第110話 参戦の切符
クローム王国フロイデン領。
最初に立ち寄った宿場町で戦争の話を聞き、全力でディフトの街を目指すルリ達。
途中、すれ違う兵士や商人からも情報を仕入れながら、馬車を走らせた。
「敵兵は5000ですか……。砦の兵士は2000らしいから劣勢よね」
「そうとも言えないわよ。砦と言う地の利があるから」
「辺境伯の本軍もすぐに到着するでしょうし、大丈夫よ」
伝わっているのは、まだこの辺りでは開戦時の状況だけだ。
しかし、数で劣っていたとしても砦が早々に落ちるとは考えにくいと、メアリーが力説する。
「敵にルリみたいなのがいたら、戦況がひっくり返るわよ」
「いやいや、私みたいなって……」
戦争には驚いたし、急いで向かおうとはしているが、王国が敗れると言う想像がつかない為、馬車の中の空気は至って余裕だ。
ルリが敵ならどう戦うかなどと、冗談に花が咲く。
「……。
「「……」」
「ルリ、あなた、世界中の軍隊、ついでに魔物を相手にしても、圧勝できるんじゃない……」
「……」
仮想敵ルリへの攻略方法を考えていたメアリーが匙を投げる。
ルリも、言い返せない。……確かにそうかも……と思ってしまった。
「でもさ、何で、あっさりと誘拐されたりするわけ?」
「そりゃ、……ルリだからねぇ」
「警戒心が無いのよ……」
「
「……ちょっと……何よ」
「ふふふ、最後まで言わせたいの……?」
自分でも、普段は気が抜けすぎているとは思っている。
平和な日本で育ったのだ、根本的に、四六時中で警戒するという習慣は無い。
いくら異世界で暮らしているとはいえ、そう簡単には変わらないのである。
決して……バカな訳ではない……と思う。
「ルリを倒せるとしたら、私たちね。
普段のバカ……馬鹿みたいに安心してる時に、一瞬で仕留めれば可能性があるかも」
「その手があったね! 寝首を掻けばいいのか!」
「いやいや、止めてよね。今は戦争の話でしょ、何で私の殺し方になってるのよ!」
女子トーク……お題が悲惨だが……なので、話題が飛ぶ事など珍しくない。
戦場に向かうとは思えないようなお気楽な会話で、馬車は盛り上がっていた。
「そろそろ到着ね。今回はどうする? 冒険者、それとも貴族?」
「私だけ貴族で行こうか。アメイズ子爵家の娘が、子爵家の馬車で隣の領に遊びに来ても、そうおかしくはないでしょ。護衛もいっぱいいるし」
「了解! じゃぁそれで行こう!」
宿場町では冒険者の身分証を使い、貴族の身分は隠したルリ達。
今回は、アメイズ子爵家の身分証を使う事にする。貴族として街に入るので、門を通りやすいし、時間短縮にもなる。
「アメイズ子爵家のリフィーナ様。それに従者と護衛の皆さんですね。お通りください」
待ち時間なしにて街に入る。
貴族の一行となれば、要件などを聞かれる事もない。
ディフトの街では、兵士たちが慌ただしく動いていた。
とは言え、領兵の大半は、既に出兵を終えているようだ。
物資の補給兵や治療担当の部隊が準備を行っている。
「領兵の詰所に行ってみましょう。貴族なら無下に扱われる事も無いわ」
「お邪魔にはならないようにしましょうね」
「ラミア達はどうする? 馬車で待ってる?」
「姉さん、私、街を見たいわ! 先日はゆっくり出来なかったもの」
領兵に話を聞きに行こうと言ったが、アルラネは街を見たいらしい。
そこで、二班に分かれて情報収集を行う事にした。
ルリとメイド三姉妹が、アメイズ子爵家として領兵の詰所へ。
ミリア、セイラ、メアリーと魔物三姉妹は、街を散策する。
護衛騎士は、半々で陰からついて来るらしい。
「ギルドがありますわ。行ってみましょう!」
ミリア達が見つけたのは、冒険者ギルドだ。
領都ではないが大きな街ならばギルドがあってもおかしくはない。
チロリン
ドアを開けるとベルの音。どこのギルドも同じ音だ。
「おい、女子供が何の用だ! 状況解ってるのか? 冷やかしなら今度にしろ!」
「悪いな、遊んでほしいなら帰って来てからにしてくれ」
「従軍してくれるんなら大歓迎だろ? べっぴんさんよぉ」
ギルドに入るなり、冒険者の男が罵声を浴びせてきた。
確かに、戦時下のギルドを訪れるには似つかわしくないメンバーだ。
魔術師のローブは身につけているものの、どう見ても未成年なミリアとメアリー。
