第102話 軍事演習
カンカンカンカン
予定通り、東門の見張り台で、鐘の音が響く。
しばらくすると、子爵家の屋敷に、報告の兵士が駆け込んできた。
「東門周辺でスタンピードが発生、蛇の魔物が多数、他にも数種類の魔物を確認!!」
「了解! ん? 他にも数種類……?」
軍事演習の段取りでは、ラミアが幻術で出す蛇の魔物以外、予定されていない。
他の魔物がいるとすれば、本物の魔物だ……。
「ちょっ? どういう事? 他の魔物とか聞いてないんだけど!?」
「そう言われましても……」
兵士に聞いたところで、他の魔物がいる理由など分かるはずもない。
魔物を準備したのはルリ達であり、伝令の兵士を問い詰めても仕方がないのである。
「ルリ、ここで議論しても無駄よ。すぐに行きましょう!」
「そうね。あ、護衛騎士の皆さんも、予定変更、一緒に来てもらいましょう!」
緊急事態なので人手は多いに越した事がない。護衛で付いて来ている王都の騎士にも同行をお願いする。
焦り、走り出すルリ達『ノブレス・エンジェルズ』と、王都の護衛騎士。
アメイズ領都での軍事演習は、いきなりのイレギュラーから始まった。
その頃、東門では、大量の魔物に慌てて……いなかった。
「訓練通りにやるぞ! まずは街門付近の住民を避難、そして投石器を用意しろ!!」
「リフィーナ様にいい所見せるんだぞ!」
方法はさておき、演習用に小規模なスタンピードを発生させると言うのは、予定していた事である。兵士たちは、与えられた台本を着実に演じればいいのだ。
確実に任務をこなし、住民に安心感を与えよう。あわよくば、かっこいい所を見せたい、そんな事を考えていた。
そして、森の中では、魔物の群れを演出する担当のラミアとセイレンが、楽しそうに魔物をけしかけてる。
「セイレン、あの魔物、お主か?」
「そう。川から連れてきたの。陸に上がれる子は少なかったけど、少しは集まったのよ。せっかくのイベント、盛り上げなきゃ! 面白いでしょ?」
「ラミア様、セイレン様!? 本物の魔物という事ですか? そ、それは……。イルナ、すぐにリフィーナ様に伝えて! それから……」
セイレン……『人魚』の能力は、水を自在に操り、水に住む魔物を使役する事。マリーナル領でクラーケンをけしかけた時のように、川に住む魔物を、連れて来てしまったのである。
呑気に会話する『蛇女』と『人魚』の隣で、メイド三姉妹は慌てふためき、何とかリフィーナに状況を伝えようと、走り出すのであった。
同時刻、街の中では、予定通り住民の避難訓練が行われていた。
「戦える者は所定の配置につけ、戦えないものは、領兵の訓練所に避難だ。急げ!!」
「あ~、走るな! 慌てるな! 今すぐ襲ってくる訳じゃない、順番を守るんだ!!」
衛兵も住民も慣れない様子ではあるが、事前の説明通りに行動する。
イベントの少ないこの世界では、避難訓練と言えどもお祭りのようなものだ。
ある者は、せっかく覚えた弓を披露しようと。
ある者は、滅多に入れない領兵の訓練所を見るために。
またある者は、噂の『白銀の女神』の戦闘が見れるかもしれないという野次馬精神で、東門や訓練所に、集まっていくのであった。
ルリ達が東門に到着すると、東門では既に戦闘が始まっていた。
『よし! 弓矢が当たったぞ! 蛇討伐成功!』
『こっちにも来たぞ! 投石器、行けぇぇぇ!!』
ラミアには弱めの蛇をお願いしているので、弓矢でも当たれば倒れるようになっている。
まるでシューティングゲームを楽しむかのように、住民の義勇兵が蛇を討伐している。
「リフィーナ様、住民の避難は完了、門を閉め、壁の内側から遠距離での攻撃を開始しております。先行する蛇の群れを次々と撃破。戦闘は順調です!」
ルリ達の到着を見て、兵士が現状を報告してくる。予定された台本通りに進んでいるので自信満々である。
しかし、ルリの頭の中はそれどころでは無い。セイレンのおふざけとは露知らず、焦りまくっていた。
「それで、蛇以外の魔物と言うのは?」
「はっ、蛇の群れの後方から、大型の魔物が迫っております。数はそう多くありません」
