第133話 蟹の王様

 フロイデン領の海岸にて、蟹と格闘するルリ達。

 不味い蟹は成敗し、美味しい蟹も手に入れた。


「首尾は上々ね!」

「景色は悲劇的だけどね……」


 キングクラブを討伐する際に、少しやりすぎた……。

 豊かな自然が溢れた海岸線は、すでに見る影もない更地になっていた……。


「終わった事は気にしない! ほら、3体だけだけど、冷凍のキングクラブも手に入ったし、問題ないわよ!」

「まったく……」


 せっせと人魚が提供してくれた美味しい蟹を袋詰めしながら、依頼として受けているキングクラブの討伐とグルメクラブの確保が達成できている事をアピールするルリ。

 目の前の光景については、あまり触れて欲しくない……。




 しばらくすると、蟹を運ぶための馬車を取りに行ったセイラが戻って来た。

 メイド三姉妹、他にも漁師が数人。荷車を引いて来てくれた。


「な……。何があったのですか……?」

「ちょっとですね……。キングクラブが暴れまして……」

「そ、それよりも、蟹がいっぱい獲れたんです!!」


 早速、周囲の景色が激変している事を突っ込まれた。

 言い訳のしようがない光景。唖然とする漁師たち。

 とにかく、数は不明だが無数のキングクラブを消し飛ばした事を伝え、話を誤魔化すルリ。


「美味しい蟹、いっぱいいるんですよ!!」


「おっ、おおお!!!」

「これは!!」


「いい蟹、いましたか?」

「グルメクラブ、獲れてますでしょうか?」


 袋詰めされた蟹を見ながら腰を抜かしそうになる漁師に、美味しい蟹がとれているのか確かめると、狙った獲物がいる事がわかる。



「こんな大量のグルメクラブは見た事がない!!」

「しかも大きいサイズばかり! この町始まって以来の大漁じゃぁ!!」

「嬢ちゃん方、どうだ、この町に嫁に来んか?」


 漁師の才能があるとでも思われたのだろう。

 感想が飛躍しているが、当然嫁のお誘いはお断りだ。


「嫁の話は別にしまして、獲物がいたなら何よりですわ。さっそく町に運びましょう!!」


 大漁の蟹を荷車に積み込み、漁師町まで戻るルリ達。


(お刺身、焼きガニ、鍋もいいわね……)

 ルンルン気分、よだれが止まらないルリを先頭に、笑顔の行進となった。





「全て!! 全て買い取らせていただきます!!」

「ダメです。半分は私たちが貰いますわ!!」

「いや、この町で食べる分も残してくれんかい!!」


 漁師町に戻ると、一転、真剣な交渉が始まる。


 全て買い取って領都で売りたいという商会。

 所有権があるので強気に交渉するメアリー。

 そして、何とか漁師町の分を確保したい町長。


 滅多に取れないグルメクラブが大量にあるとなれば、全員必死である。

 しかし、この交渉は、メアリーに分がある様であった。


「商会さんは、まず馬車に積み込める量で考えてください!!

 漁師町の皆さんには、お世話になった分の御馳走はさせていただきますわ」

「うぅ、輸送の料金を倍払うから売ってはくれんか……」


 メアリーが商会の弱み、輸送力を指摘すると、勝負あり。

 お金に困っている訳ではないので、金額的な提案で折れる事はない。



「20匹ほど提供しますので、今日、みんなで食べましょう。漁師町の皆さんもご一緒にね」

「よ、よろしいのですか? 町の皆が喜びます……」


 商会の馬車に積めるのは、15匹がいい所であろう。

 それならば、ルリ達の元に30匹近くが残る事になる。しばらく食べても、そうそう無くならない量が確保できた事になる。



「蟹の話はまとまったわ。他の食材も仕入れに行きましょう」

「は~い。次は船着き場で交渉ね!」


 麻約束した通り、船着き場で漁から戻ってくる漁師を捕まえては、買い付けを行ったルリ達。

 メアリーの交渉により、かなりの量の魚介類を入手でき、ルリのアイテムボックスは魚や貝でいっぱいになる。


「これで当分、魚介には困らないわね」

「ルリ、気をつけてね。王都に戻ってからとか、人前で新鮮な魚介とか出さないのよ」

「分かってるわよ。時間停止は、ここだけの内緒なんだから」


 絶対にやらかすと思っているミリア達であるが、ルリも、気に掛けてはいるのである。

 時々忘れる事はあっても……。


「そうだ、ギルドの報告は、キングクラブ3体とグルメクラブ1体とかでいいんじゃない?

