第120話 終戦

 ゼリス城塞を取り囲む帝国兵を撃退し、退散させた。

 街で指揮をふるったミリアやメアリー、そして別動隊として動いたルリ達は合流し、辺境伯のいる砦に集まっていた。


「聞いて聞いて~! 仮装大会? したんだよ~!

 それで、ルリの変装、可笑しいの。自称悪魔、死神だっけ? ただの真っ黒女にしか見えないし……!

 でもねぇ、驚いたヒト族が、あっという間に逃げていってさぁ、つられて倒れてたヒト族も、慌てて逃げるの! 面白かったよ~」


「あぁ……。アルラネ、全部言っちゃうのね……」

「「「そういう事ね……」」」


 辺境伯が敵兵から聞いたという、死神だの悪魔だのに祟られるという話を何とか誤魔化そうと考えていたルリであるが、開口一番のアルラネの暴露で全てがバレる。


「いや、あのね? 時間が余ったから、何か敵兵が逃げ出すような手段無いか考えてて……」

「「「ただの暇つぶしでしょ!!」」」


 結果として問題は無かったので深く追及はされなかったが、驚いた敵兵が最後の力を振り絞って王国の領兵に襲い掛かった可能性もあったのである。

 思慮が浅いと怒られ、落ち込むルリ。


 とは言え、今は遊んでいる場合ではない。

 次の戦闘に備えようと、メアリーが話を変える。


「ルリ達の事は、あとでゆっくり聞きます。

 それより今は、次の戦闘に備える事です。まだ王国内には5000の敵兵が進軍中。対応する必要があります」



「変装して脅してこようか?」

「「「もういいわよ!!」」」


 死神様御一行の出番は、もう十分らしい。

 ルリの言葉を全力で否定すると、現実に向き直る。


「では、今後の作戦を決めましょう。敵軍の状況、情報はあるかしら?」


 メアリーの一言で、辺境伯や領兵の指揮官が集まり、作戦会議が始まった。

 偵察兵からの報告が共有される。


「ゼリス城塞周辺の敵は、ほぼ全て逃走したようです。一部、負傷により動けない者もいますが、それは無視していいでしょう」


「街道を侵攻していた敵軍は、進軍を諦め反転したようです。

 ゼリス城塞周辺で倒れる兵を救助しつつ、砦へ向かう見込みとの報告があります」


「城塞との交戦は?」


「特にありません。救助の為に城塞に近づく敵兵入るようですが、武装は解除しているとのこと。降参とみて、こちらからも無理に攻撃を加えてはおりません」


 敵軍は、負傷者の救助をしながら撤退しつつあり、砦へ向かう為に川のあたりで集結する見込らしい。

 救助にあたる敵を攻撃しないという領兵の人道的な対応に、驚きつつ、感動を覚える。




「よぉし、では敵の所に行こうかぁ!!」


 状況を確認し、最初に口を開いたのは辺境伯だった。

 終戦ため、敵将と交渉しに行くらしい。


「敵との交渉に向かう。500は一緒に来い、残りは砦の防衛じゃぁ」


 メアリーが連れてきた2000の兵が、もともといた兵に入れ替わり砦の防衛にあたる事に決まる。

 辺境伯と共に砦の奪還を行った500の精鋭部隊は、300人が辺境伯と共に敵陣に向かい、残りの200人は周辺に潜んで護衛にあたる事になった。


「メアリー嬢と言ったかぁ、一緒に来てくれんか? 交渉の場にいて欲しい」


 辺境伯直々の指名に驚くメアリーであるが、ゼリス城塞での活躍や、敵の動きを予測して迷わず騎馬隊を引き連れて砦に来た事などを考えれば、当然の人選である。


「辺境伯様、私たちは?」

「交渉ではなくドンパチの方が得意そうだろ? とくにリフィーナ嬢はな、がぁはっはっ!!」


 全員交渉の場に同席してもいいのではないかと食らいついたルリであるが、見事なカウンターをくらってしまった。

 ミリアとセイラは身分が高すぎるので、辺境伯としてはまだ表に出したくないらしい。……確かに切り札になれる可能性がある面子である。




 辺境伯を代表とした一軍が、砦から川の方向に向かう。

 セイラの探知では、既に5000近い敵が集まっているようだ。


 ルリとミリアは、敵の攻撃に備え、魔法を待機させている。

 もし辺境伯たちに襲い掛かろうというならば、容赦ない魔法を叩きつけるつもりだ。