「まだ外壁までは来てないのね、良かった……」
被害が出ていない事に安堵するも、状況が変わった訳ではない。
急いで外壁まで移動し、外の様子を見る。
「何あれ? トカゲとカエル? カニっぽいのもいる!」
「3メートルはあるわね。ラミアってあんな魔物だせたの?」
「幻術だから何でもありなのかしら? でも注意しましょ!」
蛇以外の魔物を目視して、警戒を強めるルリ達。
そこに、イルナが走ってきた。
「リフィーナ様、あの魔物は本物です!」
「「「「なっ!?」」」」
驚き半分、納得半分。水系の魔物を見た瞬間、セイレンがやらかした可能性は容易に推測できた。
「セイレンが操る川の魔物なのね……。
とりあえず、兵士さんに伝えましょう。住民兵は引き続き蛇に対処、衛兵は本物の魔物を優先で討伐って所かしらね。
被害が出る前に状況がわかって良かったわ」
最悪の状況、本物の魔物によるスタンピードの発生では無い事に安心し、冷静になると、兵士にも指示を伝えた。
数体の川の魔物が襲ってくる程度であれば、衛兵で対応できて然るべきである。
「私たちは、もう少し見物でいいかしら?」
「そうね、領兵や住民が魔物と戦う訓練でもあるから、ギリギリまでは手を出さない方がいいでしょうね」
ルリ達が魔物を掃討しては、訓練にならない。可能な限りは静観しようと、事前に決めていた。
周囲を見渡すと、変わらず住民兵がシューティングゲームを楽しんでいる。今の所、大きな問題は起きていなそうだ。
街の住民は避難を終えたようで、周囲に非武装の人はいない。
全員が、弓や槍など、何かしらの武器を持ち、門の周辺に集まっていた。
その中でひときわ目立つ集団。完全武装でたむろっているのは、冒険者たちだ。
有事の際には直ちに参戦の依頼が行われるようになっており、アメイズ領を拠点、またはたまたま居合わせた冒険者に、緊急の依頼が出される。
外壁内からの遠距離での攻撃で対応しきれない場合、つまり、街の外壁にとりつかれたり、外壁や門を突破されたりした時の為の冒険者による討伐チーム。
当然、相応の報酬が領主である子爵家から支払われる。
『隊長、蛇型以外の魔物には、弓矢が通じません! 外壁が突破されるのは時間の問題です!』
『相分かった! 作戦を第2段階に移行! 衛兵は東門に布陣、冒険者部隊を出撃させる!』
川の魔物が、外壁に迫っていた。
弓矢で勢いを殺す事は出来ても、さすがに、弓矢数本で倒せるほど、本物の魔物は弱くない。
ズシン、ズシンと、魔物が外壁にぶつかる音が聞こえ始めた。
カンカンカンカン
大きな鐘が鳴らされると、東門が開かれた。
門前で待ち構える冒険者の戦士たちに、巨大なカエルの魔物が迫る。
うぉぉぉりゃぁぁぁ
でりゃぁぁぁぁ
巨大な魔物とは言え、剣や斧で袋叩きに合えば、討伐は容易い。
下手に外壁を崩されて四方から魔物の襲撃を受けるよりは、あえて通路を作る事で魔物を誘導し、数的優位を作りながら戦う、それが、作戦第2段階で、門を開けた目的である。
獲物が正面から、順番にやって来る状態。……冒険者にとって、これほど狩りがしやすい状況は無い。
1体ずつ、確実に討伐していく冒険者たち。
「うまく回ってるわね。これなら大丈夫そうよ」
「うん、私たちの出番はないかもね。……どうしたの? セイラ?」
セイレンの悪ふざけと言うイレギュラーはあったものの、順調に進む軍事演習に大満足なルリであるが、ふと、セイラの様子が気になった。
「いやね、遠くてハッキリと言えないんだけど……。川の向こう、大きな魔物の反応があるの。ラミア達の位置からもずっと奥の森の中だから、セイレンの仕業じゃないと思う……」
「こっちに向かってるの?」
「うん、ゆっくりだけど、近づいて来てるわ。数は、10、20、……50以上!!」
「出番かしらね」
「いきましょうか!」
「「「おー!!!」」」
新たな敵? の出現に、ワクワクが止まらないルリ達。
やっと回って来そうな出番に、出撃の狼煙を上げる『ノブレス・エンジェルズ』の4人であった。
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