 レアな蟹を大量に持っていったら、何か疑われそう……」

「そうね。……。直前にも、もう一度言ってくれる?」

「うん。そうする……」


 今更ではあるが、ルリ達の特殊能力は出来るだけ隠した方がいい。

 冒険者ギルドへの報告についても、常識の範囲にする事を決めた。

 忘れてはいけないので、直前にも伝えてもらえるように、メアリーにお願いするルリ。

 助け合ってこその、『ノブレス・エンジェルズ』である。






 漁師町の広場では、宴の準備が始まっていた。

 グルメクラブを取り囲んで、町の女性たちが集まっている。

 町長の呼びかけで、ちょっとした祭りを開く事になったらしい。


 グルメクラブは焼いて食べるのが最も美味しいらしく、漁師が持ち寄った獲れたての魚介類と共に、バーベキューを行うそうだ。



 そんな中、ルリは、氷漬けになったキングクラブと格闘していた。


(とりあえず解凍して、味を見てみましょう。毒はないというんだから、食べられない事は無いはず。調理法次第では、美味しいのかも知れないし……)


 脚一本一本が丸太のような太さがある。

 解体するだけでも一苦労だ。


「ふぬぅぅぅぅ、とりゃぁぁぁぁ!!」


 剣で切り込みを入れ、全身に魔力を纏って力を込めたら、何とか足が一本もげた。

 蟹っぽい、白い身が姿を現す。


(サイズ感は別として、中身は蟹っぽいわね。味は……)


「うわっ、クサ!! それに硬い……」


 少し身をちぎって食べてみて、思わず声が漏れる。

 それほど、生臭く、身は硬かった……。


(塩もみして……、湯通しすれば臭みは何とかなるか? あとは、このゴムみたいな食感よね……)


 蟹の身を柔らかくする料理など、一度も行ったことはない。

 近いと言えば、安い肉を漬け置きして柔らかくする下ごしらえ。

 牛乳や玉ねぎ、すりおろしたリンゴなどに漬けるのが定番だ。


「ねぇ、みんなも手伝ってよぉ」


 興味深く、しかし不信な顔で見守っていたミリア達とメイド三姉妹を呼ぶと、それぞれ、蟹のみを掘り出したり、漬けダレを作ってもらう。


「ホントにこれで美味しくなるの?」

「う~ん、お肉ならこれでいいんだけどねぇ」


 ルリも半信半疑だ。それでも、今はチャレンジ。ダメもとでやってみるしかない。



「あぁ。確かに噛み切れるくらいにはなったわね……」

「臭みも無いわ。少し甘みがあるかも……」


「「「「でも、美味しくは無いわね……」」」」


 ルリの努力むなしく、やはりキングクラブは、……不味かった。


(大量の調味料と香辛料で煮込んだりすれば食べられなくはないけど……。だったら肉で料理した方がよほど美味しいか……)


 淡白で甘みのある肉として考えれば、食材として考えられなくはない。

 しかし、調理するまでの手間などを思うと、また料理しようと思えるような食材では無いのであった。



「仕方ないわ。キングクラブは諦めた! 広場に行って美味しい蟹、いただきましょう!!」

「「「おー!!!」」」


(まったく、何の役にも立たない蟹だったわね……)


 別に、キングクラブに罪は無いのであるが、だんだんとイライラしてくるルリ。

 苦労して狩って、解体して、調理しても美味しくない。

 完全なる無駄働きである。


「もう!! 燃え尽きてしまいなさい!! 火球ファイヤーボール!!」


 憂さ晴らしと言わんばかりに、去り際に火球ファイヤーボールをぶち当てる。

 超高温モードの、青白い炎の火球ファイヤーボールではあるが、こんな魔法で傷が付いたりしない事は分かっているので、完全なる八つ当たりだ。


 狙った訳ではないが、青白い火球ファイヤーボールが、ちょうどキングクラブの抜けた脚の穴に入り、蟹の甲羅の中で燃え上がる。


 ジュゥゥゥゥ

 ボン


「アハハ! 中から燃えちゃったよ!!」

「ねぇ、何かいい匂いしない?」

「うん、香ばしい感じ!!」


 硬い甲羅で覆われたキングクラブ。

 火球ファイヤーボールの熱が逃げず、中で高温に燃え盛ったのであろう。

 焼けた美味しそうな匂いを放ちながら、関節などの隙間から蒸気が出ている。


(もしかして、圧力鍋状態になったとか?)


 そこまでの密閉状態では無いはずだが、蟹の内部の水分を蒸発させ、一瞬で、超高温で蒸されたのは間違いない。


「ねぇ、もう1回食べてみない?」

「「「うん」」」


 内部から蒸された為か、少し脆くなったキングクラブの殻。

 簡単に脚を外すと、熱々の身を口に運んでみる。



「あっ、美味しいかも!!」

「プリプリになってるわよ!!」

「臭みも飛んでるわね!!」

「むしろ、甘みが出てて、スィーツみたい!!」


「おお! キングクラブの美味しい調理法、発見よ!」

「うん、これなら食べられるわ!!」

「蟹の王様って感じの美味しさよ!!」


 脚を外して隙間から超高温の火球ファイヤーボールをぶち込む……。

 これが料理と言えるのかは微妙だが、偶然の発見に、素直に喜ぶルリであった。

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