第114話 女の武器
砦を占拠し、拠点を構えたエスタール帝国軍では、ディフトの街方面へ街道を侵攻し始めた部隊の、全滅が報告されていた。
「2000の部隊がほぼ壊滅、敗走だとぉ!? 敵軍の数はぁ!?」
「はっ、それが……。騎馬隊30と、高ランクの冒険者が数名の一団だと……」
「ふざけるなぁぁぁぁ!」
「も、申し訳ございません。敵の冒険者、魔術師が強力で……」
指揮官の怒りの怒号が、拠点に響き渡る。
「第16から22までの部隊を街道に回せ!! 魔術師ごとき、蹴散らしてこい!!
それで、ゼリス城塞はまだ落とせんのか!!」
「ゼリス要塞を包囲して3日、敵の反攻も収まってきました。
明日には城壁を突破し、占領できる見込みです」
砦への侵攻から順調な戦火を上げていた帝国軍であったが、数名の冒険者によって計画を崩された。
砦の防衛にあたっていた部隊に出撃の命が下る。
その頃ルリ達は、森の中を疾走していた。
周囲の敵軍の位置は完全につかんでいるので、急な戦闘などに警戒する必要もない。
「右前方、敵遊軍6人」
バシュ、バシュバシュ
森を掛けながら、偵察なのか逃げはぐれたのか、森をさ迷う少人数の部隊を見つけては、魔法を打ち込んで倒していく。
「見つけたわ! ラミア達、ゼリスの街の手前で待機中のようね!」
「敵は?」
「ラミア達の周囲に敵なし。ゼリスの街は、全方位を敵部隊に囲まれてるみたい」
「了解、とりあえず、ラミア達に合流しよう!」
ゼリスの街を囲む敵に気付き、ラミア達は身を潜めていたようだ。
伝説級の魔物が3人も同行しているので突破しようと思えば出来なくは無いのであろうが、彼女たちが自らの意思で無理をするとは考えにくい。
「「「「お待たせ~」」」」
「ミリアーヌ様、セイラ様!!」
「リフィーナ様、メアリーもご無事で!」
何事も無かったかのように合流する。
護衛騎士とメイド三姉妹が、安心した顔で駆け寄ってきた。
「へへ~ん。ちゃんと送ってきたわよ! 途中ねぇ、魔物とか敵っぽいヒト族がいたけど、ラミア姉さんが倒したんだよ! すごいでしょぉ!!」
「ラミアもアルラネも、ありがとう。もちろん、セイレンもね」
「ふん、私は何もしてないわよ」
余程楽しかったのか、アルラネがテンション高く、道中の様子を話してくる。
セイレンは、……いつも通りだ。
森が避けて道が出来たり、蛇の群れが敵を討ったり……。
領兵たちが蒼白な表情になっているのは、驚き疲れた結果だろうか……。
「さて、次の問題は、どうやってゼリスの街に入るかね」
「完全に包囲されてるけど……」
ゼリスの街は、360度を高く強力な城壁に囲まれた城塞都市である。
出入り口も正面の街門のみで、そこは当然、敵兵が多くなっている。
「正門から入るのは難しいわね。たどり着く前に、敵のほぼ全軍と戦闘になるわ」
「抜け道とかって無いの? ほら、秘密の地下道とか、よくあるじゃない?」
領兵たちに聞いてみるものの、秘密の抜け道を知る者はいなかった。
街は目の前だが、入る術がないとは想定外だ。
「セイラ、もし抜け道を、地下道を掘るとしたら、出口はどこに作るかしら?」
「普通なら、領主の屋敷から外に向けて掘るわね。ただ、馬鹿正直に真っ直ぐな道だとバレるから、近くの街道に向かって、すぐに逃げられるように曲げて掘るわ。すると、出口はこの辺かなぁ?」
地図を見ながらセイラが指差したのは、今いる場所から南西に300メートルほど進んだ、領都に向かう街道にほど近い場所だった。
「いつまでもここに居るのも危険だし、そっちに移動してみましょうか。
それとは別で、ルリ、何とかして中に侵入してくれる? 抜け道があれば聞きたいし、無いとしても、物資を届けることが出来れば少しは状況が変わるかもしれない」
「ねぇ、その役、私にやらせてくれない?
