第95話 闇の末路

「それで……、どうするのよ……」


 街の改善のための提案をしようと、メルダムの街を治めるコリダ男爵の屋敷を訪れたルリ達。

 不正の予感に煽ったら戦闘になり、今、目の前には、70人以上の負傷した兵士が中庭に転がっている……。



「コリダ男爵、まずは貴方を拘束します。第三王女に剣を向けた罪は、免れません」


 男爵が、何か知られたくない事を隠している事は間違いない。

 リバトー伯爵の名が出た途端に逆切れしたという事は、そこに関係があるのであろう。


「あなたとリバトー伯爵との企み、じっくり聞かせてもらうわ。いずれにしても、今日の出来事だけで、貴族家のお取り潰しは確定。早まったわね、観念しなさい」


 セイラが冷たく言い放つ。

 近衛騎士団を纏めるコンウェル公爵家の娘として、こういった場合の扱いは上手い。



「さて、兵士の皆さん。私はコンウェル公爵家のセイラ。近衛騎士団の権限を持って、あなた方から話を聞かせてもらいます。命令されての行動とは言え、王家に剣を向けた罪は軽くはありません。逃亡した場合は容赦なく切り捨てますのでよろしく」


 命令を忠実に実行しただけの兵士の扱いは、こういった場合は難しい。

 指揮官か雑兵かという立場によっても、罪の重さは変わってくる。



 だが、最優先で解決する事が、今は別にあった。

 ルリがやりすぎたからだ。


「えと、まずは重症の方を治療します。軽傷、歩ける方は、後方に移動し並んでください。

 周囲に重傷の方がいたら、教えてください」


 セイラが言うと、兵士たちが動き出した。

 打撲で気絶していただけの者もいれば、出血している者もいる。


「メアリーとアルナで、軽症の方の誘導と治療をお願いします。

 ルリも回復手伝ってね」


 大抵の怪我は、セイラやメアリーの回復魔法ヒールで治療できる。

 しかし、致命傷をも治す完全回復エクスヒールはルリにしか使えない。



 幸いにも、死者は出ていなかった。

 ただ、氷槍の雨にさらされた結果、体中に傷を負った兵士が多く、回復にはかなりの時間を要した。


「はぁ、さすがに疲れたわよ」

「セイラ、ごめんね……」


 シュンとした表情で整列する兵士たち。

 その前に立ち尽くす『ノブレス・エンジェルズ』。

 そこに笑顔はない……。




「リフィーナ様、どうしたんですか? 元気がないようですが……。

 えと、現状をご報告します。使用人も含めた、屋敷内の全員の拘束が終わりました。それで、護衛騎士さんが、今も門を封鎖してくれてます」


「ウルナ、ありがとう」


 戻って来たウルナが、心配そうにルリを見る。

 ルリは、言葉なく返答するので精一杯だった。




「セイラ様、……何があったのでしょうか」

 続いて、護衛騎士の代表クレフトも、状況を見にやってきた。


「クレフト……」

 セイラも、どこから説明したらいいのか困っている。


「セイラ様、取り急ぎ、アメイズ領に使いを送り、応援を要請してはいかがでしょうか。

 私どもだけではこの場を取り仕切れませんし、見た所この街の衛兵を使う事もできなそうです」


 目の前で捕らえられているのは、この街の衛兵である。

 応援を呼ぶなら、信頼できる別の場所から連れてくるしかない。


「そうね。お願いできるかしら。急ぎ領都に伝えてちょうだい。あと、王都へも要請した方が良いわね。騎士団を派遣してもらいましょう」



(はぁ……。私ったら後先考えずに……。

 軍事演習もあるし、フロイデン領に行く日も近づいているのに、これじゃぁここから離れられないじゃないの……)


