第136話 歓喜の涙

 フロイデン領からアメイズ領都に向かう途中、温泉と『アルラウネ』の里で一息ついたルリ達。

 英気を養い、気持ちのいい朝を迎えていた。


「おはよう、よく眠れたわね!」

「元気いっぱいだよ~」


「このままアメイズ領に向かうって事でいいわね」

「いろいろと確認する事もあるし、しばらくアメイズ領都に滞在したいな」


 ルリとしては、丸投げしていた事案がどうなっているか、確認と指示を行ってから王都に戻りたかった。

 王都帰還のタイムリミットまではまだ時間があるので、ミリア達もそれに同意する。


 領都においては、内政案件。

 組織作りから始まり、公共事業への取り組み、防衛体制の構築、周囲の街と連携をしての産業の活性化など、幅広くお願いしている。

 特に、管理基盤を作るための住民台帳の整備は、手助けが必要であろう。


 ポテト芋の産地であるバーモの村との物流改善も気になる。水運は、下見くらい出来たであろうか。


 そして何より、メルダムの街の問題だ。

 捕らえたコリダ男爵は、王都から来た役人に引き渡されているであろう。その処遇、結末が気になる。

 それに、冒険者を中心とした街づくり、学園都市の構想について、進捗を確認する必要がある。


(やる事いっぱいだなぁ……)

