第134話 調理法

 キングクラブの美味しい食べ方を発見したルリ達。

 早速、宴の準備が進む漁師町の広場にキングクラブを運び入れる。


「うわぁ! キングクラブかよ!」

「そんなもんどうするんだ!?」


 こんがりと焼かれたのは内側なので、遠目には狩ったままの蟹を持ち込んだようにしか見えず、町の住民が驚いている。


「皆さん、キングクラブが美味しく仕上がったんです! 騙されたと思って食べてみませんか?」


 ルリの呼びかけに、恐る恐る近づいてくる町民たち。

 近づくにつれて香ばしい匂いに気付き、表情が和らぐ。


「脚も簡単に外れます。身だけ切り分けますので、ぜひ試食してみてください!」


 外した脚から一口サイズに身を切り出すと、集まった町民に配るルリ。


「おお! 確かに、美味い!!」

「生臭さが消えてるわ!!」

「これは! 本当にキングクラブなのか!?」


 ぷりぷりした食感と甘みのある味わい。

 蟹の王様に相応しい味となったキングクラブを、存分に味わった。


「これ、どうやって調理したんだ?」

「火魔法で中から蒸しました! やってみましょうか?」


 ズドン

「「「うわっ」」」

「「「氷漬けのキングクラブ!?」」」


 もう1体の氷漬けになったキングクラブをアイテムボックスから取り出すと、驚きの声が上がる。


「まずは解凍して、脚を1本もぎ取ります。ここが、ちょっと大変です」


 掛け声と共に脚を引き抜くと、周囲に歓声が上がる。

 少女の細腕のどこにこんなチカラがあるのか……。さすが冒険者と言う歓声だ。


「準備はここまでです。穴から火を入れて蒸し上げるのですが、ポイントは超高温の炎で一気に火を通す事。

 これは予想なのですが、瞬間的に加熱する事で、生臭さを飛ばし、身がゴムみたいに締まらないのだと思います」


 説明しながら、昔テレビで見たポン菓子というお菓子の製法を思い出していた。

 どう進化したのかは知らないが、キングクラブには硬い甲羅と殻がある。その高い密閉性と、圧力に耐えきれなくなった際の急速な減圧が、美味しさの秘密なのだろうと考える。


(まぁ、理屈はいいわね。百聞は一見に如かずよ)


「では、魔法を打ち込みます。火球ファイヤーボール!!」


 脚の穴から青白い火球ファイヤーボールを打ち入れると、ボン! と爆発音が響き、煙が上がった。

 予想通り、辺りに香ばしい匂いが広がる。



「簡単でしょ!」

「「「「「……」」」」」


「嬢ちゃん、確かに美味いんだが……」

「その調理は、普通は出来ないなぁ……」

「そんな魔法、使えないわ……」


「でもよぉ! たまに来る冒険者に頼めば、また食える可能性はあるって事だ!」

「キングクラブが食用になれば、町の生活もどんなに楽になる事か……」

「そうよ。ありがとうね!」


 常人には再現しがたい調理法ではあるが、温かく受け入れてくれる漁師町の住民たち。

 他の冒険者にも出来るのかと言うと実は疑問だったりもするのだが、きっと、何かしら工夫して調理の手段を確立してくれると、信じるルリであった。


「さぁ嬢ちゃん、こっちのグルメクラブも食べてみな!!」

「はい! いただきます!!」

 町人たちに勧められ、グルメクラブを口にするルリ達。


「美味しいわね」

「ふんわりしてるわ!」

「甘みも上品!」

「味ならやっぱり、こっちが蟹の王様かも!」


「まだ新鮮だから、生でも食べられるのね」

「焼いても美味しいわよ!」


 グルメクラブの味は、比較にならない程、美味しかった。

 漁師町の住民ですら滅多に手に入らず、しかも、急きょ宴を開きたくなるほどの貴重な食材。

 さすが、依頼が出る程の事はある。


 カニ料理を披露しようなんて思っていたルリではあるが、素材そのものが美味しすぎるので、シンプルに食べるのが一番と納得。

 刺身と焼きガニとして出されるグルメクラブを、そのまま堪能するのであった。


 町の子供たちには、キングクラブが好評だ。

 質より量。グルメクラブとは違った美味しさで、何より食べ応えがある。


 やがて大人も、グルメクラブを堪能したら、大量にあるキングクラブの身を頬張りつつ、酒を浴び始める。

 宴は絶頂を迎え、漁師町の一夜は過ぎていくのであった。




 翌朝は、早くから魚介を食べると、すぐに出発だ。

 夕方までに領都に戻り、市場に魚介を届ける必要がある。

 住民たちに別れを告げ、馬車に乗り込むと、帰路についた。


「セイラ、探知だけお願いね」

「任せて。でも、帝国の兵とか、本当にいないのね」

「たぶん、砦付近の森を移動中だと思うわ。もう帝国に戻ってる頃かな?

