第150話 手土産

 王家は、新年早々から公務で忙しい。

 元日は王宮内で様々な行事を執り行い、王国の反映を願う。

 セイラも含め、高位の貴族家も、一緒に参加だ。


 2日はいわゆる一般参賀の日。王宮より、国民に対して言葉を述べ、顔見せするので、王宮周辺には多くの民が集まる。


 王宮のベランダに並び、国王自ら民に語り掛け、民は、そこ言葉を糧に、今年一年の反映を祈るのだ。

 ミリアは王家の一族として参列し、セイラは、近衛騎士団として護衛についていた。


 ルリも見に行ってみたのだが、あまりの人の多さに遠くから眺められたのみ。

 長居はせずに、引き上げた。



 そして3日目。

 この日からは、貴族たちが登城可能となり、順番に挨拶するのが慣習だ。

 上位の貴族から並ぶので、子爵家のルリは、午後の遅い時間に訪問する事になる。


 その日、お正月を屋敷で楽しく過ごしたルリは、朝から準備に追われていた。

 訪問時に必要な、重要な品物が、……足りない。

 貴族家の代表として伺うからには、何か持って行かなければ笑われる。



「手土産、どうしよう。訪問時に渡そうと思ってたおせち料理、なんで先に渡しちゃったのよ……」


 せっかく準備していたお説料理は、元日にお土産として渡してしまった。

 金品または領の特産品を手土産に持参するのが通例であるが、金品の準備は今更間に合わないし、特産品と言ってもポテト芋くらいしかない。


(うぅぅぅ、仕方ない、作るか!!)