 だだの部活少女でしかなかったルリには、仕事のタスク管理なんで経験した事も無いのであるが、とにかくやるしかない。気合いを入れるルリであった。





 妖精たちに礼を伝え、里を出ると、馬車を走らせる。

 程なくして、アメイズの領都が見えてきた。


「なんか懐かしい感じがするわ……」

「1ヶ月しか経ってないのだけどね……」


「街に入るけど、服装どうする?」

「ルリはドレスがいいと思うわ」

「それなら、全員着替えようよ」


 一応、領主のご令嬢の帰還である。

 誰かに戻る事を伝えた訳ではないので待ち構える人だかりなど無いのだが、自分たちが目立つ事は自覚しているので、身なりは整えるに越した事はない。



 街に近づくと、外壁の外側に堀を作ってみるのが見える。まだ完成には程遠いが、アメイズ領は少しずつ進化を始めていた。


 入門の行列を横に見ながら、道の真ん中を馬車で通り過ぎるルリ達。

 誰がどう見ても貴族の馬車であり、文句を言う人はいない。


『あれ!? リフィーナ様じゃないか?』

『本当だ! 女神様御一行が戻ったんだ!!』


 外に出ていた住民だろうか。すぐにルリ達に気付き、騒ぎだした人がいる。

 1ヶ月前とはいえ、散々に目立つ事を行っているので、気付かれても当然である。



「門衛さん、こんにちは。リフィーナです。今戻りましたわ」

「リフィーナ様! ご帰還、ありがとうございます」

「あぁぁ、よくぞご無事で……」


 門衛に挨拶をして中に入ろうとすると、感無量と言った顔つきで見つめられる。

 領主の令嬢が街に戻ったとはいえ、あまりにも大袈裟な反応。


 何かあったのか? と思うが、戦地であるフロイデン領に向かった事は周知の事実である。

 心配されても当然であろう。



 門から街に入ると、活気に満ち溢れた街並みが目に入った。

 夕方に近い時間ではあるが、人通りも多い。


「また人増えたんじゃない?」

「お店もにぎやかだね」

「それに、なんかきれいだわ」


 それぞれ感想を述べながら、ミリアが街の清掃が行き渡っている事に気が付いた。

 ルリが領政委員会にお願いしていた中の一つが、実を結んだ証拠である。


 ルリが、ファンタジー世界における街の理想形として真っ先に思い浮かべたのは、ねずみのキャラクターが住む、何度も遊びに行ったテーマパークである。

 その特徴の一つ、ゴミひとつない街並み、それを為す、清掃担当のキャストの存在。


「ほら、あそこ。お掃除してる人がいるでしょ。清掃専門で働いてくれる人を雇ったのよ」


 公共事業として動く案件は、土木関係の力仕事がどうしても多くなる。

 老人や体の不自由な方でも行いやすい仕事として、街の清掃員を募集していたのである。

 給金としては少な目になるが、年寄り衆にとってはありがたい仕事である。


 煙草の吸殻や紙くずなど無いので、主な清掃は落ち葉などになるのであるが、それがないだけでも街並みは見違えるように綺麗になる。


「清掃専門の人かぁ。王都でも提案してみようかなぁ」

「王都もゴミ多いものねぇ。そのくらいの給金なら問題ないはずだわ」


 ミリアとセイラも、綺麗な街並みに感動したようで、王都で同じ事をしようと考え始めていた。


 ルリとしては、日本人の生活に密着した、毎日のゴミ収集や、廃品回収なども、取り入れるべき文化だと思っている。


 この世界では、ごみ収集と言う概念が薄い。

 生ごみなどは各家庭で処分するし、ビニールやプラスチック容器などが無いので、ほとんどゴミが発生しないからだ。


 何かを捨てる時は、街の外れにある収集所に、各自が廃棄するのが決まりだ。

 しかし、持ち運ぶのが面倒な事と、廃棄場所が遠い事から、街中には不要なものが貯まってしまう傾向にあった。



 清掃の話で盛り上がる馬車は、大通りへ向かって走り始めていた。

 気が付くと、周囲に人だかりが出来始めている。


『リフィーナ様のご帰還だぁ!!』

『女神様ぁ、お帰りなさ~い!!』

『戦勝、おめでとうございます!!』


 湧き上がる歓声に、笑顔で応えるルリ。

『みんなぁ、ただいま~。今帰りましたぁ』


 前方を見ると、大通りがパレードの会場のようになっている。

 歩いている住民はもちろん、馬車も端によって道を開けてくれていた。


「ありゃ、大事になっちゃったわね?」

「街の英雄の凱旋ですからね。いいんじゃない?」

「せめて、ゆっくり進んであげましょ」


 驚いたのは、涙ぐんで歓喜する男たちが多い事。

 どこから駆け付けたのか、通りにずらっと並んだ男たちは、一様にルリを見るな喜びを爆発させているのであった。


「ルリ、本当に心配されていたのね……」

「そうみたいね……。無事の知らせとか出しておけば良かったわね……」


「そう言えば、王宮には知らせたの?」

「そっちは大丈夫。騎士たちが常に連絡してるから」

「あぁ、アメイズ領だけ伝わってなかったのかぁ……」


 歓喜に咽ぶ男たちに無事な笑顔で応えながらも、何か通知でもしておけばと後悔するルリ。……今更悩んでも仕方ない。


「住民の皆さんには、改めて挨拶するわ。まずは屋敷に急ぎましょう」

 領都で予想以上の歓迎を受けたルリ達は、屋敷へと向かうのであった。





「お母様、今戻りました。留守中、ご迷惑をお掛けしました」

「リフィーナ、ちょっと座りなさい!!」


 屋敷で母サーシャと向き合ったルリ。サーシャは、お怒りであった。


「なんで何の連絡も寄こさないのかしら? 戦地に向かったと聞いて、どれだけ心配した事か……」

「ご、ごめんなさい……」

「ミリアーヌ様たちもそうですよ。戦地に飛び込むなんて……」

 泣きそうなサーシャに、一同反省する。


「でも、無事でよかった……。本当に良かった……」

 本気で心配したのであろう。ルリを抱きしめるサーシャが泣き崩れる。

 心からの謝辞を伝えるルリ達であった。




 再会の涙をぬぐうと、マティアスも含めて留守中の状況についての情報共有を行った。


「ミリアーヌ様が奇跡を起こして帝国を倒したという噂になっていますが、アメイズ領内では、皆様の魔法攻撃が炸裂したという事になっていますな」


「そうなのね。まぁ間違ってはいないわ。それで、戦争の影響は? アメイズ領は無事だったのよね?」


 帝国がアメイズ領内まで侵攻してきた訳ではないので、直接的な被害は無かった事を聞いて安心するルリ。

 続いて、衝撃の事実を知る事になる。


「ご存知ないかと思いますが、アメイズ領からも3000の兵が出撃しました」


「3000? どこにそんな兵士がいるの?」


「街の住民です。戦地に向かったリフィーナ様を守ると皆、武器を取って出陣したのですよ」


「住民!? みんなが、私を守ろうと……。それで?」


「幸いにも、敵と遭遇する前に戦争が終わったようで、全員無事に帰還しました」


「よかった……」


 義勇兵の出陣など想像もしていなかったルリ。街の住民が一丸となって戦地に向かった様子を聞き、衝撃を受ける。

 しかも、その理由を聞くや、涙が止まらなくなるのであった。


「ルリ……、愛されてるのね……」

「みんなもだよ……」


 住民の愛情を知り、先程の熱烈な歓迎、男たちの歓喜の涙の意味を知り、涙腺が崩壊しそうな、ルリ達『ノブレス・エンジェルズ』の4人であった。

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