第113話 悪魔の魔法

 フロイデン領ゼリスの街に向かう街道で、帝国軍と遭遇したルリ達。

 予定通りに先行小隊を撃破し、その後の本隊との空中戦も、ルリの魔法で蹴散らした。


「メアリー、わたくしも魔法攻撃、していい?」

「え? いいわよ。相手も人間だし、加減はしてあげてね」


 ミリアは、弓矢を打ち落とすような器用な魔法の使い方ではなく、大規模な範囲魔法で敵を殲滅する方が得意だ。

 相手の攻撃に合わせるのではなく、こちらから打って出ようと、メアリーに提案する。



「では、次の弓が収まったら、ミリアの魔法攻撃。敵軍が崩れた所に、左から順次突撃を掛けましょう。

 ただし、深追いは禁物です。前進する際は必ず斜めの陣形を崩さずに歩調を合わせてください」


 敵の三射目の弓矢を打ち落としたタイミングで、ミリアの魔法を皮切りに突撃する事を決定。

 護衛騎士と領兵の騎馬隊が、構えをとる。



旋風ウィンドストーム!!」


 気を使ったのか、いつもの火炎旋風フレアストームではなく、ただの風……竜巻の魔法をミリアが放った。

 とは言え強力。街道目一杯に広がる竜巻が、敵軍に向かって進む。


(……。あぁぁ、これはひどい……)


 竜巻が、撃ち落とした弓矢を巻き上げながら、轟音と共に進んでいく。

 そして、弓矢を大量に……千本以上を内包した状態で……敵軍に襲い掛かった。



『『ぐわぁぁぁぁ』』

『『逃げろ~、撤退だぁ』』


 敵軍の悲鳴が聞こえる。


「……。ミリア……」

「弓矢を巻き上げたのは……ワザと?」

「あ……悪魔ね……」


「わたくしなりに弱めの魔法にしてみたのですが……。あはは……」


 冷たい目で見つめるルリ達に、笑って誤魔化すミリア。

 確かに、ただの竜巻ならば、いつもの火柱よりは安全なのであろうが、弓矢の竜巻になるとは、想定しなかったらしい……。




「て……敵軍の所まで進みましょうか」

「そ……そうね」


 一同唖然としていても仕方ないので、敵軍の場所まで陣を進める。

 大量の弓矢に串刺しにされた、前線の騎馬隊と歩兵。その後ろには、同じく串刺しの弓兵……。


(こ……これは……)


「ミリア、すごいわ! 500人くらい……! 一網打尽ね!」


 あまりの惨状に肝を冷やしながらも、まさしく屍の山となった敵軍を越えつつ、あえてミリアを褒める言い方をするルリ。

 今は戦争中なのである。敵軍の殲滅は、武勇であって断罪されるものではない。




「見えてる範囲に敵影無し。500メートル先位まで、敵軍は後退したようです。

 約800の敵軍が待ち構えています」


 冷静なセイラが敵を探知。

 広範囲なレーダーで衛星写真でも見るかのように敵を把握する様子は、常に戦況を優位に進められる。


 森に逃げ込んだ中で、側面から隙を突こうとする敵もいたが、ルリが探知して迅速に氷槍アイスランスを打ち込む。


 イージス艦のような高度な戦闘力を持った、たった4人の冒険者パーティは、危なげなく、進軍を行っていた。




「敵軍に動きあり。後方から来た約2000の部隊が先陣に立つみたい。接敵まで300メートル」


「援軍が到着したのね。弓矢の空中戦じゃ歯が立たないと見て、騎馬隊か何か、特攻できる部隊を連れてきたんだと思うわ」


「何だろ、騎馬隊にしては、大きいのがいるわ。……魔物?」


「魔物?」


 敵の先陣が入れ替わる。それはいい。

 セイラが探知したのは、馬にしては巨大な反応だった。



(何あれ? 象……いや、マンモス!?)


 遠くに見えてきたのは、巨大な鼻の長い動物、もしくは魔物だ。

 敵兵が騎乗しているので、使役している事は間違いない。


「ちょっと、あんなのいるなんて聞いてないんだけど……」

「あれはマズイわね。突進してきたらとめられるかしら……」

「砦が落ちたのも、あれの影響かも知れないわ……」


 普通に考えて、生身の人間が、騎馬隊が立ち向かえるとは思えない巨大な生物を目にし、焦りを隠せない。


「森に離脱しましょう。あれがゼリスの街を攻撃してるとしたら、頑丈な城壁も長くはもたないかも知れない。もしかしたら既に……」


 メアリーの判断は、あっさりと正面突破を諦めるものだった。

 一刻も早く、ゼリスの街に行く事が重要と考えたようだ。


「騎馬隊の皆さんは、全力で森の中を進んで街にたどり着いてください。幸い、森の中に潜んでいる敵兵はほとんどいませんので、行けると思います。メイドの皆さんとラミア達も、一緒に馬に乗せてもらって!」


「で、では、メアリー様たちは!?」


「私たちは、少しここに残ります。殿しんがりってやつです。身体強化で走れば、すぐに追いつけますから」


 メアリーの作戦に、ルリ達も頷く。

 殿しんがりと言えば恰好が付くが、実は、巨大な魔物と一戦やってみたいだけだったりもする……。

 それに、魔物と戦う上で、騎馬隊は邪魔だった……。



 心配するメイドのアルナではあるが、主命とあっては従うしかない。護衛から離れるのは不本意なのであろうが、ルリ達の戦力を知っているし、こういった場合、自分たちの方が足手まといになってしまう事も、理解しているのだ。


