第137話 定規

 研修の旅におけるミッションを完了し、アメイズ領都に戻ったルリ達。

 屋敷に戻るとすぐに、母サーシャと大臣のマティアスから、留守中の領内での状況を聞いていた。



 戦地に向かったルリ達を心配した住民が奮起。

 義勇兵となってフロイデン領の砦に向け進軍したと聞き、住民たちの想いを感じて涙する。


(もっといい街、愛に溢れる街を作らなくちゃね……)


 決意を新たにしたルリは、引き続き内政の進捗などを確認した。




「コリダ男爵の件はどうなりました?」


「男爵は、10日ほど前に王国へと連行されていきました。もう王都に到着してる頃だと思われます。最終判断は国王が下しますが、爵位の剥奪、家名の取り潰しは間違いないだろうとの事です」


「街の屋敷にいた兵士たちは? 一緒に連れて行かれたのかしら?」


「いえ、一部を除いて、メルダムの街に残っています。兵士の身分は剥奪、アメイズ領からの移動禁止と10年間の労働奉仕の処分が下されました」


 最初に大臣のマティアスに確認したのは、コリダ男爵の事件の結末だ。

 貴族や側近の処遇については予想通り。気にしていたのは、男爵に命令されて戦闘に至った兵士たちの事だった。

 王族に切り掛かったのである。全員が打ち首になってもおかしくない。


 ほぼ奴隷のような強制労働……。自由な行動が制限され、アメイズ領から外に出る事が禁止されたとの事ではあるが、命が助かっただけでも、寛容な処分をしてくれたと思える。



「よかった。それで、元兵士の方々は、今、何をしているのかしら?」


「はい。復興委員会でしたか? メルダムの街の自治会の監視の下で、荒れた土地の整備……壊れた住居の補修や、農地の復元などの重労働を担っているようです」


「そか。逃げ出して野盗になったりしないように注意しなきゃだね。労働環境は、整えてあげてね」


 犯罪者、奴隷のような存在であっても、まともな人間なのであれば人権を守った労働をさせる必要がある。

 奴隷だからこき使うと言うのは、間違っていると訴えるルリ。……働き方改革である。




「領都はどう? 何か困った事とかありませんか?」


「まずはできる事からと、動き始めております。

 困った事、と言いますか、お知恵を借りたいという案件がいくつかあるのですが……」


 ルリが定めた委員会……。

 街の環境を整える『環境委員会』、住民の管理を行う『お役所委員会』、街の治安を考える『防衛委員会』のそれぞれから、いろいろと相談が届いているらしい。



「環境委員会からは、領都の土地の増築についての相談が来ております。このまま住民が増え続けると、領都に入りきれなくなる可能性があるとの事です」


「いいけど、どこに増やすの?」


「それが……。先日軍事演習を行った街の東門付近なのですが……」


 領都の土地拡大。隣接する平地を開拓するのであれば、特に反対する理由はない。

 言いにくそうに、まごまごと話すマティアスを問い詰めると、意外な要望が聞き出せた。


「まったく……。分かったわよ……」


 軍事演習でルリ達が戦った跡地。東門の周辺は、魔法の影響で綺麗な更地に変わっていた。

 委員会からの要望は、もう一度魔法を使って、もう少し更地を広げてくれないかと言う要望だったらしい。

 横着極まりないのであるが、森を切り開くという土地開拓最大の労力が一瞬で終わるのがわかっていれば、人間、誰しも楽したくなるものだろう。



「ご苦労をお掛け致します。日程はこちらで調整させていただきますので……。

 次に、お役所委員会なのですが、地図の作成に苦慮しているようです」


 詳しく聞いてみると、調査に苦労しているのではなく、地図を上手く描画することが出来ずに悩んでいるとの事だった。


「では、地図の書き方、勉強会を開きましょう。日程の調整、お願いするわ」


 測量の技術などないし、キレイに製図する時にも使えるピタゴラスの定理や三平方の定理なども発見されていない世界。地図の縮尺が曖昧になるのも当然である。

 そういうルリも、測量などした事がないし、定理も小中学校で習った程度なので使いこなせる訳では無いのであるが……。


(定規と分度器があれば、地図は綺麗に描けるわよね。そう言えば、三角定規とか分度器って見たこと無いわね?)


 地図を描くなど小学校以来の事ではあるが、割と得意であった。

 勉強会までに三角定規や分度器など作っておけば、それらしい地図は作れるはずと考えたルリ。

 ついでに地図記号なども決めておこうと思いつくのであった。



「治安委員会ですが、私からも提案がありますの。軍事都市のフロイデン領に、誰か研修に行かせたいと思ってますわ」


 治安面での課題は、今回の義勇兵のような事が起こった時の対応。いかに迅速に、住民が一丸となって有事に臨めるかという事であった。その為に必要なのは規則作りと、訓練による理解となるので、時間をかけて広めるしかないであろう。

 そのルール作りの為にも、フロイデン領のやり方を学ぶ事は、重要と言えた。




 その日の夜、ルリは工作を行っていた。

 作ったのは、三角定規と分度器。

 木にメモリを付けただけで、正確さも微妙な物であるが、概略の地図を描くだけならば十分である。

 円を書く為のコンパスも作りたかったが、思ったよりも構造が複雑で、今日の所は諦めた。


「ルリ、何作ってるの?」


「分度器って言うんだけど……、向きがわかる定規なの」


 50センチほどの大きなものと、5センチほどの小さな半円の板を切り出し、均等にメモリを入れていく。

 大きなものは、外で実際に方向を確認するため。小さなものは、地図を描く時に使用する。


 もちろん、正確さには欠けるが、直感だけで向きを判断するよりは、分かりやすくなるであろう。



「ねぇメアリー、こういうのって、商品になるかなぁ?」


「職人層なら需要があるかも知れないわね。経験と感覚で計っている人が多いから。

 ただ、正確さが必要でしょ。そもそもメートルって言う単位だって、厳密には曖昧だし」


 長さや重さの単位は、昔の誰かが決めて広まったものになっている。

 何かしらの科学的な根拠から定義されているものではなく口伝えで広まっているので、各都市や職人によって、微妙にずれている事が多い。


 単位の認識の違いによって、商取引で小競り合いが起こる事も珍しくはなく、それぞれ独自に基準を作ったりしたものだから、正確の定義があやふやになっているらしいのだ。


 メアリーの指摘は、商品として販売するからには、正確な情報である必要があるが、正確な1メートルがどれなのかすら正直分からず、商品化が難しいという事だった。


 いわゆる、標準化が出来ていない世界なのである。



「その件は、王宮主導で考えてみますわ。単位が統一になればよろしいのですわよね。王国内であれば、お触れを出すのは難しくないですから」


 ミリアの提案は、的を得ていた。国内で統一するとなれば、王宮が動くのが最も早い。

 他国と認識を統一化することも、今後の世界の発展には欠かせない事であろう。



「単位の統一かぁ。新しい単位って、その人の名前が使われることが多いの知ってる?」


「じゃぁ、新しい単位を呼ぶ時は、1ミリア、2ミリア……、みたいになるって事?」


「やめてよ! そんなの、わたくし、恥かしくて生きていけませんわ!!」


 すぐに話が脱線するルリ達。

 困った顔のミリアが、単位として名を残す日は来るのか、来ないのか……。


 世界の発展に影響を及ぼすような会話を、どうでもいいような口調で笑いながら話す、『ノブレス・エンジェルズ』の4人であった。

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