 辺境伯様の話では、領内全域に残党捜索の兵が出ているらしいし、出会う事はないでしょ」


 行きもそうだったが、道中は本当に平和だ。

 魔物が近づいてくる事すらない。

 フロイデン領では定期的に領兵が魔物討伐の訓練もかねて街道の見回りを行っているらしく、街道沿いで魔物に出会う確率はすごく低いらしい。



 予定通り、夕方前に領都へ到着する。

 商会にお礼を伝え、ルリ達は、そのまま屋敷へと戻った。

 ギルドへの報告は、明日でも問題ない。


「やや、皆様、お帰りなさいませ。今日の夕食ですが、期待してください。

 先ほど、漁師町まで行っていた商会が戻りましてな。皆様が欲しがっていた海の幸が入荷したんですよ!」


 屋敷に戻ると、執事が嬉しそうに話しかけて来た。

 商会の護衛で漁師町まで行っていた事を辺境伯には伝えていたのであるが……。従者まで情報が行き渡ってはいなかったらしい。


「あ、ありがとうございます……」

「でも……いえ……。お気遣いに感謝ですわ」


 せっかくの心配りである。今朝まで散々、魚介を味わって来たとは言いだせず、夕食の魚介料理をいただく事にした。



「がぁはっはっ!! 幻の蟹じゃぁ。グルメクラブ、滅多に食えんぞ!」

「はい! いただきますわ……」


 想像はしていたが、やはり、今朝運んできたグルメクラブが、屋敷の夕食に並ぶのであった。

 商会はさぞ儲けたのだろうなどと考えつつ、2夜連続で、幻の蟹の王様、グルメクラブを食す、ルリ達であった。




 ゆっくり休むと、翌日は冒険者ギルドに報告に向かう。


「こんにちは。依頼達成の報告に参りました!」


「はい。護衛依頼と、討伐依頼は2つですね。

 護衛完了の書類と、討伐については証明部位の提出をお願いします」


「はい」


「あ、待ってください!! キングクラブ、もしや丸ごと持ってきました?」


 ルリ達が手ぶらな事に気付くと、解体場所に移動しようと待ったをかける受付嬢。

 収納魔法使いである事は伝えたっけ? などと思いながら、一緒に移動する。

 事前に『ノブレス・エンジェルズ』が訪問する事はギルド間で共有されているので、情報として伝わっていたのかも知れない。




「ルリ、覚えてる? グルメクラブは1匹だけよ!」

 メアリーが耳元で囁く。


「も、もちろん。覚えてたわよ!」

 本当に覚えていたのか微妙な反応ではあるが、とにかく1匹だけ、瞬間冷凍されたグルメクラブを取り出すルリ。


「こ、これは! 本物のグルメクラブだ!」

「俺、初めて見たぞ!」

「ちくしょう、食いてぇ~」


 レアな蟹の登場に、周囲で作業していた職員も集まってくる。

 ギルドに納品されたとて、それが職員のものになる訳ではない。適切に買い取られ、市場に卸されていくので、悲しい事に、職員の口に入る事は無いのである。



「キングクラブは3体討伐です。確認お願いします。出しますので、ちょっと離れててください」


 ズドーン


 氷漬けのキングクラブを1体。バラバラになった甲羅と殻だけのキングクラブが2体。

 巨大な蟹が、解体場に並べられた。


「聞いてもいいか? こっちの2体、中身はどうした?」

「食べちゃいました!」

「食ったのか? これは不味い事で有名だろうが……」


 魔法で調理すると美味しくなる事を説明する。

 実演しようかと伝えるが、職員が食べる訳にもいかないからと断られた。



「では、グルメクラブ1体は素材として買い取らせていただきますね。

 キングクラブは3体の討伐となります。素材はいかがしますか?」


「この甲羅と殻は置いていきます。だいぶ脆くなっちゃってますので、素材として使えなければ廃棄してください。丸ごとの1体は、持ち帰りますね」


 グルメクラブに沸き立つ解体作業員を後目に、淡々と手続きを進める受付嬢。

 報酬として金貨29枚を受け取ると、フロイデン領での依頼は全て達成となった。



「学園からの課題、これで全て達成ね」

「いろいろあったけど、胸を張って学園に戻れそうだわ」

「後は王都に戻るだけ。楽しい旅になったわ!」


 旅の目的は、無事に完了できた。

 社交シーズンまでは残り1ヶ月弱。十分時間的には間に合うタイミングだ。


「さぁ、『ノブレス・エンジェルズ』、王都に、第2学園に帰還するわよ」

「「「おー!!!」」」


 意気揚々と、辺境伯の屋敷へと足を向ける、ルリ達『ノブレス・エンジェルズ』の4人であった。

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