第124話 義勇兵
ゼリスの街の屋敷で一時の休息をとるルリ達。
「明日の朝にゼリスを発ち、フロイデン領都に向かうそうです」
「そう、では今日はゆっくりできるわね。ところで、収納してる
スケジュールの調整などを全て行ってくれるメイドのアルナに礼を言いつつ、ふとした疑問を尋ねてみる。
すぐに、領兵詰所の倉庫に運ぶようにと確認してくれた。
「「「リフィーナ様、ありがとうございます」」」
倉庫に行くと、兵士たちに全力で礼を言われるルリ。
最も目立っていたのはミリアであるが、ルリもそれなりに目立つ活躍をしているので、挨拶しようと兵士が集まってくる。
「敵のど真ん中を串刺しにした氷魔法、驚愕しました!」
「リフィーナ様の攻撃で遠くの敵本陣が氷漬けになり、形勢が一気に傾いたとか」
「いやいや、ミリアの魔法……天罰が敵を倒したんですわ。私なんて、ただ道を作っただけだから……」
実際には空中に氷の道を作っただけなのであるが、ミリアが『女神の一矢』などと吹いたせいで、いろいろと誇張されて伝わっているようだ。
無理に訂正する程でもないので、そのままスルーして謙遜してみせる。
「
「はい、お願いします」
突然、
しかし、既に何度も強力な魔法を見ている為、驚きは少ない。今更、という事らしい。
「リフィーナ様、お願いがあります。
明日、もう一度こちらに寄っていただけますか?
朝までに捌いておきますので、爪や牙などの素材、それと必要な分だけの肉は、皆様にお持ちいただきたいと思いまして」
「あら、ありがとう。そうしたら、1体だけ、丸ごと貰っておいていいかしら。牙とかは武器に使えそうだけど、ほら、私たちあまり武器使わないから」
「そうですか。では……」
捌いた後の素材や肉をプレゼントするという提案に、捌く必要はないから丸ごと貰うと返すルリに、急に残念そうになった兵士。
(あぁ、なるほどね……!)
「明日もここに寄るわよ。みんなを連れて。領都に向かう前に、兵士の皆様にも挨拶させてください!」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
兵士としては、
男ばかりの領兵にとって、可憐な英雄である『ノブレス・エンジェルズ』は、女神よりも天使よりも崇高なアイドルとなっていた。
天にも昇りそうな表情で嬉しさを爆発させている兵士を微笑ましく見つめるルリ。
適当に挨拶すると、今日は屋敷に戻る事にした。
(アイドルかぁ……。歌って踊れて、会えるアイドル、目指してみる?)
ルリも女の子である。何度も憧れた事はある。
セイラに全否定されそうではあるが、兵士たちの歓声、喜びようを見ていると、意識してしまうのも仕方がない。
部屋に行くと、ミリア達が出迎えた。
「何ニヤニヤしているの? うん、却下!!」
「まだ何も言ってないでしょ!」
「いいから、早くお風呂行くわよ!!」
伝えた所で却下される事は分かっているが、言う前から却下されると少し悔しい。
日本の流行りの音楽を口ずさみながら踊ってみせると……白い目で見られた。
さすがに、伴奏も何もない状態では、変な人にしか見えなかったようである……。
決して、ルリが音痴だったり踊り下手だったわけではない……はず。
(そう言えば音楽って文化が広まっていなそうよね……。
絶対に流行るし、流行らせたいわね……)
歌や音楽、楽器が存在しない訳ではないが、TVのようなメディアが無いため、その土地のみで広まる大衆文化としてしか、歌や踊りは広まっていなかった。
広く誰もが口ずさむような歌を流行らせる。……新たな目標を見つけ、完全に元気を取り戻したルリであった。
「はぁ~。休まるわねぇ……」
「ずっと緊張続きだったものねぇ」
「まともに入浴するのはアルラネと出会った温泉以来かぁ」
屋敷の浴室で湯船につかる少女たち。
野営中でも入浴は欠かさない為汚れている訳ではないが、安心してお風呂に浸かれるのは、有り難い。
「ねぇ、もう戦争、終わったんだよね?」
