであれば、戦いようはある。
「セイラが作戦の中心ね。
セイラが突進を止めたら、兵士さん達で仕留めて。他は、ピューモがこっちに来るとかの不測の事態に備えてて」
「「「はい!」」」
「じゃ、始めるわ!」
メアリーが初手を打つと、突如敵に襲われたと勘違いしたメリカバイソンが動き出す。
火矢のピューモに突進しようとするもの、逃げ出すもの、とにかく、集団が乱れた。
それを、本物のピューモは見逃さない。
はぐれたメリカバイソンを追いかけて走り出す。
「うわぁ、速いわねぇ!」
「でも、うまく逃げてる!」
感嘆の声を上げるルリ達。
そんな中、メアリーは粛々と作戦を実行していた。
「セイラ、そろそろ誘導するわ。構えて!」
「いつでもいいわよ!!」
弓矢を放ち、3体のピューモを出現させるメアリー。
集団から1体のメリカバイソンを切り離すと、左右から追い立ててセイラの待ち受ける方向に誘導する。
ずどぉぉぉぉん
激しいぶつかり音。
がっしりと構えたセイラの大盾に激突したメリカバイソンは、その場で気絶したようだ。
「重いわ! でも、燃えるわ、この展開!!」
ずどぉぉぉぉん
ずどぉぉぉぉん
ずどぉぉぉぉん
次々と突進してくるメリカバイソン。完全強化でびくともしないセイラ。
どことなく、楽しそうである……。
「あ、ピューモに気付かれたかも!?」
「ルリ、ミリア、アルナとイルナ、対応よろしく!!」
「火球(ファイやボール)!!」
当たらずとも、進行を遅らせればいい。10発ほど一気に放ったミリアの魔法が、ピューモの周囲に着弾。
飛び上がって避けるピューモ。
「今!!」
アルナとイルナがピューモに飛び掛かり、一撃を加えるが、それも交わされる。
しかし、避けた先に待ち構えたのはルリ。
双剣で、思いっきり殴りつけた。
「ふふふ、3対1のスピード勝負よ!!」
一撃を加えたことで少し動きが鈍ったピューモ。
左右にちょこまかと動くが、ルリ達も負けてはいない。
ピューモの鋭い爪を受け流し、お互いの攻撃を躱し合う。
「まだまだ!! 手数が足りないなら、これでどうだ!!」
氷槍(アイスランス)を出現させると、同時攻撃を仕掛けるルリ。
双剣を操る3人の手数に、空中から襲う槍が6本。
合計12本の手数で、ピューモに迫った。
「あはは、楽しい~!!」
「リフィーナ様、遊んでる場合ではありませんわ!!」
かつてない高速で行われる戦闘が、楽しくて仕方ないルリ。アルナとイルナも、気持ちは同じであろう。戦いながらも、自然と笑みが漏れる。
「ほら、ぼうっと見惚れないの。メリカバイソンも来るわよ!」
ルリ達の超高速戦闘を、ポカンと見つめていた兵士たちに、セイラが檄を飛ばす。
ただ、セイラも、ルリ達同様に、楽しくて仕方がないのであった。
「はぁ、楽しかったわ!」
「動いてスッキリした!」
メリカバイソンの群れとピューモを退治したルリ達。
数も多いので、解体せずにアイテムボックスに仕舞う。
魔石がある事は分かっているので、この場で全て確認する必要はないだろう。
「周囲に魔物もいなくなったし、今日はこの辺で野営にしようか?」
「そうね、熊と牛があるから、鍋にしましょ」
下ごしらえして食材を鍋に放り込む。
街で仕入れておいた野菜やキノコをふんだんに使ったジビエ鍋だ。
じっくり煮込むと、ホロホロと溶ける熊肉を味わった。
「温まるわねぇ~、身体がポカポカしてきた~」
「熊肉、美味しいわ。甘くて溶けるわよ~」
「牛肉もいい感じ~」
大きな鍋をみんなでつつくルリ達。
栄養満点な鍋を味わい、心も身体も温まる。
満腹になると、自然と眠気に襲われ、そのまま就寝してしまうのだった。
野営においては、兵士たちが交代で見張りを行う事になっている。
8人いるので、2時間ごとに2人ずつで、計8時間。
慣れない土地での、しかも魔物の住む山の中での野営、兵士も緊張感を高めていた。
そんな深夜の事。
ずどぉぉぉぉん
『いたたたたぁぁぁぁ』
轟音と共に、兵士の痛々しい叫び声が、静かな森に響き渡った。
「な、何?」
「敵? どこ?」
「反応はないわ! でもさっきの音は?」
「声がしたけど、無事なの?」
慌てて飛び起きるルリ達。
とっさに探知を広げ、敵の様子を探り、同時に、声の方向に走り出す。
「えと、大丈夫ですか? すごい音がしましたが……」
そこに居たのは、頭を抱えてうずくまる兵士の姿だった。
「ミリアーヌ様、申し訳ございません……。何かにぶつかりましたが大丈夫です……」
「何かって何よ? 何も見えないけど……」
コンコン
「「「「あっ」」」」
何も見えない空間に、透明な壁がある。
「ルリ!?
「ごめん。寝る前に思いついてさぁ……。伝えるの忘れてた……」
兵士たちが見張りをすると言っても、探知ができる訳ではないので、突然襲われたらひとたまりもない。
そう思ったルリは、寝る直前に、野営のテント全体を覆うような大きなドーム状の
見回りにでも行こうとしたのだろうか。
まさか透明な壁があるとは夢にも思わない兵士が、思いっきり激突したのであった。
人騒がせな出来事に肩をすくませるミリア達。
やれやれという表情で、再度の眠りにつくのであった。
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