第122話 戦争の爪痕

 砦を出発し、フロイデン領都へと向かう辺境伯とルリ達。

 まずは戦地でもあったゼリスの街に寄る事にした。


 アイテムボックスに入っていた馬車に乗り込み、のんびりとした道中だ。

 馬は、辺境伯に借りたので問題ない。



「さて、軍師メアリー殿。今回の勝因は何でございましょうか?」

「突然何よ!?」


 いたずらっぽい口調で尋ねるルリ。

 普通に考えれば、ミリアの広範囲な電撃魔法になるのであろうが、ふと聞いてみたくなった。


「勝因かぁ。ポイントになったのは、ディフトの街で私たちが輸送依頼を受けた事ね。たぶん、その時に、王国の勝利が決まったんだと思う」


「輸送依頼? 何で……?」

「その後敵を倒した事とかじゃないの?」


 予想外の返事に、思わず聞き返すルリ達に、メアリーが説明を続ける。


「街道で敵を倒した事も、もちろん重要よ。でも、私たちは戦闘の後、迷わずゼリスの街に向かったでしょ。それによって、敵の裏をかけたと思うのよ」


「確かに、そのまま街道を進まないで森の中に消えたから、敵は私たちを見失ったでしょうね」


「そう、その結果、敵は2000の部隊を壊滅させるチカラを持った、得体の知れない敵を警戒する事になった。

 補給の依頼がなかったら、たぶん私たちは、そのまま街道を突き進んだと思うわ」


 実際、補給物資を届けると言う理由がなければ、無理して街に入ろうとはせず、そのまま敵軍の殲滅に向かったであろう。


「でもメアリー? 街道に増援で来た2000も倒して、突き進めば結果同じじゃないの?」


 依頼があろうがなかろうが、街道を進むことは最初から決めていた事なのだ。目の前の敵全てを殲滅しながら進めば、結局、勝利したのではないかと、聞いてみる。


「まぁね。私たち4人だけでも、敵を殲滅出来た可能性は否定しないわよ。

 でもその場合は、砦の奪還が出来ていないから、永遠に戦い続ける持久戦になってたでしょうね。倒しても倒しても襲ってくる帝国と、私たち、まだ戦ってたと思うわよ」


「想像したくないわね……疲れそう……」


 補給の依頼を受けていなければ、ルリ達がゼリスの街の中に入る事は無く、辺境伯に伝えて砦を早期に奪還する流れにもならなかった。

 だから、勝利のポイントは、依頼を受けた事になるのだという。



「なるほどね。

 もうひとつ聞いてみたかったんだけど、今回、戦いを急いだのは?」


「ああ、それは簡単よ。

 敵は、私たちと言う2000の部隊を殲滅できる亡霊に怯えながら進軍していた。だから、街道を進んでいた部隊も、後方を警戒しながらゆっくりとした進軍しか出来なかったの。

 ゼリス城塞が落ちればすぐに全力で進む、何かが起こればすぐに戻れるようにとね」


「だから城塞の敵を倒した後、他の部隊がすぐに戻って来たのね」


「うん、たぶん、砦に狼煙が上がったタイミングで、反転したと思うわ。街道の敵部隊がゼリス周辺に戻って来る前にと思って、少し無茶でも早期に決着をつけたの」


「「「なるほどぉ」」」


 馬車の中でメアリーの解説を聞き、今回の戦争の駆け引きを理解した。

 脳筋に突撃を繰り返していたら、たぶん今も死闘を続けていた事であろう。




 だが、最短での戦闘時間に収まったとはいえ、現実の戦場は大変な事になっている。

 馬車から外を見て、ミリアが呟く。


「酷い有様ね……」

「あなたがやったんだけどね……」


 荒れ果てた戦場の跡……帝国兵が逃げる際に捨てたと思われる武器や防具が散らばり、まだ倒れている人影も見える。

 電撃……雷が直撃したのか、焼け焦げた場所もある。


「アルナ、ちょっと馬車止めてくれる?」

「どうしたの?」


 ミリアが突然、馬車を止めるように言って、外に出ようとする。

 不思議に思ったセイラが、疑問を投げながらついて行く。


「亡くなった方だけでも、埋葬……火葬してあげようかと」

「あぁ。そうね、みんなにも協力してもらおう」


 自分の魔法がもたらした惨状に、思う所があったのかも知れない。

 敵の死体に向けて、火球ファイヤーボールを放ち火葬するミリア。


「セイラは、出来れば生存者を探して治療してあげて欲しいわ」

「分かったわ……」



(助けた敵兵が帝国に戻れば、噂が広がって死神から聖女に成れるかも知れないわね……)