 ルリ達『ノブレス・エンジェルズ』だけを残し、全員が馬に騎乗した。


「アルラネさん、お願いがあるのですが……」

「森の中に道を作れって言うのね! 任せて! 今日は楽しいから協力するわよ!」

「ありがとう!」


 騎馬隊に森を走らせると言うのは本来無茶な作戦なのだが、『アルラウネ』のチカラがあれば話は別だ。


「じゃぁ道を拓くわよ。方向教えてね!」


 アルラネが言うと、森がぱっくりと割れ、馬が通れる道が出来た。

 驚きの声が漏れるが、すでに超魔法を何度も目にしているので、領兵たちも落ち着いている。



「さぁ、作戦開始よ。ゼリスの街で合流ね!」

「リフィーナ様、すぐに追いついてくださいね」

「ミリアーヌ様、セイラ様、必ずご無事で!」


 それぞれの主人に言葉を掛けつつ、メイド三姉妹、魔物三姉妹、護衛騎士、領兵が出発。

 残ったのは、ルリ達4人だけだ。


「ふふふ、わたくし達だけになったわね」

「正直、騎士さん達を気にかけながら戦うのは面倒だったのよね」

「遠慮なく暴れて、さっさと離脱しましょう!」

「で、メアリー、作戦は? あの巨大な象マンモスどうする?」


 4人だけになって戦いやすくなったと喜ぶミリアとセイラ。

 ルリはメアリーに、次の作戦を求める。


「ある程度近づいたら、ミリアは全力で魔法攻撃。巨大な象マンモスに効くかどうかは分かんないけど、後ろの兵士は無力化できるはずよ。

 ルリとセイラは、巨大な象マンモスが生きてたら対処、死んでた時は残兵の殲滅ね」


 日本人の意識から戦争とは言え人を殺す事にためらいがあるルリには、魔物の担当をさせてもらえる事はありがたかった。


 王族としての指導を受け、人間だろうが敵であれば殺す事にためらいの無いミリアとセイラとは、その意識の部分で決定的に違いがある。




「じゃ、行くわよ!!!」

「「「おー!!!」」」


 ダッシュで敵陣近くまで突っ込む。

 騎馬隊が来ない……消えた事に敵が動揺するのが分かる。


『冒険者の魔法に注意しろ』

『側面に警戒、騎馬隊の奇襲に備えろ』


 敵の声が聞こえる距離まで迫った時、ミリアの魔法が放たれた。


火炎旋風フレアストーム!!」


 ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ


 火炎の竜巻が、巨大な象マンモス、そして敵兵を包み込む。


『……優しき流れたゆとう水よ、我が手に集いて力と成れ、水壁ウォーターウォール


 敵にも魔術師がいるのであろう。慌てて防御魔法を展開する様子が見える。


「防御魔法とは生意気ね、これならどう? 火炎旋風フレアストーム! もういっちょ、火炎旋風フレアストーム!!」


(うわぁ……。ミリア、やっぱり悪魔だ……)


 無詠唱での大魔法の連発。ミリア……容赦ない。



氷槍アイスランス!!」


 火炎の竜巻が収まらぬ中、ルリは巨大な象マンモス(マンモス)に向けて氷槍アイスランスを放つ。

 煙で姿は見えないが、魔力反応をたどれば当てる事など造作もない。


 ズシャシャシャシャ

 パォォォォォォォォン


 巨大な象マンモスの雄叫びが聞こえる。

 3発の火炎旋風フレアストーム氷槍アイスランスを耐え抜いたようだ。



「ルリ、セイラ、今よ!!」

「「おー」」


 ルリが巨大な象マンモスの正面に突撃。

 武器である長い鼻が振り下ろされるのを、セイラが受け止める。

 ルリはスライディングで足元に滑り込むと、双剣で思いっきり足を切り払った。


 ズシィィィィン


 バランスを崩し倒れる巨大な象マンモス

 皮膚の薄そうな腹部に、セイラが剣を突き立てる。


「次!」

「はい!」


 バキン

 ズシャ


 突進してくる巨大な象マンモスを、見事な連携で倒していくルリとセイラ。

 体力があるのかそう簡単に殺せないが、今は、行動不能にさえすれば、それでいい。




「とりあえず、周辺の敵は討滅出来たようね」

「うん、巨大な象マンモスはまだ生きてるけど、動けないし、そのうち死ぬでしょ」

「じゃ、次の援軍が来る前に、この場から離れましょうか!」


 何百人、何千人の増援が来ようが、ルリ達の敵では無いように思える。

 それでも、今の優先は、ゼリスの街に行く事である。そもそも、物資輸送の依頼任務中なのだ。



 急いでゼリスに向かったラミア達と合流しようとするのだが……。


「少し待って……これ、殺して収納していきたい……」


「あ……あんたって人は……」

「あぁぁぁ、立派なお肉だものねぇ……」


 うめき声を上げながら立ち上がろうとする巨大な象マンモスに、せっせと止めを刺すルリを見て、呆れるミリア達だった。

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