第97話 街頭演説

 メルダムの街の今後について、街の人達と話し合いを持とうと考えたルリ。

 接点のあった商人サジに、代表者を呼ぶようにお願いしたのだが、……屋敷の前には100人を超える住民が集まってしまった。


(あちゃー。うまく伝わらなかったのかな。主な住民、全員来ちゃった感じよね……)



「リフィーナ様、いかがいたしましょうか。部屋には入りきれないと思われますが……」


 外の様子を伝えに来たメイドのアルナが、心配そうに指示を仰ぐ。

 選択肢は、代表者だけを選んで屋敷にいれるか、全員に対して話をするかの二択だ。


「アルナ、昨日のサジさん、探して呼んでくれるかしら。集まってる人が何者なのか、知りたいわ」




 しばらくすると、サジが一人、屋敷に入って来た。

 さっそく聞いてみる。


「リフィーナ姫様、主だった者という事で、方々話しかけました。商人はもちろんですが、農家に至るまで、ほぼ全家庭から代表者が来てくれていると思います。俺、頑張りましたよ!」


「そ……そうね。よく声がけしてくれたわ。ありがとう」


(全家庭の代表者ね……。まぁ、それならそれでいいか……)


 代表者を募る場合、派閥や身分、立場や職業、様々な視点から集める必要がある。

 全員来ているというのであれば、それはそれで手っ取り早い。



「アルナ、皆さんを、中庭に案内してくれるかしら。全員相手に、お話しますわ」


「承知しました……。ただ、中庭は戦闘の影響で荒れ放題、リフィーナ様が破壊した壁もまだ直っていないのですが……」


「あはは……。そうでした……。

 門の前で、話をするわ。ドレスの準備、ミリア達も含めてお願いね」


「承知しました」


 戦闘の跡くらいなら適当に隠す事も出来るが、男爵を捕えている屋敷に不特定多数を入れるのは、さすがによろしくない。それに気付き、屋敷の外で演説を行う事にした。

 子爵家令嬢としての仕事なので、当然ドレスで登壇する。



「いいの、ルリ? 全住民の前での演説となると、後に引けないわよ」

「とんでもない大風呂敷を広げないようにね」


 門に向かう道すがら、ミリアとセイラが心配してくれる。

 住民に対する演説は、選挙での公約のような物だ。言ったからには責任が付きまとう。


「ありがとうね。大丈夫。

 民に大きな夢を見させてあげるのも、領主の役割。私の責任を果たすわ。

 ノブレス・オブリージュ。教えてくれたのはあなた方でしょ」


 いつになく真剣な表情で、ミリアとセイラに礼を言うと、気を引き締める。



 門前の人だかりは、さらに増えて200名近くになっていた。

 商人らしき人、明らかに農家な恰好な人、通りすがりの主婦にしか見えない子連れ。

 たぶん、野次馬もかなりの数が集まっている事だろう。


『リフィーナ姫様からお言葉があるらしいぞ』

『王女様もご一緒らしい』


『誰かが男爵の屋敷に押し入ったのを、居合わせた姫様が討伐したらしい』

『いや、姫様自身が男爵を成敗したって聞いたぞ』

『そうなのか。男爵、何かやったのか?』


 話が様々な伝わり方をしている。

 男爵の屋敷で戦闘行為があった事も、噂はとっくに広まっていた。



 メイド三姉妹が屋敷のドアを開けると、辺りは静まり返った。

 大きな台を設置し、簡易的な演説の場が完成する。


「皆さん、こんにちは。私、アメイズ子爵家のリフィーナと申します」

 台に上がると、キレイに挨拶すると、住民に向かって語り始めた。


「盗賊団の事件から約1年、メルダムの街を支えてくださり、ありがとうございました。

 事件の結果、住民の多数が捕まり、皆さんの生活が苦しくなった事、お聞きしております。お辛い思いをなさった方も多い事でしょう。本当に、ありがとうございました」


『お前のせいだ! 盗賊団の事、ほっといてくれれば良かったんだよぉ』


 野次が飛んでくる。

 聞こえてきた方向をサッと見ると、ルリは言葉を続けた。


「盗賊団、『常夜の闇』。

 昨年、私は、この街で、盗賊団に攫われました。そして、死よりも辛い辱めを受け、盗賊団のアジトに連れて行かれたのです。その時の事は、思い出したくもありません。

 盗賊団のお陰で、商売が成り立っていたと言う方もいらっしゃるのでしょう。

 しかし、そのお金が、どうやって生まれていたのか、考えた事はありますか?」


 ルリは、一拍おいて、辺りを見渡す。


「分かりますよね。この街の娘さん達が、売られたお金です。あなたのご家族、お知り合いが、不本意に連れ去られ、今も苦しんでいる。そうして作られたお金がこの街で使われていた。

 それが、この街の幸せな姿……人間の生きる姿と言えるのでしょうか……」


 生活に困窮し、お金の為に身体を差し出す事は、現実にあり得る。

 しかし、人攫いで得られるお金は別だ。仮に、そのお金で生を繋いでいる人がいたとしても、許される事ではない。


「この街は、今困窮の最中にあります。生まれ変わらなければなりません。

 それを為せるのは、誰でもない、この街に暮らす皆さんです。皆さんの手で、温かな、幸せな暮らしを取り戻しませんか!

