第155話 商業ギルド
魔導王国イルームの宿で朝を迎えたルリ達『ノブレス・エンジェルズ』の4人。
今日は、午前中に商業ギルドの担当者が来て、ルリと魔道具の講義について話し合いを行う予定だ。
冒険者ルリが、クローム王国所属、アメイズ子爵家の令嬢である事は、今更隠すつもり無いので、いつも通りに、貴族らしいドレスに着替えて、担当者を待つ。
「商業ギルド、ギルドマスターのシブルセと申します。ルリ様、お招きに応じていただき、ありがとうございます」
「クローム王国アメイズ子爵家、冒険者のルリです。本日はよろしくお願いします」
40歳を少し越えたくらいに見える、苦労人らしき疲れた感じの男性。
ギルドマスター直々の訪問には少し驚いたが、裏に国王や導師といった重鎮がついているのであれば、そこまで不思議ではない。
「まず、今回の経緯についてお話させていただきます」
魔道具の製造に国を挙げているとも言っていい魔導王国。
生活が便利になる為に、様々な魔道具を研究、開発している。
当然、商品の構想の中には、乗り物の開発話はあったらしい。
馬車よりも早く移動する手段が欲しいというのは、誰にでも思いつく話だ。
しかし、現在に至るまで、実用的な乗り物は作れていない。
そんな折、クローム王国の職人が、魔導王国の魔道具工房を訪ねてきたと言う。
その職人が作りたいのは、鉄道という乗り物や、蒸気を利用した動力。
魅力的な提案を行った冒険者と、一度話をしたい。
しかも、大勢の職人と一緒に意見交換の場を持ちたい、そう考えて、ルリを召喚するという事に至ったのだという。
(何か裏があるわね。話したいだけなら、クローム王国に来れば済む話じゃない……?)
国王や導師の指示とは言わない商業ギルドのシブルセ。
上位者の名前を隠したいのか、魔導王国でなければ出来ない何か理由があるのか……。
勘ぐりながら話を聞くルリ。
もちろん、シブルセとしては純粋に技術者としてのルリを呼びたかっただけで、国王や導師がそれを利用したという可能性もある。
「動力……蒸気機関の話を聞きたいのですね?」
「はい。そのジョウキキカンの件です。魔道具で蒸気を作り出す事はできましたが、その先が上手くいかず、詳しい話をお聞かせ願えればと……」
「用件はわかりました。……。先にお尋ねします。シブルセ様は、動力の魔道具が作れたとして、どのように活用したいですか?」
「もちろん、生活を便利に送る為に、世の人々の為に使いたいです!」
回答としてはテンプレートのようだが、嘘をついているようには見えない。
政治的な絡みが無いとは思えないが、シブルセ本人は、悪い人では無さそうだ。
(この人は、味方になってくれるかな? 見極めが必要ね……)
「ありがとうございます。人々の為であれば、協力は惜しみません。ただ、条件がございます」
「はい、見返りなしで聞こうとは思っておりません。可能な限り、便宜を図ります」
「では、2つ、よろしいですか?
1つは、魔道具の工房、魔道具を作っている所を見せてください。
もう1つは、魔道具を他国へも流通させるとお約束いただきたいのです」
「はぅ……」
工房を見せるという事は、魔道具の作り方を教える事に等しく、国の方針に反する。また、魔道具の流通に関しては、商業ギルドといえども、手を出せない領域だとは理解している。
「無理を承知でお伝えしてますの。魔道具は国の管理下、商業ギルドといえど、他国へ製造方法を教えたり、商品の流通をさせる事は出来ませんものね。
だから、ご協力いただけませんか? 然るべき方とお話が出来るように」
「いや、しかし……」
物の流通を国の垣根なく管理する商業ギルド、そのギルドマスターでも、国が管理する魔道具に関してだけは、裁量がない。シブルセが返答に困っている。
「召喚状には、シェラウド様のご署名もありました。国の指示で、今回私を呼んでいるのではないのでしょうか? 他にも、懇意にしている方がいらっしゃるのなら、お話をさせていただきたいのですわ」
ルリが知りたかった事、それは、商業ギルドと国王や導師の関係性。
話の雰囲気だけなら、シブルセは中間管理職、間に挟まれているだけで、裏でつながっているというよりは、体よく使われている人に思えた。
「商業ギルドは、ご存知の通り国から独立した機関です。ただ、取扱商品については、拠点を置かせていただく国の方針には逆らえません……」
