第94話 大立回り

「こ奴らは、王族、貴族を名乗る不届き者! 不敬罪である、ひっ捕らえろ!!」


 応接間になだれ込んだ兵士たちに、コリダ男爵から檄が飛ぶ。


(これって完全に時代劇よね!)


「ミリアさん、セイラさん、懲らしめてやりなさい」

 ルリが渾身の、言ってみたかったセリフを発すると、戦闘が開始された。



 男爵としては、奇襲、かつ多勢に無勢と言う状況のつもりなのだろう。

 しかし、セイラもルリも、だいぶ前から兵に取り囲まれている事は探知で気付いているので、慌てる程の事は無い。


 むしろ、理論よりも武力で男爵を追いつめられるので、手っ取り早くて助かる……程度にしか思っておらず、現状を楽しんでいた。


「さぁ、受けて立つわよ! 出でよ~大盾~!!」


 おりゃ~

 ガキン


 セイラのテンションは最高潮だ。

 収納から大盾を取り出し、兵士の攻撃を捌く。



「セイラ、部屋の外の様子はどうなってる?」

「廊下に約30人、窓の外……中庭になってるんだけど、そこにも30人、あとは屋敷の出入り口にちらほら」


 メアリーの問いに答えるセイラ。

 既に、屋敷全域の人の動きは完全に把握できている。


「よし、窓から外に出よう。屋敷内で戦ったら、関係ない使用人さんが怪我するかもしれないし、それに、高価そうな調度品が壊れたら勿体ないわ!」


 出入口を目指すのではなく、調度品が壊れないようなルートを選ぶ。

 実にメアリーらしい作戦だ。


「みんな、密集しながら窓の方まで移動。外に出れるように通路を作って!」


「「そうはさせるか!」」


 部屋の中での戦闘。敵との距離も近いので、会話も筒抜けである。

 当然、窓へ近づかせないように兵士が襲ってくる。


「「氷壁アイスウォール」」


 ミリアとルリが、部屋を分断するかのような氷の壁を作り、兵士の動きを止める。

 そのまま、全員で窓の方向へと移動した。



(ちょっとくらいいいよね)


「みんな、少し離れて! 必殺、魔法剣!!」


 ズシャ、ズシャ

 どごぉぉぉぉん


 双剣に魔法を纏わせ、切れ味が鋭くなった剣で、壁に穴をあける。

 人が十分通れる穴で、外に出やすくなったのだが……。


「「「あぁぁぁぁ」」」


「なんで壁に穴開けるのよ!? 窓から出ればいいじゃない!」

「え、いや、何か脱出って、この方が盛り上がるかなぁって……」


 ルリとしては、時代劇で襖をぶち破るシーンを連想したのだが、誰にも通じなかったようだ……。




「遊んでる場合じゃないわよ。外の兵士に囲まれてるわ」

「うん、みんな好き勝手に殲滅。殺さないようにね」

「「「おー!!!」」」


 味方は6人。『ノブレス・エンジェルズ』とメイドのアルナとウルナ。

 対するは30人の兵士。さららに、部屋の中、屋敷の中の兵士も直に集まるであろうから、70人から80人になる。


 だからと言って、後れを取る様なメンバーではない。

 個々の能力が圧倒的であれば、作戦など不要、片っ端から戦闘不能にするだけでいいのである。



「ウルナ、ちょっと外の護衛騎士さん達に伝言をお願い。屋敷の門を封鎖して、誰一人として屋敷から出さないようにって」


「承知しました。行ってまいります」


 さっと飛び上がると、忍者のように屋根の上を駆けていくウルナ。

 もはや、メイドの動きではない。


「あとセイラ、男爵の位置だけは常に把握しておいてね。これで逃げられたら堪らないわ」

「大丈夫、任せて!」


「では、始めましょう。みんな、いくよ!」



 兵士と対峙しながら、最低限の確認だけ済ます。

 好き勝手に戦うと言っても、それぞれの得意不得意があるので、自然と配置についた。


 近接戦闘が出来ないミリアとメアリーを護るように、セイラとアルナが布陣。

 ルリは、単独で歩く要塞のようなものなので、遊軍だ。



水弾ウォーターバレット!」

水矢ウォーターランス


 どん

 どどん


 ミリアが圧縮した水の魔法を放ち、メアリーは水の矢を連射する。

 火事が怖いので、火魔法は封印だ。


 ザシュ

 ザシュザシュ


 セイラとアルナが、近づいてきた兵士を切り捨てる。

 もちろん、峰打ちで殺さないように注意しながら。



(みんな楽しそうね。私も派手にいこうかしら?)