 そのお手伝いをする為に、今日、私は、ここで話をしております。お聞きいただけますでしょうか」


 ルリは、いったん話を切った。

 このタイミングで、散々な野次が飛んでくるようなら、何を言っても無駄だろう。

 目を大きく見開き、住民たち一人一人の顔を見回した。



「ありがとうございます!」


 野次は、……無かった。

 期待のまなざしを感じる。実力を見定めるような視線も感じる。

 ルリは、街の現状、そして、今後の方向性を話し始めた。


「……という訳で、この街に冒険者ギルドを作り、冒険者を集めたいと思います。

 冒険者がいれば、周りの魔物を倒し、素材や食料を集めてくれます。

 素材があれば、職人が集まります。そして、物が売れ、暮らしが豊かになります」


 冒険者の養成学校を中心とした学園都市計画までは、現時点では伏せておく。

 ギルドの誘致だけでも未確定なのに、学園の設立は机上の空論だ。さすがに、公表できる段階ではない。


「今、ここに居る人、そして、この街の住民、全員で、街を変えていきましょう!

 以上が、本日お伝えしたかった事になります。何かご質問ございますか?」


 質疑応答のコーナーも、しっかりと設ける。

 冒険者ギルドの誘致、冒険者がいつ集まるのかなど、今後の事が質問された。

 何も決まっていないとは言えないので、何とか適当に誤魔化す。



「そう言えば、男爵はどうしたんだ? 姿が見えないが……」

「あの、私の主人、兵士をしている主人が中にいると思うのですが……」


 今後の街の計画の話がひと通り終わると、違う質問が飛んできた。

 この位は予想の範囲、ルリは正直に答えた。一応、王女に切り掛かった話は伏せて……。


「コリダ男爵ですが、税金の不正な着服疑惑がありましたので、現在拘束させていただいております。

 兵士の皆さんにも、状況確認の為に屋敷に残ってもらっていますが、じきに領兵や王都の騎士団が到着しますので、取り調べ後に、罪が無ければ解放されると思います。

 皆さん元気にしてますので、ご安心ください」


 絶対に解放されるとは言えないものの、一介の兵士であれば、重い罪に問われる確率は低い。

 男爵の不正に関与するような立場の人でなければ問題ない事を伝えた。




「姫様、それで、俺たちは何をしたらいいんだ?

 冒険者ギルドが出来るのを待っていればいいのか?」


 真っ当な質問である。具体的な行動が伝わらなければ、下々が自発的に行動する事は無い。

 待ってましたとばかりに、ルリは質問に答えた。


「はい。まずは、街の復興に向けた計画を、具体的に落とし込む必要があります。

 実際に行動する皆さんと一緒に計画を立てたいのですが、さすがにここに居る全員で話し合いをするのは、人数が多すぎます。

 数名の代表者に絞りたいと思うのですが、立候補なさる方はいますか? 自薦、他薦は問いません」


 質疑応答を繰り返した事で、ルリと住民たちとの距離が少し、近づいていた。

 ルリは、学級会の進行をしている気分になっていた。

 そう、念願の、委員会決めの時間……。領都では話し合いが上手く出来なかったが、今なら、代表者の決定まで、いけそうだった。



 周囲の人々と顔を見合わせる住民たち。


『あんた、行きなさいよ! いつも文句言ってるんだから』

『女将さん、ぜひ立候補してください』

『あいつが出るなら、俺も』


 押し出されるように、約20人の男女が前方に集まった。

 もちろん、サジもその中に入っている。



「では、ここに居る皆さんを、生徒会……いえ、街の復興委員会のメンバーとします。よろしくお願いします」


 それぞれ、簡単に自己紹介をしてもらい、握手を交わした。

 住民への説明、街の代表者の選定という2つの目的を果たせ、ルリも大満足だ。


「街の皆さん、本日はありがとうございました。

 今日をもって、この街は生まれ変わります!!

 メンバーと共に、街の復興に向けての活動を開始しますので、ご協力、よろしくお願いします」


 住民の反応は上々だ。締めの挨拶を行い、壇上を去ろうとする。

 とは言え、代表者たちと具体的な話を詰めなければならず、気を休める暇はない。



「姫様、ありがとう!」

「リフィーナ姫様、一緒に頑張ろう!」


 去り際の大歓声。

 コンサートならばアンコール状態だ。


(うん、声援に答えない訳にはいかないわね)

 再び壇上に戻って、大声を張り上げる。


「みんな、ありがとう! 最後に一つ、お願いがあります。

 私の事「姫様」って言うけど、姫様ってのはこっちなので、私は普通にリフィーナと呼んでください!」


「はぁ???」


 突然振られたミリアが驚きの声を上げる。

 ルリがミリアを紹介すると……。


『ミリアーヌ姫さまぁ』

『三の姫さまぁ』


 会場は、ミリアの声援で包まれた。

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