 ポテト芋を使った料理の中でも、まだ表に広まっていない料理。ポテト芋チップス。

 メルン亭に紹介した事はあるが、大量に油が必要になるので本格的に作られてはおらず、珍しいお菓子の扱いになっている。


「ウルナ、油、まだあるわよね」

「はい、天ぷらをする時に大量に入手しましたので」

「良し、全員で、芋のスライスよ!!」


 大急ぎでスライスしたポテト芋を揚げ、塩で味付け。

 手土産を作ると、王宮に向かうルリ達。

 王宮には、貴族たちの馬車で長い行列が出来ていた。




「国王様、新年おめでとうございます。

 アメイズ領のポテト芋を使用したお菓子、ポテト芋チップスでございます。お納めください」


「ご苦労。アレクと共に、領の発展に努めるように」


 会話は一瞬。形式的なものだ。

 正月早々に国王とは話をしているので、特に話す事もない。

 本来ならば代表のとなる第二王子アレクに目配せすると、早々に謁見の間を引き上げるルリ。

 今後の事は国王とアレクの間でも話しているらしいので、わざわざ、ルリに伝える事は無いのである。



 ルリのお土産は、厨房に運び込まれた。毒味の後、振舞われるらしい。


 そして、王族は当然、毒味をした従者を含め、ポテト芋チップスが、王宮でひそかなブームを呼ぶ。

 作り方を教えろと料理人がルリの屋敷を訪ねてきたのは、翌日の夕方の事である……。





「では、リフィーナ様、私たちはアメイズ領へ向かいます」

「気をつけてね。母を、アメイズ領をお願いね」


 ルリ達が魔導王国へ出発する前日、メイドのウルナと魔物三姉妹は、先に屋敷を出て行った。

 森の中を突っ切った方が早いという事で、徒歩での出発だ。


 西の森までは乗合馬車で行き、そこからは、『蛇女』の姿に戻ったラミアに乗っていくらしい。

 アルラネの能力と組み合わせれば、街道を進むよりも効率的である。


「見つからないようにするのよ」

「心配いらん。消える事も造作もないしの」


 魔物三姉妹にかかれば、何でもありである。

 森の木々を自在に操る『アルラウネ』に、水を操る『人魚』がおり、幻術を使える『蛇女』もいる。

 心配する方が野暮なのかも知れない。





 そして、魔導王国イルームへの出発の日が訪れた。

 子爵家の馬車に乗り込むルリ、そしてメアリーとメルヴィン商会の番頭。

 従者扱いで同行するので、前日の夜に合流していたのだ。


 御者台にはアルナとイルナ。番頭も馬の扱いは可能なそうで、3人で交代に御者をする事になる。

 代理で屋敷を守ってくれる使用人に後を託すと、ルリ達は王宮へと向かった。



 王宮に着くと、100人を超える騎士団が整列し、最終確認を行っている。

 豪華な馬車も、何台も並んでいる。


 迫力に少し圧倒されながらも、行列の隅っこに馬車を寄せると、ミリアを探そうと馬車を降りた。


「ほら、いくわよ!! ビシッとしなさい!!」


 メアリーに発破をかけられ、何とか立ち上がる番頭。メアリーの檄は珍しい。

 とは言え、近衛騎士団に囲まれれば、委縮して当然だ。ルリもメアリーも、よくぞ慣れたものである。



「リフィーナ様、こちらでしたか。ミリアーヌ様がお待ちですよ」


 ルリを探していたのか、王宮の従者が駆け寄ってくると、ミリア達の元へ案内してくれた。

 そして、馬車も騎士団の中央に並ぶように言われる。


 言われてみれば、ルリは召喚された張本人、今回の一団においては、最優先の護衛対象の一人なのだ。

 端っこでコソコソとついて行くような扱いでは無いのである。



「リフィーナです。よろしくお願いします」

「来たわね、ルリ。もうすぐ出発よ」


 ミリア、そして同行する文官や騎士団に挨拶し、旅の無事を祈る。

 出発までの僅かな時間は、ミリア達と会話しながら過ごした。


「ミリアは王家の馬車で、セイラは騎士団と行くのよね。休憩時間位は、みんな集まれるのかなぁ」


「何言ってますの? それではつまらないですわ。王都を抜けたら、わたくしもセイラも、ルリの馬車へ向かいますわ」


 観衆の目がある街中では、デモンストレーションも必要なのでそれぞれの役割をこなすが、街道でなら、それなりに自由らしい。


 もちろん隊列から離れることは出来ないが、馬車の移動位なら多めに見てもらえる。

 ミリアが押し通したのかも知れないが、とにかく、バラバラでの移動は避けられたようだ。


 また、従者たちも、適当に入り混じって交流を図るそうだ。アルナとイルナ、それとメルヴィン商会の番頭も、御者を順番にこなしながらも、道中は他所の馬車に遊びに行くらしい。


 少ない従者数、それに慣れない旅での、王族貴族のお世話。横のつながりを深め、乗り切る計画との事だった。




 そうこうしている内に出発の時間となり、それぞれの馬車に戻るように言われる。

 ミリアは王家の一際大きな馬車へ、ルリとメアリーは子爵家の……いつもの馬車へ、セイラは、騎士団の元へ行き、いよいよ出発だ。


 先頭は騎乗したセイラ。

 クローム王国の旗を高々と掲げた近衛騎士団が進む。


 その後に、ミリアの乗る王家の豪華な馬車と、文官として同行する高位貴族の馬車が続く。


 ルリ達アメイズ子爵家の馬車は、貴族の後ろだ。

 見た目重視で作った馬車だけあり、高位貴族の馬車と並んでも遜色ない豪華さ。

 むしろ、豪華すぎるかもしれない。


 子爵家の馬車の後ろには、従者や食料など物資を乗せた馬車が続き、最後方にも騎士団。


 先頭から最後方まで100メートル近い長さになる一団……ミリアを代表とした使節団は、王都、大通りの中央を、威風堂々と進行した。



 王家の公式の外遊の場合などは、事前に大通りの通行制限がとられるため、他の馬車などが通る事はない。また、住民も、両脇に綺麗に整列し、歓声を上げている。


 騎士団の鎧で輝くような、先頭のセイラの姿に感動する観衆。

 さらに、三の姫ミリアの姿を確認すると、大歓声となる。


 観衆に手を振りながらゆっくりと門まで向かうと、使節団は、進路を東にとった。

 そして、完全に王都を抜けた所で一度休息。ミリアとセイラも、ルリとメアリーの元へと集まって来た。



「では、お茶にしましょうか」

「ねぇルリ、あれ、持ってきてくれた?」


 いつも通り、セイラがお茶を入れる。

 そして、ミリアが尋ねた「あれ」とは、ポテト芋チップス。

 旅の間に食べたいからと、事前にミリアからお願いされていた品だ。


「おやつにしましょう!!」


 ポテト芋チップスとスイートポテトを並べ、お茶を楽しむルリ達。

 いつもの時間に戻ったようで、少し嬉しくなる、『ノブレス・エンジェルズ』の4人であった。

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