第148話 おせち料理
魔導王国行きが決定し、出発までの時間をそれぞれ過ごす、『ノブレス・エンジェルズ』の4人。
最大のイベント……面倒事は、年の暮れから始まった社交会だ。
(はぁ。年内は続くのかぁ……。年明けの社交会は免除されたけど……)
憂鬱な表情で王宮に向かうルリ。
今日は、昼からお茶会。夜は舞踏会。
年始のイベントが終われば魔導王国に出発するので、実質、社交会への出席は数回で済む。
それでも、面倒なことに変わりはない。
しかも、昨年の盛大なデビュタントとは違い、今年は目立たなくて済むはずであったが……。先に告げられた論功と処罰の影響で、アメイズ子爵家は、目立っていた。少し歩くだけでも、多くの視線がルリを見つめ、話しかけてくる。
そもそも、ルリという存在だけでも目立つのに、拍車がかかった状態だ……。
「ミリアーヌ様、セイラ様、ご機嫌麗しゅう……」
「リフィーナさん、ごきげんよう……」
ミリアとセイラに、笑みを浮かべながら社交の挨拶を交わすと、ルリは末席に移る。気持ち的には帰りたいくらいであるが、そうもいかない。
一番目立たない場所と思っての選択だ。
「リフィーナさん、お久しぶりね!!」
「元気にしてました?」
幸いなのは、昨年と違って、少しは友達が増えている事。
第2学園の同級生であるグレイシーやベラをはじめ、お世話になったマリーナル侯爵。他にも、久しぶりに会う知り合いがたくさんいる。
「マリーナル侯爵様、それにグレイシー様、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「そう言えば、アメイズ領の方が、マリーナル領都に訪れているそうですわよ。それで、技術者が派遣される事になったとか……」
お互いの領が協力関係となり、喜び合うルリとグレイシー。
お願いしていた水運やお堀の計画も、順調に進んでいるようだ。
「ところで、またお出かけになるそうですね。次は魔導王国イルームまでと聞きましたわ。学園が始まるまでにはお戻りですの?」
「戻りは春になりそうです。ミリアが張り切ってますから、激励してくださいね!」
他の貴族の目もあるので言葉遣いは気をつけるが、友人との会話ならば気が安らぐ。
出来る限り、知り合いと会話をして時間を潰す、ルリであった。
日中のお茶会が終わると、夜は舞踏会。
同じようなメンバーで、毎日昼も夜もと、よく飽きないと思うが、貴族の社交は、そういうものらしい。
「リフィーナ様、次のお召し物はこちらです!」
「え~っ、一緒でいいじゃないの?」
「ダメです! 子爵家の代表として相応しい服装をしていただきませんと!!」
いつの間に準備したのか、新しい衣装に着替えさせられては、お茶会や舞踏会に放り込まれる。
うんざりしながらも、日々の社交をこなすルリであった。
社交会を終えて、屋敷に戻ったルリ。
あと数日で年末を迎えるある日、ルリは厨房で食材を眺めていた。
「ねぇアルナ、年末年始は、王宮に新年の挨拶に行く以外、何か用事あるの?」
「いえ、お屋敷でゆっくり過ごすのが恒例ですので、特に予定は入れておりませんが……」
年末年始、庶民の中では、大掃除したり、新年を祝ったりと風習があるものの、貴族家は毎日使用人が隅々まで掃除を行っているので、あまり大掃除をする必要がない。
正確には、主人の留守中に、随時大掃除が行われている。
それに、社交シーズンは毎日がお祝いのようにご馳走を食べているので、新年は普段よりさらに豪華になるくらいで、おせち料理のような特別な習慣はないそうである。
「屋敷で過ごせるなら、ご馳走、作ってもいいかな?」
「それは構いませんが、毎日の社交での食事ではご不満でしたか?」
「そうじゃないの。年末年始は、縁起のいいものを食べなきゃね!?」
食事で縁起を担ぐという概念は、この世界では珍しいようだ。
メイド三姉妹に、年越しそばやおせち料理の話をすると、乗ってくれた。
簡単に試作しながら、ウルナに作り方を教える。
そば粉は見た事が無いので、うどんで年越しをする。
