第123話 祝福
戦争を勝利で終え、ゼリスの街に戻った辺境伯。
大歓声に包まれつつ、ゆっくりと屋敷へと行進する。
『クローム王国、万歳!』
『フロイデン伯爵様、万歳!!』
『辺境伯様、万歳!!!』
歓喜の領民に囲まれる辺境伯と領兵たち。
『ノブレス・エンジェルズ』の乗る馬車も、一向に続いてゆっくりと進み、喜びに包まれている。……落ち込むルリを除き。
「ルリ、大丈夫だよ。周りの歓声を聞いてごらんなさい」
「そうだよ。女神様、リフィーナ様、って声も聞こえるでしょ」
「誰も死神とか悪魔とか言ってないから……」
見兼ねたミリア達がルリを慰めるが、あまり効果がない。
確かにルリを呼ぶ声も聞こえはするが、辺境伯や王女を呼ぶ声の方が圧倒的に多い。
それはそうであろう。
「今回は、重症みたいね……」
「お腹減っただけじゃないの?」
「違うみたいよ……。仕方ありませんわね、わたくしが一肌脱ぎましょう」
ミリアが耳打ちすると、メイドのアルナがさっと辺境伯の元へ伝言を伝える。
間もなくして、隊列が動きを止めた。
「がぁはっはっ!! よく集まってくれたぁ!!
帝国の脅威は去った!! 勝利じゃぁ!!」
『『『うぉぉぉぉぉぉぉぉ』』』
『『『辺境伯様ぁ、フロイデン領、万歳!!!』』』
広場に向かって辺境伯が檄を飛ばすと、兵士たちが勝どきを上げる。
観衆が大いに盛り上がり、地響きのような歓声が広がった。
「勝利の立役者を紹介するぅ。冒険者『ノブレス・エンジェルズ』、前へ!!」
ミリアが伝言したのは、この事。
住民に戦勝の報告をする際に、自分たちに少し時間を貰いたいという事だった。
「みんな、いくわよ。観衆の皆様に、挨拶して来ましょう」
「ルリ、笑顔よ笑顔。ほらっ!!」
ルリのほっぺをむにゅっとつまんで無理やり笑顔にさせるセイラ。
不貞腐れたい気分ではあるが、住民の前で沈んだ顔は出来ない。
何とか笑顔を作ると、さっと口に紅を塗り、馬車から降りた。
「ゼリスの民よ! ありがとう!! 勝利です、勝利を祝いましょう!!
わたくしは、クローム王国第三王女ミリアーヌ、国王レドワルドの代弁者として、皆様を祝福いたしますわ!!」
可憐に口上を述べるミリアに、戦渦、塔の上から兵を激励し続けたミリアの姿が、兵士たちの記憶に蘇る。
住民や兵には見えていないが、妖精たちもミリアの周りを舞っていた。
盛り上がりは最高潮、王女様、ミリアーヌ様と歓声が上がる。
歓声が収まると、続いて、ミリアは『ノブレス・エンジェルズ』の紹介を始めた。
「セイラ・フォン・コンウェル!!」
メイド服から貴族の衣装に
第2学園の入学式でミリアがスピーチした時と同じ演出だ。
『セイラ様ぁ』
『聖女様ぁ』
セイラは聖女として定着したようである。
『あぁぁ、俺はなんてことを……セイラ様に縄をかけちまったとはぁぁぁぁ』
セイラの黒歴史の一つ、『女の武器』でゼリスの街に潜入した際に、間違えて拘束した兵士であろう、膝を崩す兵士の姿も見える。
そんな中、ミリアがルリに目配せをしてきた。
ルリも直感的に理解する。入学式の時の演出を再現しようという合図だ。
「続いて、リフィーナ・フォン・アメイズ。わたくし達の女神、『白銀の女神』と呼ばれる彼女に大きな拍手を!!」
『リフィーナ様ぁ』
『白銀の女神様ぁ』
ミリアの呼びかけに応じ、溢れんばかりの拍手が送られる。
元気付けようと気遣ったミリアにありがとうと伝えると、観衆に手を振り、心からの笑顔で返すルリ。
ここまでの歓声を受ければ、さすがにモヤモヤは吹き飛ぶであろう。
「みんな、ありがとう!! ゼリスの皆様に祝福を!!」
両手を広げてシャボン玉でも飛ばすように、沢山の
空が
入学式の際は室内という制約があったが今は外。より演出が派手になっていた。
「最後に、わたくし達を陰で支える軍師、メアリーですわ」
「
ミリアの紹介を受けて、泡の合間を縫うように3体の
まだ人前は慣れないようで、オレンジ色の髪を揺らして照れている。
「ゼリスの民よ、ありがとう!!
