第115話 辺境伯

 ゼリスの街に『女の武器?』で侵入したものの、敵兵と間違われて拘束されてしまったセイラとメイド三姉妹。

 兵士に身分を名乗るも信じてもらえず、領兵の詰所へと連行されるのだった。



「お前が公爵家令嬢を名乗る捕虜か?

 ……。セイラ様……!?

 バ、バカもの! すぐに縄を解け!!」


 兵長と呼ばれる男性……貴族に見える男性の元に連れられると、慌てて縄を解かれ、全力の謝罪を受けたセイラ。


「ゼンフィスト子爵様……。感謝します。どうしたものかと思っておりました……」


「セイラ様、大変申し訳ございません……。この不始末は……」


「いえ、いいんです。兵士さんは己の役割を貫いただけ。それよりも……」


 セイラ達を拘束して連れてきた兵士を切り捨てようとするゼンフィスト子爵をなだめ、早速本題に入る。

 なぜ4人ともメイド姿? とか突っ込み所は満載なのであるが、子爵にその余裕はない。




「森の外にリフィーナ様と補給部隊がいらっしゃるのですね。

 おっしゃる通り、この城塞の門は正面のみですが、地下の抜け道がございます。案内しましょう」


「良かった。やはり抜け道が……。

 それで、辺境伯様のご様子は……?」


「何とか一命は取り留め、意識はありますが、怪我が酷く動ける状態ではございません……」


「そうですか。後ほどお伺いさせてください……」




 会話をしながら子爵に着いて歩くと、小さな教会……祠のような場所に出る。


「さぁこちらへ。街の外へと繋がっております」


 子爵が魔道具をかざすと、裏の石壁がドアのように開き、通路が現れた。

 この世界では、時々……妙に高機能な魔道具が登場する。


「アルナ、みんなを呼んできてくれる? 外に出て北に進むと、みんながいる場所につくわ。近づけばルリが感知してくれるだろうから、すぐに会えるはずよ。

 私は、辺境伯に挨拶して来ます!」


「承知いたしました、セイラ様。では、急いで行って参ります」


 メイド三姉妹に案内を頼み、セイラは子爵と共に辺境伯の部屋へと向かった。

 少しでも早く治療したい、それが狙いだ。



 敵に包囲されているとは言え、屋敷にまで被害が出ている訳ではない。

 大きな扉を開けて、辺境伯の寝室に入る。


「おう、セイラ嬢、こんな場所にどうしたぁ?」


 熊のような大きな身体、大きな声。

 セイラを見るなり、がなり声が響く。


「フロイデン辺境伯様、ご無沙汰しております。旅の途中で、立ち寄らせていただきました。それで、具合の方は……」


「がぁはっはっ!! 今回は油断したわぁ! 突然攻めてきたのもそうだが、あの魔物部隊。やられたぁ!! この通り、身動きがとれん!!」


 砦を奪われ、拠点となる城塞都市を包囲された状態とは思えない、笑い話のような言い方で叫ぶ辺境伯。

 瞳の奥からは悔しさがにじみ出ているが、まだまだ余裕がありそうである。



「もう、辺境伯様ったら……。全方位を敵に包囲されているのですよ。もう少し慌ててくださいませ」


「言うようになったのぅ、がぁはっはっ!!

 それでセイラ嬢、この戦況をどう見る? 外から来たなら状況も分かってるんだろ?」


 辺境伯の顔つきが、グッと真剣に変わる。

 状況が良くない事など、辺境伯も当然理解しているのである。


「あの大きな魔物は、兵が相手をするには危険すぎます。この街の城壁も、頑強とは言え、長くは持たないでしょう。それに、砦を押さえられている以上、敵軍の補給を断つ事もかないません……」


「この街も、儂同様、瀕死と言うことじゃな! がぁはっはっ!!」


「そうですよ。笑ってる場合ではありません!

 ところで、少し、傷を見せていただけますか。いつまでも瀕死では困りますから、治癒の魔法を掛けさせていただきますわ」




 既に回復魔法を掛けているのであろう。一見、外傷は治療されている様に見える。

 しかし、左手と下半身が、ピクリとも動かないらしい。いわゆる不随の状態だ。


(身体の中の、シンケイ? とにかく、表面の傷が治っても、流れが詰まると後遺症が残る事があるってルリが言ってたわね……)


「辺境伯様、お身体に魔力を通します。痛い所があったら言ってくださいませ」


 辺境伯の手を握ると、全身に魔力を流す。

 血の流れ、心臓の脈動、骨や肉を感じ、丁寧に異常個所を探した。


(ん……?)


