第149話 餅つき
「ラミア、セイレン、アルラネ。それに、アルナ、イルナ、ウルナ!
あけましておめでとうございます!!」
クローム王国のアメイズ子爵家屋敷で新年を迎えたルリは、全員に挨拶を行う。
元気に新年を迎える事が出来たと喜びを隠せないルリ。
聞きなれない挨拶に戸惑いながらも笑顔を返す仲間の顔を、まじまじと見回す。
魔物三姉妹にとっては、新年など何百回も経験している事であり興味は無さそうだ。
単に、朝食が豪華だと聞いて集まっているだけかもしれない。
それでも、新年早々に全員が揃えるという事は、とてもありがたい。
「リフィーナ様、あけましておめでとうございます。今日はお早いお目覚めですね!」
「そりゃそうよ。新年の餅つき大会するのだから!!」
律儀に挨拶を真似してくれるメイド達と会話しながら、朝の支度を整えるルリ。
さっと入浴して身体を清めると、空を見上げる。
(昨年は盗賊団の騒ぎで新年なんて祝う暇なかったからね。私にとっては初めてのお正月かぁ……)
「お正月には~餅食べて~、……ん? 正しい歌詞は何?」
お正月の歌を口ずさみながら、替え歌しか知らない事を理解し笑い出すルリであった。
食卓に戻ると、おせち料理が並んでいる。
急きょ作った重箱……木箱に詰めた華やかな食事は、見た目にも鮮やかだ。
昨夜も、年越しの蟹天うどんをたらふく食べたのに、なぜかもう、お腹が空いている。
グルメクラブや野菜の天ぷらを大量に食べて、少しくらい胃がもたれそうであるが、そこは若さだろうか。
「今年一年が、私たちにとって幸あるものでありますように。
それでは、いただきましょう!!」
ひと通りおせち料理の説明をすると、箸をつけ始めた。
ちなみに、スプーンとフォークが主流のこの世界でも、ルリは枝を削った箸を主に使っており、子爵家のメンバーも、基本的に箸が使える。
「全ての種類を少しずつ食べるのよ。ちゃんと願いを込めてね」
「変わった味付けよのう」
「……。甘いわ」
「でも、美味しい~」
味付けが濃いので心配もあったが、魔物三姉妹にも概ね好評のようだ。
重箱を囲んで箸を伸ばす懐かしい風景に、少し昔を思い出すルリであった。
(お父さんにお母さん、元気かなぁ。何より、日本の私はどうなったのだろう……?)
「リフィーナ様? どうかなさいました?」
余程ぼーっとしていたのだろうか? アルナが心配して声を掛けてくれる。
大丈夫と、少し涙ぐみながら答えると、周囲を見渡す。
(こんなに素敵な仲間がいるのだもの。今の私も、十分幸せだわ……)
「みんな、ありがとうね。今年もよろしくね!!」
「あはは? 何泣いてるの?」
改めて礼を言い、これからも一緒に頑張ろうと伝える。
幸せな一時を感じ思わず泣いてしまうルリと、慌てる仲間たち。アルラネのツッコミも、今なら心地よい。
子爵家の正月は、しんみりと、そして楽しく始まるのであった。
「ルリ~、来たよ~」
「メアリー、ありがとう。来てくれたんだねぇ!」
「「「ルリさん、今年もよろしくお願いします」」」
昼頃に、メアリーが訪ねてくる。父であるメルヴィンやメルン亭からも数人来てくれたようだ。
「もうすぐお米が炊けるからね。お餅つきましょう!!」
屋敷の庭に集まるルリ達。
臼を囲んで、餅のつき方を教える。
「一人が杵で、もう一人がこねる役か。分かったわ」
「まずはメアリーがついてみようか。思いっきりやっていいわよ。あっ! 魔力は込めないでね、壊れちゃうから!!」
メアリーが杵をつき、ルリがこねる。
実は、ルリも餅つきは初めてだ。見様見真似だが、それらしく出来ているように見える。
「どう? お餅、出来た?」
「まだまだよ! 腰を入れてしっかりついて!!」
「はぁ、お父さん、交代~」
メアリーが疲れてしまったので、メルヴィンと役を交代。
その後も、順番に、みんなで餅つきを行った。
もち米ではないので、粘り気は少ない団子のようなお餅。
