第111話 作戦会議

「隊長さん、私はゼリスの街に行きます!」


 戦地に近いディフトの街で、帝国との国境を守る砦が落ちたとの報告を聞いたルリは、即時の参戦を決意する。


(急いでみんなと合流しなきゃ……)


 待ち合わせ場所に行くと、ミリア達がワイワイと騒ぎながら待っていた。

 砦が落ちた話はまだ領兵の一部しか知らないので、ミリア達はもちろん、街の雰囲気も、王国優勢というムードのままである。


「みんな聞いて、大変な事になったの! 砦が落ちたって。詳しくは馬車で話すわ。直ぐにゼリアの街に行くわよ!」


「待って待って、ルリ、落ち着いてよ。詳しく教えて!

 無策に突入したんじゃ無駄足になるわ。情報、整理しましょ!」


 馬車に乗れと急かすルリを、メアリーが制す。

 急いては事を仕損じるとは、ルリが教えた言葉である。


「いいお店があったの。そこで、作戦会議よ」


 冒険者ギルドを出てから街の散策をしていたメアリー達であるが、気になるお店があったらしい。

 そこで食事をしながら、方針を考える事になった。街にいるうちに準備するべき事もあるのだ。



 急報として兵士が語った言葉を、全員に伝える。

 しばらく考えた後、メアリーが口を開いた。


「まずは現状の整理ね。

 砦が敵に占領されて、辺境伯が負傷してゼリスの街に逃げ延びたと。

 なぜ砦が落ちたのかは分からないけど、敵に援軍が来たのは間違いなさそうね。

 あと、ゼリスの街に籠城ってのは、正確には、籠城する予定であって、まだゼリスの街で戦闘が始まっている訳ではない、という事のようね。まぁ、時間が経ってるから今は戦闘中かも知れないけど……」


 全員にわかるように、メアリーが現状をまとめる。

 ミリア達も頷いている。ルリの説明では理解できなかったらしい……。



「今のうちに手に入れておきたいのは、砦とゼリス周辺の地図かな。戦況の情報も知りたいけど、それは移動中に聞いた方が正確に分かるでしょう。

 それで、領兵の詰所に、もう一度寄っていきません? どうぜゼリスの街に行くのだから、協力できる事もあると思うわ」


 慌てて飛び出してきたルリであるが、メアリーの言う通り、領兵に協力できる事はいくらでもあるはずである。

 少なくとも、兵士の行軍速度よりも、ルリ達が馬車で走った方が、移動は早い。


 食事を終え、領兵の詰所へ再度向かう。

 詰所は、混乱を極めていた。貴族としての訪問なので無下にされる程ではないが、明らかに邪魔者の扱いである。


「リフィーナ様、ご訪問はありがたいのですが……」


「緊急時、理解しています。なので手短に、2点お願いがあります」


 地図に関しては、すぐに準備してもらえた。

 隊長が部下に伝えると、ゼリスの街や砦の場所が載った地図と、砦の概略図を持ってきた。

 ものすごくざっくりとした地図ではあるが、道や森の場所などはわかる。


「支援物資の輸送については、申し訳ございません。ありがたいのですが、さすがに他領のご令嬢に依頼する訳にはいかないのです」


 この反応は、事前にメアリーが予想していた通りである。

 準備していた返答を伝える。


「わかりました。では、私の護衛の冒険者にご依頼ください。ギルドで後方支援の依頼を受けているパーティですので、輸送の任務にもつけるはずです。

 輸送量は、収納魔法使いがいますので、どんなに多くても問題ないですよ」


「な!? いえ、その条件でしたら……。

 冒険者の方をこちらにお呼びいただけますか?」



 馬車で待機していたミリア達を呼び、詰所の倉庫に向かう。

 そこには、食料や武具、それに負傷者用であろう……シーツなどが山となっていた。


「補給部隊を編成して運ぼうとしていた支援物資です。

 馬車約10台分あります。少しでも先に運んでいただければ、ゼリスの街も救われるはずです」


「わかったわ。全部持ってきましょう!」

「ぜ、全部ですか? しかしそれでは、道中に危険が……」

「いや、収納するって言いましたよね。馬車は不要です」

「へっ? 全部収納できるんですか? 誰が……?」


 驚く隊長であるが、こういう時は見せた方が早い。


「収納、それ!」

 スーッ、キラン


 ワザとらしく魔法を唱える演技をしながら、目の前の食料の山をアイテムボックスに仕舞う。少し魔力を溢れさせて、光りながら消えるような演出付きだ。


「お、おぅ……」


「では、Cランクパーティ『ノブレス・エンジェルズ』が、物資の輸送任務、確かに承りました。それで出来れば、案内役に騎士を何人か同行していただきたいのですが、よろしいでしょうか」