「辺境伯様? 首をぶつけたりなさりましたか?」


「でかい魔物に吹っ飛ばされて頭から落馬したのじゃよ! がぁはっはっ!!」


「そうですか。では、治癒を始めますね、ジッとしておいてください。

 回復魔法ヒール


 まずは手足。骨がずれている箇所、腱が切れている箇所を治療する。

 神経が機能していないので、痛みにも気づいていないのであろうが、骨折が治っていないようだ。


 次に、セイラは首筋に魔法を当てた。

 ふわっとした光が辺境伯を包む。優しくなでるように回復魔法ヒールを掛けると、セイラは辺境伯に向き直った。


「指を、膝を、動かしてみていただけますか?」


「……」



「がぁはっはっ!!」


「ちょっ!!」


 今までの寝たきりが嘘のように、辺境伯が飛び上がる。

 急に動くなと諫めるセイラの声など聞く耳もたず、狂喜乱舞する辺境伯であった。





 その頃ルリ達は、抜け道を通ってきたメイド三姉妹と合流していた。


「あはははは、セイラが女を武器にしたの?」

「ぷぷぷ、敵の兵士も気の毒ね……」

「ロリコン趣味でもあるのかしら?」


 アルナ達から潜入作戦の顛末を聞き、ミリアも、メアリーも、ルリも、大笑い。

 真面目で潔癖な性格のセイラがと考えると、想像するだけで面白い。


「もう、皆様……、セイラ様は、すごく魅力的なんですよ。笑ってはいけません。

 早く街の中に行きますよ!」


 現場でセイラの頑張りを見ていたアルナとしては、笑われる事は不本意らしい。

 話を終わらせようと、さっさと抜け道の入口に進んでいく。




 森の岩陰に隠された抜け道。

 馬も歩ける程度の広さがあり、頑丈な通路が続いていた。


 周囲に敵がいない事を確認し、扉を閉めると、急いで地下道を進む。

 10分ほどで、ルリ達は街の中へと到着した。



「がぁはっはっ!! 皆の者ぉ、よく来たのぉ!!」


 出迎えたのは、元気な辺境伯だった。

 地上に出るなりの大声と大男に、少しビビる。



「辺境伯様、ご無沙汰しております。

 ……。大怪我で伏せてると聞きましたが、元気そうですね……」


「なんと! ミリアーヌ嬢か? がぁはっはっ!! この通りピンピンしておる! セイラ嬢のおかげだぁ。

 おぉ!? そっちはリフィーナ嬢か? 赤子の時以来か、大きくなったなぁ!!」


 グワッと抱き寄せると、ミリアとルリの頭をポンポンと叩いている辺境伯。

 先程まで瀕死とは思えない、絶好調ぶりだ。


「はぁ、もう少し控えめに治療するべきでしたわ……」


 謙遜しつつも自信満々な表情のセイラ。

 ルリの完全回復エクスヒールばりに魔法が成功し、嬉しい気持ちが隠しきれない。




「補給物資を持ってきましたの。ご案内、お願いしますわ」

 世間話が終わらなくなりそうなので、要件を切り出したルリ。


「私は、他の怪我人の所に行きます。役に立てるかもしれないから」

「あ、私も行きます」

 セイラとメアリーは、他の怪我人の治療に向かうらしい。


 ルリは、領兵詰所の倉庫へ、セイラとメアリーは、広場の野戦病院となっている施設へ、そしてミリアは、辺境伯と共にお屋敷に向かう。

 他、ラミア達も、屋敷へと案内された。




「それでは、ディフトの街でお預かりしている補給物資を出しますね」


 ほとんど空になっている倉庫に、馬車10台分の食料、武具、シーツなどを並べるルリ。

「ひぃっ」などと驚く声が聞こえるが、気にしない。


「では、輸送任務は完了という事で。

 この度は『ノブレス・エンジェルズ』への依頼、ありがとうございました」


 唖然としている領兵に挨拶すると、ルリはさっさと倉庫を後にした。

 向かう先は、セイラのいる野戦病院。倉庫で無駄話をするよりも、役に立てる気がする。




 街の中央の広場は、テントが並べられ、怪我人の治療場となっていた。

 領兵お抱えの治療師、教会の治癒魔術師、そして住民たちが必死の介護をしているのが見える。


『母なる大地の息吹よ、優しき力にて癒したまえ、回復ヒール

『あぁ、あなたぁ、誰かこの人に治癒を! お助け下さいぃぃぃ』

『こらぁ、男ならしっかりしなさい、このくらいで泣くんじゃないよ!!』


 必死に回復魔法を掛けている魔術師、主人の怪我を知り駆け付けた妻、気合でどうにかしろと言いたげなおばちゃん、雑踏の中、ルリは野戦病院へと近づいて行った。




 ふと見ると、一角が人だかり……行列になっている。


「重症の方から順番に治療しますので、案内してください。軽傷の方は後です。こちらに並んでお待ちください」


 声を張り上げて頑張っているのは、メアリーだった。

 その先では、セイラが倒れた兵士を治療しているのが見える。


「この切傷は深いわね、こっちは骨が折れてる……」

 ブツブツいいながら回復魔法ヒールを掛けるセイラ。


 体内の様子を探りながら、患部に的確に魔法を掛けるセイラの回復魔法ヒールは、本来あるべき治療の姿に近いのであろう。

 時間はかかるが、確実に、兵士の怪我を癒している。


 完治すると言う意味では同じだが、女神チートで問答無用に治療するルリの完全回復エクスヒールとは根本的に違う。

 それに、ルリの魔法ならば、四肢欠損であろうが治しかねない。……試した事はないが。



「ルリ、いい所に来た! ちょっと手伝ってぇ!」

「メアリー、じゃぁ私も回復するね!」


 自分の魔法の特性を考え、重症者の元に行こうとするルリ。

 それを、セイラが止める。


「待って、あなたは軽症者を担当して」

「ん? どうして?」

「教会の神官も見てるのよ?」


 別にセイラは、美味しい場面を独り占めしようという訳じゃない。

 教会が治癒の魔術師を囲っているのは有名な話である。

 セイラは、ルリが目立たないようにと、気を回したのであった。


 王族であるセイラならまだしも、子爵家と言う中途半端な身分のルリでは、教会と言う強大な権力に目をつけられた場合に、対処しきれない可能性がある。


 こんな時でも冷静に、仲間の安全を考えるセイラに、感謝するルリであった。

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