第158話 熊の魔物
魔導王国イルームの狩場にて、華々しいデビュー戦を飾った『ノブレス・エンジェルズ』の4人。
周囲の冒険者に実力を見せつけながら、森の奥、山の麓まで進んでいた。
物珍しさからか、他の冒険者パーティも、遠巻きについて来ている。
非常識な強さを見せつけるルリ達は、完全に、注目の的となったようだ。
「これから山登りですわね。先に進めば野営確定、いいかしら?」
「最初からそのつもりでしょ。何を今更……」
時間は昼になっている。今引き返せば街に戻れるが、進むとなれば、一拍を山の中で過ごす事になる。
「皆様、山に行く前に、お昼になさいませんか?」
「そうね、いい案だわ。アルナ、準備お願い」
引き返す選択肢がない事は全員が理解している。ならばと、お昼を食べてから山に挑む事にした。
「新鮮な、食材も焼いてみようか」
「いいわね、味が違うかもしれないし!」
収納から調理台を取り出し、テーブルを並べて食事の準備を始めた。
さらに、アイテムボックスから食材……新鮮な、魔物……を取り出すと、解体し始める。
周りの冒険者たちも興味深く見つめている。
収納、どれだけ入ってるんだよ……などの声が漏れ聞こえてくる。
「ルリ、いいわよ」
「ホント? ありがとう!」
こんな状況で、ルリがやりたい事などひとつしかない。
察したミリアが、許可をくれた。
「冒険者の皆さん、一緒に食べませんか? お肉、焼きますの~」
『まじか? 焼肉だってよ~』
『軽食しか持ってきてないからなぁ~』
『すげー、収納魔法便利だ~』
ほとんどの冒険者は、戦利品を持って帰る為にも荷物は少な目で狩りに来ている。
食事も軽食で、わざわざコンロなどを持ってくる者はいない。
「先程狩ったオークと、名前わかないですけど、牛です。あと、スープもあるのでどうぞ~」
「その牛はレザーブルだな。皮が丈夫で、高く売れるから、魔石と一緒にギルドに持って行くといい」
「そうなんですね。ありがとうございます!」
「いや、礼を言うのはこっちだろ。ご馳走になって、済まないな」
派手な戦闘で注目を集めたルリ達であるが、胃袋さえつかめばこっちのものだ。
魔石狩りのライバルであるはずが、すっかり仲良くなれた。
「みなさんは、これからどうするのですか?」
「街に引き返すさ。この先は魔物が強くなるからな。嬢ちゃん達は、山に挑むのか?」
「そのつもりです」
「あの戦闘を見せられたら止めはしない。でも気をつけろよ」
冒険者たちも、無詠唱の魔法や一撃必殺の戦闘風景を見せられては、ルリ達の行動に文句が言えない。
せめてものお礼にと、山に住む魔物の情報を教えてくれた。
メリカバイソン……巨大な牛、バッファローだ。力が強く、突撃されると、魔力で強化した戦士でも吹き飛ばされる事がある。
エルクムース……鋭い角を持つ鹿のような魔物。角を振るった時にかまいたちの様な風が発生するので、離れていても危険だ。
グリズリベア……巨大な熊。力が強い上に、意外と素早く動く為、近接戦闘を行う時には注意が必要。
ピューモ……大きな猫のような魔物。スピードが早く、魔法を当てる事すら困難。逃げる事も出来ないので、見つかる前に隠れてやり過ごす事を勧められる。
他にも魔物はいるが、この4種類は、注意が必要らしい。
いずれも、クローム王国では出会った事がない魔物だ。
特に、ピューモが危険で、冒険者が何人も犠牲になっていると教えてもらう。
「それとな、山に入っても、裾野までにしておけよ。中腹に行くと岩場があるんだが、そこにはゴーレムが生息しているんだ。あいつら、魔法が効かないからな。
仮に倒せても、硬くて魔石の取り出しに苦労するだろ、その間に、他の魔物に襲われる危険がある。
いいな、忠告はしたぞ!」
ゴーレム……。
以前、クローム王国の王都近くで戦った際は、セイラが死にかけた。因縁の相手だ。
「ありがとうございます。気を付けますわ!!」
お昼を食べ終え、冒険者たちに別れを告げると、山へ向かったルリ達。
徐々に森が深くなり、勾配も急になってくる。
「一応、道はありますのね……」
「冒険者が歩いた跡でしょうね……」
「ここ戦闘になると、動きにくいですわね……」
道というには狭いが、少し歩きやすい獣道の様な場所がある。