 無事にゼリスの街に到着したとしても、すんなりと入れるかは分からない。

 戦況が見えない今の状態であれば、正規の領兵と一緒に行動する方が、色々と都合がいい。


 冒険者として物資輸送と兵士を護衛する依頼を受ける。……全てメアリーの筋書き通りだ。




 騎馬小隊と共に、ディフトの街を出たルリ達。

 ちょうど、機動力に優れる騎馬隊が先行して出発しようとしていたので、同行する事になったのだ。


 護衛騎士の面々も、今回ばかりは馬を借り騎乗した。

 ルリ達と一緒にいると扱いが粗末になるが、近衛騎士団の一員だ。領兵への融通は効きやすい。


 フロイデン領の騎馬隊を前方に、そして後方には近衛騎士団を従え、アメイズ子爵家の豪華な馬車が激走する。


 傍目には、武闘派の貴族が戦地に全速力で駆け付けているように映るのであろう。

 道中、逃げて来た商人や住民が、歓声を上げながら道を開けてくれる。


 間違ってはいないが、まさか、中でわちゃわちゃと女子トークが繰り広げられているとは、誰も予想が出来ないはずだ。



 馬車の中では、地図を見ながらメアリーが頭を捻らせていた。

 一騎当千のパーティとは言え、正面から特攻したのでは数の前に劣勢になる。

 少人数で砦を奪還する、そんな無茶な方法が、あるのか、ないのか……。


「大軍がぶつかるとしては、平地が少なすぎるわね。敵が砦を抜けてきてるとすれば、ゼリスの街に籠城して迎え撃つのが、確かに正解でしょうねぇ」


 地図を見ながらブツブツと言っているメアリー。

 地形の詳細は、実際に見ている領兵に聞く事にして、少ない野営のタイミングで情報交換を行う。


「拓けているのは、砦とゼリスの間にある川の周辺だけって事ですね。他は山と森、部隊の展開には向いていないと」


「はい、砦や街道は山の谷間にあります。また、ゼリスの街は山の上にある城塞です。そう簡単に落とされるとは思えません」


 国境付近は山……高さとしては丘程度……が多く、高低差が激しいらしい。その中で、砦も含めた全体を見下ろせるような高台にゼリスの街が築かれており、街も5メートルを超える防壁に囲まれている為、そうそう落とせる造りではないそうだ。


 砦を第一の防壁、川周辺の平地を次の合戦場とし、最悪の場合でも、ゼリスと言う城塞で敵の王国への侵入を防ぐ、三段階の防衛体制がとられているらしい。


「今は、三回目の最終防衛戦、ゼリス要塞での籠城になっているという事よね。ゼリス要塞が落ちたらどうなるの?」


「考えたくはありませんが、その場合は、2本の街道を進軍してくる事になります。1本はフロイデン領都へ続く道、もう1本はこの道です。もちろん、ゼリスを無視して街道を進軍する事も不可能ではないですが、普通は行わないでしょう」


 ゼリス要塞を無視すれば、進軍後に背後を取られる可能性が残る。普通の軍略家であれば、ゼリスの街を落とすか、完全に包囲するなどで機能不全にしない限りは、先への進軍はしないとの事だった。


「この街道で敵と会うようなことがあれば、ゼリスの街は危機的と言うことね。そうならない事を祈るわ」


「うん、私たちの最優先の目的は、ゼリスの街の救援よ。物資輸送の依頼を受けているのもあるけど、負傷者がいるらしいからね」


「第二に、帝国兵の殲滅ね」


「うん。だけど、殲滅しなくても、追い出せばいいわ。砦まで押し返して、最終的に砦を奪還できれば、それでいいの」


 メアリーの話を聞きながら、目的と優先順位を再確認する。

 第一に、ゼリスの街を救う事。

 第二に、侵攻している帝国兵を王国から追い出す事。

 第三に、砦の奪還。



「当面の作戦よ。

 もし街道で敵に出会った時は、正面突破。この道幅なら同時に襲い掛かってくる人数なんてたかが知れてるから、十分対応できるわ。敵軍を抜けて、ゼリアの街を目指すの。

 敵に出会わずにゼリスの街に到着できた時は、抜け道を探して街に入りましょう。たぶん街は包囲されてると思うから、敵兵も大勢いると思うわ。戦闘になるのは避けたいわね」


「わかった。街道で出会った敵と戦っている間に大軍のいるゼリアの街まで着いちゃった時は?」


「それが最悪ね。戦闘が続く場合は、街に近づくにつれて街道が太くなるから、敵はどんどん増える状態になると思うの。その時は全力で森に逃げます」


「どうやって?」


「ルリの音響閃光爆弾スタングレネードでも、ミリアの火炎旋風フレアストームでも、逃げる隙を作るくらいどうにでもなるわよ」


 逃走する場合のルートを地図で確認し、作戦の確認が終わる。

 基本的には、その場その場での状況判断になるのではあるが、事前に方針が決まっているだけで、かなり戦いやすい。


「明日の夕方には、ゼリスの街に接近するわ。今日は少しでも休みましょう!」

「「「はい!」」」


 決戦を前に、束の間の休息をとる。

 何か参考になればと、戦争の映画の場面を思い出しながら、文字通り、夢の世界に旅立つルリであった。

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