 アメイズ領都との往復、どう急いでも、応援の領兵が到着するのは4日後である。

 それを待っていては、軍事演習に間に合わないどころか、研修の旅の日程にも大きな変更が必要になってしまう。




「みんな、ごめんね。

 それで今後のスケジュールなんだけど……」


「ルリ、もういいわよ。終わった事は考えても仕方ないわ。

 まず、軍事演習は延期したら? 今、この街を離れる訳にはいかないでしょ?」


 気落ちしたルリに、ミリアが優しく返答した。

 ミリアの前向きな考え方には、いつも助けられる。



「ミリア、ありがとう。

 クレフトさん、ここで起きた事と、軍事演習の延期、伝言をお願いします。メイドのイルナにも同行させますわ。私たちの乗ってきた馬車の馬、使ってください」


「承知しました。では、イルナ様と合流し、すぐに向かわせます」




 しばらく、メルダムの街に滞在することが決まった。

 その間に、コリダ男爵の企みを暴き、証拠を見つけようと目標を定める。


「リフィーナ様、使用人に聞いたところ、屋敷の地下に牢があるそうです。しかし、さすがにこの人数は入れないとの事です」


「うん、牢に入れるのは、男爵と側近だけにしましょう。

 兵士の方々は、屋敷の部屋で、外出できないようにすれば大丈夫でしょう」


 アルナに、男爵の地下牢への移動をお願いする。

 また、護衛騎士の一人に警戒についてもらうようにも依頼する。




「役割分担しましょうか」

「そうね、少ない人数で、逃亡を防ぎながら、証拠を探しましょう」

 メアリーの提案に、全員で同意。


 ミリアとルリが、屋敷の探索。

 アルナには帳簿のチェックを依頼。

 セイラとクレフトにて男爵や側近たちの尋問。

 メアリーとウルナは、使用人からの聞き取りや街に出て噂の収集。

 残りの護衛騎士には、屋敷の警護と兵士からの聞き取りをお願いする事にした。


 ラミアとセイレンにも、男爵の屋敷に滞在してもらう事にする。

「どこに行っても揉め事を起こすんじゃのう」

 事情を話すとラミアにすら呆れられ、更に凹む……。


 それでも、気を取り直して証拠探しを始めるルリ。

 まずは、男爵の書斎に向かった。


「鍵かかってるわね」

「壊しちゃいましょ」


 鍵をあっさりと突破し、豪華な調度品が並ぶ部屋に入ると、部屋全体に魔力を広げる。

 隠し扉などがあっても、魔力で探索すればすぐに発見できる。


「そこの床下、魔力の流れが不自然だわ」

「捲ってみましょう!」


 ルリが指差したのは、応接テーブルある、ラグの下。

 そこには、扉が隠されてあった。


(床下収納みたいな場所か……)


 床の扉……蓋を開けると、人が一人入れるかどうか位の空間があり、書類や箱がぎっしりと入っていた。


「何かの覚書、それに取引の契約書みたいね。アルナにも見てもらいましょう。箱は……」


「「キレイ……」」


 明らかに高価な宝石が入っていた。

 赤い、ルビーのような石。直径5センチくらいある。


 他にも、男爵家が所有しているとは思えないような、高価そうな貴金属が次々と出て来た。

 鑑定書もついており、本物に見える。


「屋敷の調度品含め、高価すぎるわ。どこから手に入れた品なのかしら……」

「鑑定書からたどれば、出所がわかるかも知れないわね」



 その後も探索を続けるが、犯罪の証拠となる様な目ぼしい物は発見できず、本日はここまで。

 夕食時、全員で集まると、情報交換を行った。


 ----盗賊団との取引に関する証拠は見つからず、その様子もない。

 ----何かを企てようと武器などを集めた形跡はなく、兵士からもそういった話は出てこない。


 ----子爵家が定めた領の税率を上回る徴収を行い、過剰に税の取り立てがなされている。

 ----帳簿に関しては、嘘八百。子爵家に上納されている税も、誤魔化されている事は明白である。


 ----多数の宝飾品などについては、リバトー領の商人から購入しているらしい。取引としては、正常に代金を支払っての購入となっているので、罪になるかと言えばならない。……もちろん、お金の出所については怪しいが。


「結局、この豪華な調度品や宝飾品は、普通にお金を払って購入した物って事になるのよね。街の住民から過剰に税金を取ってアメイズ子爵家に嘘をついていたのは罪だけど……」


「全ての品の購入状況を調べた訳ではないから、中には贈答品や出所不明な品もあるかもしれないわよ。調査には時間がかかるわ」


「目ぼしい品は、取引の履歴が残っている訳でしょ。それに、書類が本物かどうかも、商人に確認が必要だわ」


「でも、本物だとしたら、単純に、私腹を肥やしていただけに見えるわね……」


「これって、王族や領主家に牙を向ける程の事かしら? 何か重大な動機があるのでは?」


「明日、今の情報を元に、もう一度問い詰めてみるわ。それに、リバトー伯爵と何がつながるのかも、よくわからないし」


 王女を殺してでも隠したかった事が、税金の横領や裏帳簿だけだとすると、少し物足りなく感じた。

 日本のように法整備が進んでいる訳でもなく、帳簿管理がシステム化されている訳でもない世界。横領や贈賄は日常茶飯事で、誤魔化そうと思えばどうとでもなる。

 真の理由は他にあると考え、本人の供述を待つ事になった。



 翌日。

 コリダ男爵の取り調べを終えたセイラが報告する。


「高価な品を賄賂として送って、上位の身分に取り立ててもらおうと、集めていたんですって。上位貴族と繋がる際の窓口として、リバトー伯爵とは懇意にしていたそうよ」


「ん……? それだけ?」


「私も、そう思ったの。そしたら言われちゃった……」


『身分高く生まれたお前には分からんだろう。小さな街、しかも盗賊に占拠された街の貴族の惨めさを。やっと盗賊団がいなくなっても、同時に住民もいなくなってしまった……。どうすればいいと言うのか……。人生、最初から闇の中なんだよ。この苦労、苦しみがわかってたまるか』


「そんな、アメイズ子爵家に相談すればいいじゃない」


「子爵家には嘘の報告をしていた事もあって、隠したかったみたい……」



(子爵家に相談……、出来なかったんだろうな。半分は子爵家の責任でもあるか……)


 境遇を考えれば理解できなくもない。

 嘘に嘘を重ねた結果、にっちもさっちも行かなくなった……。

 

 闇に取り憑かれた貴族の、悲惨な末路。

 悲しい気持ちに、肩を落とす、ルリであった。

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