さらに、天ぷら。
秘蔵の魚介素材も使い、海老天そばならぬ、蟹天うどんの完成だ。
「天ぷら、と言うのですか? サクサクで、野菜が美味しくなりますね!!」
「そうなの。油が大量に必要だから作りにくいのだけどね……」
植物性の油、ゴマ油などがあれば、もっと手軽な食べ物になるかも知れない。オークなどの動物性の油は、美味しく揚がる反面、入手に手間がかかる。
「さて、天ぷらはここまでね。本番は、年末最終日、その時に作りましょう。
細くて長いから、長寿の意味合いがあるのよ。それに、年末に食べると、一年の災厄を断ち切るって事で、縁起がいいの。本当は蕎麦だけど……」
天ぷらの話で盛り上がってしまったが、本番はこれから。
おせち料理の仕込みを始めるルリ。
とは言え、食材が揃わないので、悪戦苦闘する。
何度も試作を繰り返しながら、それっぽい味を作るしかなかった。
「縁起のいいお料理を並べて、新年を祝うのよ。例えば、お豆を黒く煮た物には、邪気払いとマメに働けるようにとの願いをかけるの」
黒豆は、『アルラウネ』の里で入手した木の実を炊き、魚醤と蜂蜜で煮詰める。
数の子や田作りも、塩漬けにしていた名称不明な魚の卵や、乾燥させた小魚から作れた。
また、鯛らしい魚は姿焼きにし、鰤っぽい魚は照り焼きにする。
鰤に関しては立身出世の縁起物。手元の魚が出世魚なのか不明なのだが、雰囲気が伝わればいいだろうと、気にしない事にした。
それに、食品の名称から縁起につながっている食材は多い。「めでたい」の鯛や「よろこぶ」の昆布。
この世界では違う名称なので、これも意味があるのかは微妙である……。
煮蛤は二枚貝で、昆布巻きは海で拾っていた海藻から作り、かまぼこや伊達巻も、それらしく作れた。
(栗きんとんは欲しかったなぁ。仕方ないかぁ)
最後まで苦労したのが、栗きんとんだ。
栗もサツマイモも見当たらないので、リンゴっぽいフルーツとポテト芋で代用する。
知っている栗きんとんとは味が全く違うが、金色ならば、問題ないはずである。
「数の子と昆布巻きはリフィーナ様専用ですね! 子孫繁栄、何よりの願いです!」
「煮蛤も、夫婦円満の意味があるのですね! リフィーナ様に食べてもらわないと!!」
「何よ!? 私は願われなくたって、夫は大事にするわよ!!」
仕込みをしながら、込められた意味を聞き、反応するメイド達。
今のルリからは、子宝に恵まれた夫婦生活など想像もつかないので、メイド三姉妹としては夫婦円満と子孫繁栄という願いが、最も重要と考えたようだ。
(あとは、お餅かぁ。餅つき、してみようかしら)
屋敷のメンバーが楽しむ程度であれば、餅つきも可能であろう。
お汁粉は難しくても、雑煮は作れそうである。
「ウルナ、お米を、買っておいてくれる? それと……」
メルヴィン商会のメルン亭のお陰で、お米も少しずつ王都に流通してくるようになったので、入手もしやすくなってきた。
さらに、杵と臼の形を伝え、それらしき物を探すようにお願いする。
(餅つき大会、みんな誘いたいなぁ。
ミリアとセイラはさすがに無理かなぁ。メアリーだけでも来てくれないかしら?)
王家は、新年の祝賀行事などに忙しい。
それに出席するために、魔導王国への出発が新年までずれ込んだ程だ。
「アルナ、新年、遊びに来ないかってメアリーに伝えてくれるかな。一応、ミリアとセイラにも」
なぜ誘わなかったのかと揉めるのもどうかと思うので、一応、案内だけは出しておく。
メアリーにしたって、家族でお祝いなどするのかも知れないし、来てくれるかは分からない。
(どうせ挨拶に行くし、お土産で持って行けばいいかな?)
みんなで餅つきをするのは楽しいであろうが、それぞれ予定があるので集まれなくても仕方がない。
お土産で持参すればいいし、餅つきであれば、いつでもできるのである。
お餅やおせち料理に驚くミリアとセイラの姿を想像し、仕込みを増やすルリであった。
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