第151話 運動不足

 クローム王国の王都を離れ、騎士団に護られた魔導王国への使節団は、ゆったりとしたスピードで東へと進んでいる。


 先行する部隊が街道の安全確認、それに野営地や宿泊地の手配を行っているので、段取り通りに進むだけ。ルリ達のような護衛対象にとっては、気楽な旅だ。

 その分、自由な行動も出来ないのであるが……。


「暇ねぇ~」

「暇ですわ~」

「冒険者の行動は何人たりとも制限できず~と言うのは……無理よねぇ~」

「……。その通りです」


 暇だ暇だと愚痴るルリ。冒険者なのだから自由にしてもいいのではと言って見るが、そんな理屈が通るはずがない。



「しかし、1ヶ月も馬車で座っているだけと言うのは問題ですわね」

「身体がなまりますわ」

「それに、ミリアのここが……」

「ひゃぁぁぁぁ」


 セイラにわき腹をつままれ、思わず悲鳴を上げるミリア。

 だが実際、座るか寝るかの生活を1ヶ月も続けるというのは、スタイルを気にする少女たちには深刻な問題だ。


「馬車の中でもストレッチなら出来るわ」

「馬車の横なら走っても平気よね」

「休憩時間は、騎士さんと模擬戦してもいいかもね」


 意外にも、出来そうな運動は多い。

 むしろ、基礎体力のトレーニングは普段あまり行っていないので、いい機会にも思えてきた。


 道の整った場所なら、馬車の速度は時速10キロほどあり、並走してジョギングするには、なかなかのスピードだ。

 毎日少しでも続ければ、かなりの運動量になる。



「ちょっと走ってみようか!」


 運動しやすい服装に着替えると、御者台のアルナや周りの騎馬隊に声を掛け、馬車から飛び降りる。

 軽く身体強化しておけば、衝撃は大したことない。


「強化切るわよ。目標は1時間、頑張ろう!!」

「「「おー!!!」」」



 しかし、3分後……。


「わたくし、もう無理ですわ~」

「私も……」


 直ぐに息が上がったミリアとメアリー。

 あっさりと根を上げ、馬車に戻る。


 騎士として身体を鍛えているセイラや、運動部出身のルリも、結局15分ほど走ってリタイア。想像以上に運動不足が顕著だと判明する。


「思ったよりもキツイわね」

「でも、諦めるの早過ぎよ~」

「もう少し走れると思ったのですが……」


 身体強化無しの持久力は一般人以下と分かったルリ達。

 思えば、学園にいた時に少し走って以来、旅が続いていた事もあり、トレーニングはサボり気味だ。


「この1ヶ月で、しっかり鍛えますわよ」

「そうね。目標1時間ですわ」


 毎日少しずつでも時間を伸ばしていけば、1時間の目標も達成できるであろう。

 運動不足解消のつもりが、本格的なトレーニングを始める事になる、『ノブレス・エンジェルズ』の4人であった。



「イチニサンシ、ゴロクシチハチ……」

「ニ~ニサンシ、ゴロクシチハチ……」


 休憩時間に響く少女たちの声。

 ルリが教えたのは、テニス部時代に何度も行い、体に染みついた準備体操だ。


 最初は4人だけで行っていたが、繰り返すうちに、兵士や従者たちも一緒に行うようになった。

 特に、移動中馬車に籠っている従者には、いい運動になると好評だ。


(ラジオ体操とか、ウケるかもねぇ~)