「私もやる!!」


 話を聞きながら名案を思い付いたと手を上げるルリ。

 馬車を飛び出し、生存者を探す。


 人の持つ僅かな魔力を探せば、生存者を探す事は難しくない。

 セイラと共に、治癒を施していく。



「あ、生きてるわ、この人。完全回復エクスヒール

「ぅぅぅ」

「兵士さん、もう大丈夫ですわ。戦争は終わりました。帝国にお戻りになって!」



 何をしているのかと寄って来た辺境伯に説明すると、他の兵士も協力してくれる事になった。

 死体を放置すれば魔物が集まるので、いずれにせよ必要な処置らしい。


 その場で火葬が可能であり、治療が可能……回復魔法の使い手が同行している今は、対処するタイミングとしてはベストと判断してくれたのだ。



「セイラ様、ここです!」

「はい、回復魔法ヒール


「ミリアーヌ様、こっちお願いします」

「は~い。火葬ファイヤーボール


 水を通しての感電で被害は最小限に抑えたとはいえ、被害が少なかった訳ではない。

 雷の直撃、あるいは落下点の近くにいた者は、電撃に耐えられず息絶えたようである。


 広がりながら散策する兵士たちによって次々に見つかる倒れた帝国兵。

 生死を確認し、ミリアやセイラに声がかかる。

 回復と火葬の両方が出来るルリも、大忙しだ。



 一命を取り留めた兵には、選択肢が与えられた。

 自力で砦を通り帝国に戻る道、もしくは、このまま捕虜となり王国に留まる道。


「辺境伯様、我々は既に死んだ身です。帝国に戻っても敗戦の兵として蔑まされるのみ。ならば、生まれ変わった思いで、助けてくださった辺境伯様に尽くしたいと考えます。

 捕虜として、使ってくださいますでしょうか……」


 助けられた約100名の帝国兵の選択は、王国に残る道だった。

 敵地に取り残され、放置された所で、命を救われた。

 辺境伯側に恩を感じても仕方がない。


「あれ? それはダメよ、それじゃぁ帝国に戻って噂を広めて……」

「ルリ!! 張り切ってると思ったら何考えてるのよ!」


 ルリの思惑は、見事に砕かれたのであった……。




 ゼリスの街に近づくと、正門や城壁の周辺でも、兵が作業を行っていた。

 負傷者が街の中に運ばれ、死体は一か所に集められている。


 また、巨大な象マンモスを運ぼうと四苦八苦している一団が見える。

 20トンもある巨体。重機などがないこの世界では、運ぶ術がない。


「私、手伝ってくる」

「あ……!」


 こういった時に便利なルリ。

 制しようとするセイラの声に気づく事なく、スタタタタっと一団に近づくと、10体の巨大な象マンモスを次々と収納。

 街に運ぶことを伝えると、馬車に戻ってくる。


「だからさぁ、ルリ、少しは考えろって言ったわよね……」

「へ? 変なことした?」


 手伝うのはいい事だし、今更収納魔法を隠す必要もない。

 しかし、量がマズいのである。


 馬車数十台分の重量を、何事も無かったかのように消し去り、スキップしながら帰る少女。

 その行為が異常だという事を……ルリは忘れていた。


「もう、いいわよ……」

「ルリだしね……」

「もう、無限の収納魔法で広まった時の対策を考えましょ……」


 あちこちで大活躍をしているはずなのに、何かと失敗談が増えていくルリ。


『リフィーナ様、いや女神様のお戻りだ』

『俺、女神様に治癒魔法かけてもらったんだ……』

『俺もだ……手握っちゃった……もう一生手は洗わない』


 ゼリスの正門に近づくにつれ、兵士たちの声が聞こえてくる。

 祈る様な歓声に包まれてるにも関わらず、耳に入らない。


(異能の死神としてはりつけにされるんだぁぁぁぁ)


 勝手に落ち込む、ルリであった。

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