それでも、だんだんモチモチ感が増してくる。
「じゃぁ、軽く焼きましょう」
そろそろいいかと、一口大に分けると、炭火で焼き目を入れる。
さらに、出汁を強めにした豚汁のようなスープに投入すれば、雑煮の完成だ。
「あぁ、モチモチ~」
「あったまるわ~」
外で食べるお雑煮は格別だ。
みんなでお餅を食べて、ほっこりする。
「リフィーナ様、お客様が到着のようです。出迎えお願いします」
「わかった、みんなは食べてていいよ~」
新年の挨拶などで、貴族の屋敷に訪問客が訪れるのは珍しくない。
大概、応接で軽くお茶を出し、会話をするだけなので、メイドとルリだけで対応を行う。
また誰か来たかと入り口に行くと、馬車が1台止まっていた。
「ルリ~、来たわよ~」
顔を出したのは、ミリアだった。セイラも一緒にいるようだ。
「ミリアにセイラ、ありがとう。来てくれたんだねぇ!」
「遅くなってごめんね。もう始まっちゃってる?」
「大丈夫。まだこれからだよ。忙しいとこ、本当にありがとうね。メアリーも来てるわよ」
お忍び想定なのか、少し地味な馬車で到着したミリアとセイラ。
従者や騎士の数から只者ではない事がバレバレではあるが、とにかく、忙しい中来てくれた事に感謝する。
「ささ、中入って。一緒に食べよう!!」
ミリア達を屋敷に招き入れようとすると、馬車から他にも人が降りてきた。
「「「えぇぇぇぇ???」」」
「こここ、国王様!? それに、王妃様も???」
「リフィーナ、そんなに驚くでない」
「そうよ、私たちもお忍びだから、騒がないでね!」
「ミリアーヌがどうしてもと言うのでな、公務の最中で1時間ほどしか時間がとれぬのだが、よいか?」
「もっ、もちろんです。狭い屋敷ですが……」
ミリアの顔を見ると、してやったりという表情をしている。
そして、耳打ちで教えてくれた。
「案内をくれたでしょ。いかにも楽しそうなイベントなのに、すごく遠慮気味な、来なくてもいいからっていう案内。
もう、気になっちゃって!! 無理を言って来ちゃったのよ。そしたら両親もついて来るって面白がっちゃって……」
メイド三姉妹は、慌てて食卓を整えていた。
新しいおせち料理のお重を用意して、国王と王妃の前に並べる。
「ほう、珍しい料理だな。これは、リフィーナの発案か?」
「はい。新年を祝う、縁起のいい食事になります」
「あら素敵ね。いただいてもよろしくて?」
縁起の謂れを説明しながら、おせち料理を振舞うルリ。
海の幸をふんだんに使用した、王都では有り得ないような料理だが、今更隠す相手ではない。
美味しく食べてくれる様子に、ただただ安堵する。
「外が騒がしいようだが、何かしているのか?」
「はい、ご案内します。メアリー達が来ているのです」
庭に出ると、メルヴィン達が控え、畏まっていた。
メアリーはともかく、メルヴィンや商会の面々は、国王と直接会うなど、身に余る所の話ではない。
「はっはっは、面を上げい。今日は、娘の友人の元を訪れた、ただの父親だ。私たちも混ぜてもらうぞ」
気さくな国王の言葉……庶民に絶大な人気を誇るクローム王家を象徴するような言葉に、安心して顔を上げるメルヴィン達。
国王たちが餅つきをするというので、使用人かのように働き始める。
「米がこんな食感に変わるとは……」
「美味しいですわね、これは、メルン亭では販売しないのですか?」
王妃は相変わらずメルン亭に通っているらしい。
居合わせたメルン亭の従業員に話しかけている。……これは、販売決定だろう。
国王と王妃、それにミリアとセイラ。
王族の突然の訪問であったが、おせち料理とお餅を楽しんでくれたようだ。
あっという間に1時間は過ぎ、次の公務があるからと帰って行った。
もちろん、お土産は忘れずに……。
新年早々、アメイズ子爵家の屋敷では、騒がしい一日が過ぎるのであった。
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