一見すると防具とはわからない、メイド戦闘服のセイラ。
そして……。
長身でスリム、端正な顔立ちのラミア。
豊満で女性らしい色気のセイレン。
幻想的で愛くるしいアルラネ。
ラミアたち魔物三姉妹においては、武具すら身につけていない。
平時であれば惚れてしまいそうな女性たちではあるが、今は、男達が憤慨する気持ちは、分からなくもない。
罵声を無視して、受付へと進むミリア達。
魔物三姉妹は、珍しそうに男たちを見ている。
「よ、ようこそ。冒険者ギルド、フロイデン領ディフト支部へ。何か御用でしょうか。
ご存知かもしれませんが、今は戦時下ですので……」
急ぎの用でないのであれば去れとでも言いたいのであろう。受付嬢が言葉を詰まらせる。
「私たちはCランクパーティ『ノブレス・エンジェルズ』、冒険者です。
戦争の情報を聞きに来ました」
とてもCランクには見えず、受付や周囲の冒険者から驚きの声が上がるが、ギルドカードを見せると、受付嬢が説明をしてくれた。
エスタール帝国が砦に攻め込んできたのが10日前。
開戦当初は人数差があり苦戦する場面もあったが、4日前に辺境伯の本軍5000が到着し、立て直しに成功したらしい。
ギルドに伝わっているのは3日前までの情報ではあるが、敵側に大規模な援軍でも来ない限りは、防衛に問題は無さそうとの事であった。
一応、ギルドにも緊急で参戦の依頼が出ているらしく、冒険者の一部は既に戦場に向かったようだ。
戦争においては、軍人ではない冒険者の出番は少ない。
正規の訓練を行っていないので、軍隊と一緒に冒険者が戦う事は、逆に邪魔になってしまう。
戦場の周囲で魔物が確認された場合の討伐、あとは後方支援が中心。
遊軍として奇襲に参加する事があるかどうかだ。
いずれにせよ、後方支援くらいは行おうと考えていたので、緊急依頼を受けて参戦する事にする。
「あ、あの、危険な場所には近づかないでくださいね。戦争は対人戦です。魔物とは勝手が違いますので、あくまで後方支援として依頼を受理します」
「負傷者の介護とかなら出来るでしょうし、領兵さんの邪魔にはならないようにしますわ」
心配そうな受付嬢にミリアが答え、『ノブレス・エンジェルズ』は参戦の切符を手にしたのだった。
一方、ルリは領兵の詰所に到着していた。
辺境伯の本軍到着で、戦況が安定した事を聞き、ひとまずほっとする。
「隊長さん、それで、負傷者はどのくらい出てますか? 私たちで出来る事であれば、ご協力をさせていただきます」
「リフィーナ様、感謝します。正確な情報は伝わっておりませんが、砦にて迎え撃っていますので、負傷者はそれほど多くは無いと考えます。
ただ、物資の不足などもあると思われますので、援軍含め、辺境伯様が必要に応じて、アメイズ領にも使者を送ると思います」
(時間的に、アメイズ領都にも戦争の話が伝わる頃よね。
私も領に戻った方が良かった? いや違うわね。事件は、フロイデン領の現場で起こってるんだから)
援軍の要請を考えると、心配になる。
最低限の防衛戦力を残すとしたら、援軍に出れる兵士なんて何人もいない。マティアスが頭を悩ませている事であろう。
しかし、ルリ達は、現場で活躍する道を選んだのだ。
領の事は任せて、いち早く戦地に赴くのが、今のルリの仕事だ。
時間を取らせては申し訳ないので最低限の情報だけ聞くと、ルリは詰所を後にしようとした。
そこに、汗だくの兵士が飛び込んでくる。
「きゅっ、急報!!! 砦が、砦が落とされました!!!
辺境伯様は負傷しゼリスの街にて籠城中、エスタール軍が王国内に侵攻中です!!」
驚き、詳細を確認する隊長。
本軍の到着で優位に立ったはずが、一転、危機に陥っている。
(大規模な増援が来た? それだけで、砦なんて簡単に抜かれるのだろうか……?)
考えても仕方がない。
負傷者多数、敵が迫っている、……ルリが決断するにはそれだけで十分だ。
「隊長さん、私はゼリスの街に行きます!」
時間的に、戦争の情報はまだ王都まで伝わっていないであろう。
仮に王都から援軍が来るとしても、半月以上先の話になる。
今できる最善をと、駆け出すルリ。
辺境伯が籠城するというゼリスの街へ、帝国を討つために。
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