「大丈夫よ。偵察部隊とか、まだ王国内に残っている敵兵もいるかもしれないけど、今頃慌てて森の中に隠れて帰る術を考えていると思う。大きな戦闘は、もう起こらないわよ」
昨日までドンパチしてたとは思えないような寛いだ時間。
もしまだ敵がいたらと不安になるが、メアリーの推測では大丈夫らしい。
(王都を出て1か月以上かぁ。いろいろあったなぁ。アメイズ領、大丈夫かなぁ……)
アメイズ領が戦争に巻き込まれたという話は聞かないが、ふと故郷が心配になるルリ。
内政の宿題、それに不正で捕らえた男爵の扱い、課題山積みの状態での開戦である。巻き込まれていない訳がない。
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実際、アメイズ領は大騒ぎであった……。
元々、アメイズ領の領兵は人数が少なく、戦争と言われても派遣できるような体制になっていない。
さらに男爵の見張りの為に兵を割かれている状態では、領都を防衛する兵数を揃えるだけでも精一杯な状態であった。
そんなアメイズ領ではあるが、実は、奇跡が起きていた。
3000もの大軍が、アメイズ領から出陣していたのである。
ほぼ全員が、庶民の普段着に簡易的な防具。弓を持った部隊。
とても兵士には見えない、隊列も何もない集団。
そう、……アメイズ領都の男たち。
「リフィーナ様が戦場に向かったそうだ!! 俺たちも続くぞ!」
「何でもいいから武器を持てぇ! 女神様の初陣だぁ!!」
「ポテト芋忘れるなよ!」
暴動のように巻き起こった領民たちの参戦運動。
街の防衛用に支給されていた弓と防具、腰にはポテト芋をを携え、リフィーナの元へ参じようと集まった領民たちは、ちょうど、男爵事件の始末の為に到着した王都の騎士団と共に、大軍となってフロイデン領へと向かう事になる。
「おい、この戦場の跡。魔法の跡は、リフィーナ様たちだろ」
「ミノタウロスを倒した火魔法の痕跡にそっくりだ」
「間違いない、兵士同士の戦いではこんな焼け跡にはならないな」
街道に残った『ノブレス・エンジェルズ』の痕跡を見つけ士気高揚。
一般人ばかりで編成された義勇軍……アメイズ領軍は、砦に向かって進軍を行った。
幸いにも、ディフトの街を越えた所で、終戦の話を聞き引き返す事になったのだが、万が一、街道を侵攻していた敵部隊と遭遇していれば、大規模な戦闘になり、多くの命が失われた事であろう。
メアリーの作戦……短期決戦の決断が、奇しくもアメイズ領の領民の命も救っていたのである……。
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「街道では、私たちが最初に戦って以降は、結局、戦闘は起こらなかったのよね?」
「うん、領都方面の街道で、先行した敵部隊と領都の増援軍で戦闘になったりはしたみたいだけど、それだけみたいね」
「ディフト方面の街道の話は聞いてない?」
「今の所、無いわね。
そもそも、ディフトには兵士がほとんど残っていなかったし、その先のアメイズ領にしたって、大挙して援軍に出れる様な部隊は無いでしょ。
王都から騎士団が来るのはまだまだ先だから、ディフト側では戦闘が起こりようも無いわ」
「そうよね。大丈夫よね……」
まさか義勇兵が参戦しているとは思いもしないルリ達。
意気揚々と進軍したものの、戦地に到着する前に戦争が終わってしまい、敵と戦う事なく渋々引き返したアメイズ領軍。
戦争の大局を決めたと語られる『女神の天罰』を、天変地異ではなくルリ達の仕業と一瞬で理解し、歓喜したアメイズ領軍。
帰りの道すがら、街道の戦場跡を片付けたり、ディフトや宿場町でポテト芋を振舞って住民たちの支援をしたアメイズ領軍。
その話……報告を聞き、ルリが感激の涙を流すのは、まだ少し先の事である。
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