ルリは、ここに居て欲しいの。もし大規模な戦闘になるとしたらここ。その時にルリがいてくれた方が良いわ」
「セイラ?」
中に侵入するというメアリーの作戦に対して、立候補したのはセイラだった。
ルリ程ではなくともセイラも収納魔法を使える。さらに、戦闘が派手なルリと比べ、セイラは目立たずに隠密行動が出来る。
「では、私どもにご一緒させてください」
さらに手を上げたのは、メイド三姉妹だ。
近接戦闘においては最強の3人を加えた、メイド戦闘服の4人組が、侵入作戦を担当する事に決定する。
「ルリ、ミリア達をよろしくね!」
「うん、そっちも気を付けてね!」
包囲網が薄そうな場所を探しながら、敵軍に近づくセイラ達。
ルリ達は、抜け道の出口の予想地点へと、慎重に移動を開始した。
「戦闘せずに城壁の近くまで行ければベストなのですが、どこも敵がいっぱいですね……」
「セイラ様、私たちが敵を引き付けますので、その隙に中に侵入されては?」
「うん、でもそれは、最悪のケース。あなた達が危険だわ。まぁ見てて! 女の武器を使うのよ!!」
「「「女の武器?」」」
敵陣を前に、侵入方法を模索しているメイド服の4人であるが、突然、セイラが不思議な言葉を残すと、敵陣に向けて歩き出した。隠れる事もなく……。
「誰だ!!」
「こんちには。前線の兵士さん達をお世話するようにと、派遣されてきました。セイラと申します」
メイド服を翻しながら優雅に挨拶するセイラ。慌ててメイド三姉妹も続く。
突然の女性の訪問に驚く兵士、奥から小隊長と呼ばれる男がやってきた。
「そんな話は聞いていない、正面の貴族兵ではないのか?」
「正面には別の者が行っております。私どもは、奥を担当するよう言われまして、こちらに参った所です。
「い、いや、ならば仕方がないな。3日間戦い詰めだ、労ってやってくれ」
セイラ……どこでそんな話術を身につけたのか……。
実際、長期の戦で、男ばかりの兵士の元に女奴隷が送り込まれる事は珍しくない。
メイド姿と言うのは、稀であるが……。
鼻の下を伸ばした小隊長に続き、部隊の中を進む。
城壁まではまだ20メートル近くあり、城壁を飛び越えるにしても、もう少し近づきたい所だ。
「では、兵士さん達に飲み物を配ってまいりますわ」
小隊長のお世話を終え、4人は展開する兵士の元へと散らばっていった。
それぞれ動きを合わせながら、少しずつ城壁に近づいていく。
もちろん、戦争の真っ最中。城壁の上からは弓兵が常に睨みを利かせており、いつ撃たれても文句を言えない状況なのだが、幸い今は、弓矢や投石が飛び交うタイミングでは無かったようだ。
城壁の前までたどり着くと、4人は目配せする。
「では、ごきげんよう。さようなら!」
セイラは魔力を見に纏うと、サッと飛び上がった。
メイド三姉妹も、忍者のように壁を駆けあがる。
「「「なっ!!」」」
驚く帝国兵が声を上げるが、時既に遅し。
あっさりと城壁を飛び越えると、セイラ達は城壁の中に飛び降りた。
『敵襲~』
『侵入者だ~』
城壁内で兵士の声が響く。
射られた弓矢を大盾で防ぎ、メイド三姉妹が短剣で打ち払う。
「み、味方です!! 補給部隊を連れてきました! 攻撃を止めてください~!!」
悲鳴のような声で、攻撃停止を求めるセイラ。
そう言われても、簡単に信じられるはずが無い。
「武装を解除し、名を名乗れ!」
攻撃が止むのを確認して、武器を捨て両手を上げる。
「コンウェル公爵家が三女、セイラと申します。
外に補給部隊、近衛騎士団とディフトの街の領兵、それにアメイズ子爵家のリフィーナが待機しております。それを知らせに参りました!」
「公爵家のご令嬢だと!? しかも子爵家の姫が待機してる? 信じられるか!?
……。捕らえて本部に連行しろ!!」
王族である公爵家令嬢が、メイド服を着て、敵軍を突破し侵入してくるなど、一般の兵士の想像を越えた状態であった。
後ろ手を縛られ、連行される。もちろん、抵抗はするべきではない。
せっかく侵入できたのに一転ピンチになる……詰めの甘いセイラ達であった。
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