ただ、前後に長く並ぶことになる為、戦闘には不向きだ。
セイラを先頭に、アルナ、イルナと続き、ミリアとメアリーを守るように兵士。最後尾はルリが警戒する。
横から襲われた時は、兵士が命を懸けてでもミリア達を守る構えだ。
(素早い魔物もいるって言ってたし、危ないわね。安全策、とっておきますか……)
『リミットの一部を解除します』
収納の魔法の応用で、女神装備に着替えたルリ。
リミット解除を確認する。……まだ、一部解除という事の意味はわからない。
(
隊列の側面に
兵士は気付いていないらしく、変わらず必死の防御態勢だ。
「みんな、走るわよ。この先に少し開けた場所があるから、そこで魔物を迎え撃つわ」
まだ距離はあるが、確実にこちらを狙っている魔物の影がある。
気付いたセイラの指示により、一斉に走り出したルリ達。
スペースがあれば、陣形が組めて戦いやすい。
「岩を背後に、半円に構えるわ。ミリアとルリはいつでも魔法を放てるように!」
森の隙間、30メートルほどの空き地。一方は崖で、岩肌が見える。
メアリーの指示により、岩肌を背にして、半円形に陣形を取ると、森の木の陰から、魔物が顔を出し始めた。
「囲まれたわね」
「あれはグリズリベアかしら? 強そうね……」
「でも、ここなら視界も広い。問題ないわ」
セイラの早期の判断とメアリーの適切な指示で、体勢を整えられたルリ達。
魔法が使える広場であれば、囲まれているとしても大丈夫だ。
新しい敵を前にした時は、まずは敵の強さの見極めが重要だ。
個別で撃破できるのか、周囲の事など気にしない、問答無用の魔法攻撃が必要なのか、なりふり構わず逃げるのか、作戦は相手によって変わってくる。
「ルリ、よろしく!」
「わかった!!」
全身に魔力を纏わせ、単身で敵に突っ込むルリ。
最強戦力のルリが戦ってみれば、敵の強さがわかるし、仮に強すぎたとしても、そうそう怪我をする事はない。
先頭のグリズリベアに一直線に突進。
相手が気付いて腕を振り上げた瞬間、さっと横に飛び、そのまま背後に回る。
アメイズ流独特の流れるような動きに、身体強化のスピード。反応できる魔物は、まずいない。
ブオン
ズシャシャ
グリズリベアの太い腕が風を切る。
次の瞬間、ルリの双剣がグリズリベアの首を捉えた。
「大丈夫、強化すればスピードは見切れるわ!」
「じゃぁ各個撃破ね! 兵士さんもお願いできる?」
「任せとけ!!」
単身で戦えるルリ、それにアルナ、イルナが1体ずつを相手にし、セイラは念の為、ミリアとメアリーの護衛につく。
兵士も、8人で1体を相手にする形で戦闘に加わる。
近接戦闘では注意が必要と教えられた魔物に、わざわざ近接戦闘で挑むルリ達。
それはなぜか? もちろん、その方が楽しいからである。
ルリやミリアの魔法で一気に殲滅しては面白くないし、また、周囲の森も消えてしまうので環境に悪い。
ルリは、目の前の敵をあしらいながらも、兵士の周囲に敵が複数近づかないようにと注意していた。
腕自慢の近衛騎士とは言え、正直、ルリと比べれば戦力差は大きい。
それに、陣形が崩れた瞬間に崩壊しかねない。
ガシーン
グシャシャ
腕の攻撃を盾で防ぎ、後ろから槍を突き刺し攻撃する兵士たち。
身をひるがえして避けながら優雅に戦うアメイズ流の3人とは対照的な、正面から真っ向勝負で激突する兵士の戦いぶりは、豪快だ。
「みんな、無理はしないでね。危ない時は叫ぶのよ!」
ミリアとメアリーが適度に魔法で足止めし、同時に2体が相手にならないように制御している。その為、それぞれ危なげなく戦えた。
「これで最後~!!」
10体を越えるグリズリベアの集団だが、誰一人怪我する事もなく、戦闘は終了。
言われていたほど強くはない、それが、正直な感想だった。
「魔石、なかなか大きいわね!」
「8センチってとこかな? いい値で売れそう」
素材を見ると値踏みをするメアリー。そして……。
「熊は煮込んでも美味しいのよ!!」
熊肉は見た目は硬そうだが、脂がとろけて意外と甘い。
異世界に来て、ジビエ料理に目覚めたルリは、熊肉の美味しさについて力説するのであった。
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