 音楽のリズムに合わせた運動であれば、庶民の間でも広まりやすいだろう。

 今は地域独自の文化、あるいは貴族の中でしか親しまれていない音楽であるが、魔導王国の技術ならば、魔法に込める事も可能かもしれないのだ。

 蓄音機……レコードのような物を作れればなどと、期待に胸を高ぶらせるルリであった。





 まるで強化合宿かのようにスケジュールされたトレーニングをこなしつつ、街道をひた走るルリ達。


「間もなく国境を越えるそうですわ」

「やっと半分という事ですのね……」

「ここから先は他国。注意しながら進みましょう」


 いきなり襲われるような事はないであろうが、一応注意しながら進むようにと全軍に喚起し、国境を越える使節団。


 帝国側とは違い、平和な国境。申し訳程度に砦があるが、身分証の提示で自由に出入りできる。

 それに、街道から外れて森を進めば普通に歩いて国境を越えられるので、実質、検問など無いに等しい。


「次街に寄ったら、買い物とか出来ないかなぁ?」

「魔道具、見てみたいわ」

「食材も違うかもしれないしね」


 街に着いても直接宿に向かい、観光などすることもなく出発するため、いわゆる寄り道を全くせずに来てしまったルリ達。

 せっかく魔導王国に入ったので、少しくらい街を見てみたいとお願いする。



「2日後に宿泊する街で、少し時間が取れるって。護衛同行なら、街に出ていいそうよ」

「ほんと? やったわね!!」


 国境付近では一番大きな街。そこでなら、買い物の時間がとれるらしい。

 先行している部隊に市場の場所調査や貨幣の両替をお願いし、僅かな時間でも回れるように段取りしておく。





「すごい、魔道具がたくさんあるわよ!!」

「見た事のない魔道具も多いわね!!」

「それに、値段が安いわ!!」


 予定通り街に着いたルリ達は、さっそく魔道具店を訪れていた。

 クローム王国で売られているのは、コンロで使われている火を点ける魔道具や、お風呂などでも使用される、水やお湯を出す魔道具など、生活に必要な魔道具が中心だ。

 ただ、輸送に時間が掛かる事もあり、値段が尋常ではなく高かった。


 このお店には、それらの生活用の魔道具が、庶民でも買えそうな価格で並んでいる。


「これは、時刻がわかる魔道具さ。旅の多い商人には重宝されるよ。こっちは、方位がわかる魔道具、そしてこっちは……」

「スゴイですわ。ぜひ入手するべきですわ!!」


(電池もモーターもないのに、この時計は何で動くのかしら……?)


 摩訶不思議な魔道具をまじまじと見つめながら、首をかしげるルリ。

 それが魔法と言われればそれまでだが、理解が出来ない。



「ところで、お嬢さん方、他国から来たのかい?」

「はい、クローム王国より参りました」


 気の好さそうな店員が話しかけてくる。

 ただ、他国から来たと分かると、顔をしかめる。


「悪いね。せっかく来てくれたのに申し訳ないのだが、魔道具は売れないんだよ」

「え? どういう事ですか?」


 魔道具の売買は、国で厳しく規制が行われているらしい。

 他国の者が魔道具を入手し、魔導王国から持ち出す場合は、高い手数料……税金が掛けられる規則だそうだ。そのため、手続きが出来る専用の店舗でしか購入できない。


「そ……そんなぁ……」


 店員から話を聞き、がっくりと肩を落とす。

 先行部隊も、そのような制度があるとは知らなかったらしい。


「もし欲しいものがあれば、専用の店に回しておくから言っておくれ。ただ、値段がね、かなり高くなってしまうから……」


 モノによっては数十倍もの値段になると教えられ、益々肩を落とす。

 魔道具の入手に浮かれていたルリ達だが、前途多難な船出となった。



「買えない訳ではないですし、じっくり選びましょ……」

「そうね、王都に行けばもっと面白い魔道具もあるかも知れないし……」


 とりあえず、魔道具が数多く流通していることは分かった。

 それに、王都に行けば、魔道具の職人と話す機会も多くあると考えられ、あわよくば作り方を学べるかもしれない。


 魔道具に必要な魔石はそれなりの数を持っているので、自作できるのであれば、それに越した事はないのだ。


(魔道具、絶対便利だわ。作り方覚えて帰ろう……)


 心に誓い、魔道具店を後にするルリであった。

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