皆様の頑張りが、王国を救ってくれました。これからも王国と共にあらん事を。そして、平和な日々が続くことを祈ります。ゼリスに、フロイデン領に、幸あれ!!」
ミリアはスピーチを結ぶと、多数の
パーン
パンパーン
打上花火のように泡が弾け、上空をカラフルに彩った。
『おぉぉぉぉ』
『キレイ……』
幻想的なムードを残して、ミリアのスピーチが終わると、ルリ達は馬車に戻る。
『王女様ぁ』
『聖女様ぁ』
『女神様ぁ』
『軍師様ぁ』
外では声援が続いていた。
「ルリ、少しは元気になった?」
「うん、ありがとう。気分が良くなったらお腹空いてきちゃったわ」
「
死神だの悪魔だのと落ち込んでいたが、すっかり吹き飛んだルリ。
王国内にいる限り、女神で定着してくれるだろう。
「……私も可愛いのが良かったなぁ」
「メアリーは存在が『天使』なんだから、気にしないの」
「そうよ、わたくしは愛称じゃなくて身分そのもの『王女』から抜けられませんのよ!」
一人だけ厳つい愛称になってしまった事に膨れていたメアリーだが、セイラとミリアに諫められる。
メアリーとしては、王女はもとより、聖女や女神と呼ばれる人たちと一緒に旅をしているだけでも幸せなのである。
「落ち込んだりしないから大丈夫よ」
はちきれんばかりの笑顔を見せるメアリーに、みんなで改めて惚れ込むのであった。
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その頃クローム王国の王都、王宮では……。
国王レドワルドとコンウェル公爵が、側近を集めて頭を抱えていた。
やっと届いた、早馬による速報、帝国軍が砦に攻撃を開始したという話。
「直ちに騎士団を出撃させろ。第1から第8、騎士団から各1000を編成、準備の出来た隊から向かわせろ!!」
敵数から想像するに、辺境伯の軍事力を考えれば敗戦など考えられない。
しかし、フロイデン領と言えばミリアが向かった先なのである。過剰とも思える戦力の投入が指示される。
「そ、それで、娘は、ミリアーヌはどうしておる。まさか戦場に向かったりはしておらんよな」
「フロイデン領の宿場町を通過しディフトの街に向かったというのが最後に入っている情報です。セイラ様、リフィーナ様もいらっしゃるので無茶はしないと思いますが……」
「だから心配なのだ……。ディフトはゼリス城塞の隣町。戦場に向かったと考えるのが賢明か……」
報告を受け、確認しながら、娘の行動を考える国王と公爵。
4人集まって行動していることを考えると、同行している近衛騎士団が何かを言おうが構わず戦場に向かった事など、容易に推測できる。
「いずれにせよ、王国の危機には変わりない。騎士団の出発を急げ。侯爵は、ミリア達の動向の把握を頼む」
当の娘たちは既に戦果を十分に挙げ、戦勝の宴に喝采を浴びている。
そんな事など露知らず、王宮の混乱は、しばらく続く事になる。
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「明日の朝にゼリスを発ち、フロイデン領都に向かうそうです」
「そう、では今日はゆっくりできるわね。アルナ、ありがとうね」
ゼリスの街の屋敷に招かれたルリ達は、客間でのんびりと休んでいた。
スケジュールなどの段取りはメイド三姉妹が行ってくれるので、ルリ達はただ座っていればいい。……貴族は、本当に便利である。
明日からはまた、馬車に揺られての旅である。
本来の目的である冒険者の研修を終わらせるために、領都に向かう必要がある。
一時の休息を、満喫するルリ達であった。
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