『帝国兵に告ぐ、武器を捨てて投降せよ!! さすれば、命は助けよう』


『何を申すか!! 砦を閉ざされたとはいえ兵力はこちらに利がある。命を賭してでも帰還させてもらうわぁ!!』


 敵軍は、戦ってでも砦を通過し、帝国に帰還するつもりのようだ。

 実際、5000の敵が全力で向かえば、砦を通る事は難しくない。

 砦を再度奪還し、体勢を整えた後に侵攻を再開するつもりなのであろう。


「辺境伯様、少し脅して、交渉の場を作りましょう。武力で押し切られれば、こちらも無傷とはいきません」


 話を聞いていたメアリーが辺境伯に作戦を提案する。

 ルリやミリアの魔法、それに川の近くと言う事を考えれば敵の殲滅も容易だが、今更死人を増やしたくはない。


「脅すとな? よかろう、やってみるがいい」


 辺境伯の返事を聞くと、メアリーは弓を構え、魔法の矢を放った。

 敵陣……ではなく、木の陰に潜むルリに向けて……。



(ルリ、聞こえる? 辺境伯様の上空に、氷槍アイスランスを出して! 攻撃はしなくていいけど、出来るだけ沢山!)


 ルリの目の前で弾けた矢から、メアリーの声がする。


(へ? おぉ、通信の魔法……。さすがメアリー、器用ね。弓矢に言葉をのせたのか)


 言われた通りに、上空に氷槍アイスランスを設置する。

 空を覆いつくす、無数の槍。


 ルリ達にとってはいつもの光景なのであるが、初めて見る敵軍にとっては脅威でしかないであろう。

 すぐにでも自分に向けて発射されそうな槍が現れ、敵陣にざわつきが走った。


火の鳥フェニックス


 メアリーも、上空に巨大な火の鳥フェニックスを出現させると、敵が慌てて攻撃を行う前に、口撃を放つ。


『帝国兵よ、聞きなさい!! この地は、護られた神聖な場所。女神が、悪魔が、死神が、常に侵略者たるお前たちを狙っている。

 既に勝敗は決した。選びなさい、この地にとどまり天の裁きを受けるか、投降して帝国に帰るか!!』


 オレンジ色の髪の毛を揺らして、精一杯の大声で叫ぶメアリー。

 聞こえたのかどうかは不明だが、心には響いたらしい。

 戦意を失い武器を手から落とす兵の姿が見える。


『がぁはっはっ!! 安心せい、逃げた帝国兵はとっくに国に帰っておるぞ。王国は無駄な戦いを望んでおらん。武器を捨てて降伏せよ、砦は通らせてやるわい!!』


 士気が下がった所を見計らい、辺境伯が声を掛けつつ前に出た。

 代表者による話し合いを持とうという合図だ。

 帝国軍からも、指揮官らしき男が前に歩いてくる。




「兵の安全を保障するのだな。それが降伏の条件だ」

「がぁはっはっ!! 保障しよう。家族の元に帰るがよい。

 ただし、指揮官数名は捕虜にする。聞きたいことがあるのでなぁ」


 敵指揮官の元にも、原因不明の天変地異……女神だの死神だのの仕業で本軍が壊滅した話は届き、実際の惨状も目にしている。

 さらに、今、上空には無数の氷槍アイスランス火の鳥フェニックス


 得体の知れない何か……勝ち目のない相手を目の前にして、敵指揮官に選択肢は無かった。


「辺境伯殿、全面降伏を受け入れる。私が捕虜になろう。

 ところで、あれは、どうなってるのか? 王国のチカラなのか?」


「がぁはっはっ!! わからん……。

 ただ、この地が、人知を超えた何かに護られたのは確かであろうな。戦争は早く終わらせるべきじゃ。あれらの怒りを買わんうちに……」


 実は、敵の降伏に一番安堵したのは、辺境伯であった。

 少女たちの繰り出す想像を超えた魔法……無詠唱なので魔法かどうかの判断もつかないのであるが……のチカラ。

 そして、人が成すとは考えられないようなチカラを前にして、正直驚き……ビビっていた。


 彼女たちの奇想天外なチカラが、今回はたまたまフロイデン領に味方しただけかもしれない。

 次は、……何かあれば、そのチカラが自分たちに矛先を向けるかもしれない。

 その想いから、一時でも早い戦争の終結を望み、無駄な戦闘を避けたいと願う、辺境伯であった。

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