国が秘密だと言えばそれを守るし、国が定めた税率があれば、それに従って商売をする。その姿勢を崩すような人間が、ギルドマスターとして信頼されるはずがない。
(国とのつながりは誤魔化すか……。でも、商業ギルドのマスター、信頼していいんじゃないかなぁ……)
「シブルセ様、蒸気機関につきましては、実用化されたのちに、世界を変える程の発明となります。魔道具を独占しようという国に対して、お教えする事はできませんわ」
「そこを何とか……」
魔道具に関する事は、これ以上話をしても無駄であろう。
作り方を教わる事も、クローム王国に通常価格で流通させる事も、この場で結論が出るとは思えない。
ならば、少しでも有利な条件で、歩み寄りの道を探ろうと、マウントを取るように話し出すルリ。
「ご事情は分かりましたわ。では、こちらの条件は飲めないという事ですかね?」
「い、いえ、商業ギルドでできる範囲であれば何でも! 導師様のご紹介は承ります。それに報酬も準備しておりますので何卒……」
まずは、商人出身の導師と話が出来るように取り次ぎの約束を勝ち取る。
ただ、報酬のお金は、正直、そんなに魅力的ではない。
「導師様とのお取次ぎにつきましては、期待していますわ。報酬につきましては、お金で解決はしたくありませんの。せっかくですし、ご商売の話、しましょうかね?」
「商売ですか? もちろん、嬉しい限りですが……」
突然、話の方向が変わり、戸惑うシブルセ。
商売の話であれば得意分野であり、表情も明るくなる。
もちろん、この場で物を売り買いしようというのではなく、ルリは簡潔に、要件を言い放った。
「魔導王国での、出店許可をいただきたいですわ!」
ルリが提示したのは、魔導王国で商売をする為の権利、出店許可申請の優遇。
露店など個人での販売はある程度自由であるが、お店を構えて商売を行うには、審査や出資金、それに店舗の権利など、多くの手続きが必要だ。
「ルリ様は商売人でもいらっしゃるのですか?」
「いえいえ、私ではありません。この子、メアリーのご両親が、商会を営んでますの。魔導王国に、支店を作る為に、優遇……いえ、根回ししていただければと」
商人出身の導師が牛耳るこの街では、特に、新規での出店は、難しい。
それに、商会にも派閥があったり、魔道具の取り扱いに条件があったりと、参入障壁が非常に高い国となっていた。
その壁を破り、上手く優遇してもらえるのであれば、報酬のお金よりも余程価値がある。
「出店の申請にあたり、商業ギルドがご協力する事はお約束できます。もちろん、既存の商会への紹介も含めです。ただ、審査を緩める事は出来ませんし、他の商会との交渉がうまくいくかは保証できません。それでよろしいでしょうか?」
「十分ですわ。いいわよね、メアリー?」
突然メルヴィン商会の話になったので少し驚いていたメアリーだが、魔導王国進出の道を探る事は、元々決めていた事である。
メアリーとしても、特に異論はなく、素直に頷く。
「では、魔道具の職人との勉強会を設定します。そこで、職人たちに講義を行っていただく代わりに、メルヴィン商会様の出店申請に協力するという事でよろしいですね」
「問題ありませんわ」
「私も、商業ギルドの一員としては、この国の体制は勿体ないと思っている一人なんです。ここだけの話ですがね。だから、協力しますよ。人々の幸福の為ですから」
職人たちとの勉強会と引き換えに、商会の出品許可申請を段取りしてもらう。
条件として十分だ。
蒸気機関などの革新的な技術についてどう話すかは、ルリの裁量次第。答えられる範囲で対応すればいい。
冷蔵庫に電子レンジ、掃除機、洗濯機……。
魔道具で作れるかは別にしても、便利な道具などいくらでも知っている。
蒸気機関にこだわらずとも、魔道具の有効利用法など、伝えたい事はたくさんあるのだ。
(少しは便利な道具、広められるかな。それに、私の提案した魔道具がメアリーのお店で売れれば、巡り巡って子爵家の利益にもなるはずよね?)
ポテト芋など農産物の生産が多いアメイズ領の品物は、距離という壁があるので魔導王国に持ち込むのは難しい。それでも、販路を確保しておくだけでも、今後の利益につながる可能性は高い。
他国の商会が支店を作るのは異例らしいが、実現に向けて協力し合おうと意気投合する、ルリとメアリー、そしてシブルセであった。
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