「あなた方、覚悟なさい!」


「「「ひっ、『白銀の女神』!?」」」


 装着そうちゃくの魔法で女神装備に切り替えると、魔力を纏って身体全体を発光させる。

 さらに、氷槍アイスランスを空中に浮かべた、得意の戦闘態勢。


 神々しいルリ……噂の『白銀の女神』の登場に、さすがにたじろぐ兵士たち。

 しかし、その時……ルリは後悔した。


(あ、今変身しちゃったらバレバレかぁ。「ここにおわす御方をどなたと心得る、じゃじゃーん」の所のインパクトが無くなっちゃうじゃん……)


 ルリ、痛恨のミスであった。




 今更元には戻れないので、目の前の敵を倒していく。

 目的は時代劇の再現ではなく、男爵の不正を暴くことだ。

 それに、命がけの戦闘中。遊んでいる場合ではない……。


 敵のど真ん中へ、剣舞を舞いながらゆっくりと進むルリ。


 一人目の攻撃を右の剣で受け流し、左の剣で倒す。

 そのままくるっと回転し、二人目の鳩尾を打つ。

 背後から三人目が迫るが、氷槍が足を打ち抜く。

 上段から切り付けて来た4人目の剣をしゃがんで交わし、足を折る。

 そこから飛び上がると、空中で回転し5人目の背後へ……。


 アメイズ流の双肩の剣舞と、氷槍を組み合わせた舞。

 ルリの周囲には、倒れて動けなくなった兵士の山が築かれていく。




「怯むな、小娘数人に何をやっとるかぁ!」


 コリダ男爵と、屋敷内にいた兵士も集まってきた。

 50人以上の兵士に囲まれた状態だ。


(一人10人を相手かぁ。無理ではないけど、疲れるわね。

 そろそろ、あのタイミングかな!)




「ええ~い、しずまれ~、しずまれ~」


 言ってみたかったセリフ第二弾。

 しかし、そう言われて、戦闘を止める者はいない。ここはドラマの世界ではないのだ。


「しずまれ~、しずまれ~。

 こら! 静まれって言ってるでしょ、言う事聞きなさい! 氷槍アイスランス!!」


 ルリは、兵士全員の目の前に、氷槍アイスランスを出現させた。約50本。


「「「ひぃ」」」


 さすがに、目の前に殺傷性の槍が浮かべば、兵士の動きが止まる。



「ふぅ……、では改めて。

 しずまれ~、しずまれ~!」


 急いでミリアの横に駆け付けて、大きな声でセリフを繰り返す。

 そう、「御方」の役は、ミリアでいいのだ。むしろ、身分的にはミリアが最適である。


「ここにおわす御方をどなたと心得る、クローム王国第三王女、ミリアーヌ様であらせられるぞ~! 頭が高い、控えおろう!」


 自信満々にセリフを読み上げたルリ。

 周りは、……ポカンとしていた。



「ルリ? そんな事、みんな分かってるわよ。その上で、王女を名乗る偽物だから捕まえろって事で、今戦ってたんだけど……」


(うぅぅ。でも、ここで止めたら番組を作ってくださった方に申し訳ないわ! 役者は最後までやり切るのよ!)


「ええ~い、控えぃ控えぃ! この紋所もんしょうが目に入らぬかぁ!」


 確かに、ミリアのローブには、王家の紋章が刻まれている。

 しかし、戦闘開始前からローブは着ているので、……今更である。




「分かっておるわぁ! 王族を名乗るだけでなく、王族の紋章まで身につける不届き者め。誰が控えるか! 打ち倒してくれるわ!」


 再び、乱戦が始まる。

 残念ながら、時代劇のようには……いかないようだった……。



(あぁもう。どうしてこうなるのよ。もう、全員倒すしかないか……)


 諦めたルリ。楽しい時間だったはずが失敗に終わり、お怒りだ。


氷槍アイスランス氷槍アイスランス氷槍アイスランス!!!」


 ぐわぁぁぁぁ

 ひぃぃぃぃ


 50人の的に、氷槍アイスランスを連射。

 致命傷にならないように槍の先は丸めてあるものの、打撲程度ではすまない。

 たちまち、中庭が降り注ぐ氷で埋め尽くされる。


 逃げ場のない氷槍の雨に、次々と兵士が倒れていく……。

 剣で撃ち落とす、腕の立つ兵士も数人いたが、無数の槍が際限なく飛んできては防ぎきれるはずが無い。

 一瞬の後、全ての兵士が、地面に伏す事となった……。




「ふぅ、頭が高い、控えおろう~」


「はぁ……。もういいわよ。誰も立ってないわ……」

「ルリ……。やりすぎ……」

「あなたの所の領民なのに……」


 散々に言われたルリ。

「……すみません、調子に乗ってやり過ぎました……」


 倒れた兵士よりも頭を低くして、土下座するルリであった……。


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