第93話 時代劇
メルダムの街に入って早々、商人の男たちに絡まれ、説得し、大層な約束をしたルリ達。
一応報告だけしようと、街を治めるコリダ男爵の屋敷へと向かう事にする。
道中、大通りから外れると、そこはスラムと化した街並みが広がっていた。
人が住んでいるとは思えないような廃れた家々。
商店だったと思われる空き店舗。
手入れのされていない畑。
荒んだ身なりの人々。
(表通りだけは辛うじて体裁があるけど、一歩裏に入れば完全に貧民街ね。
商人達の話よりも、深刻かもしれない……)
「これは……やばいわね……」
「うん、領主は何やってるのかしら?」
「はは、ごめんね、私領主だわ……」
ミリアの言う領主は、この街を治めるコリダ男爵の事ではあるが、ルリも責任を感じずにはいられない。
アメイズ領である限り、娘である自分も領主という意識がある。
コリダ男爵の屋敷は、街の中央のひときわ大きな建物だ。
子爵家が治める小さな領の、そのまた小さな街を治める男爵家。
決して豊かでは無いはずではあるが、かなり豪華に見える。
(門に護衛が5人、男爵家の屋敷にしては多すぎるわね)
見えてきた屋敷の正面だけで、5人の大男が護衛に当たっている。
過剰防衛では無いかと、少し疑問に思う。
「こんにちは。コリダ男爵のお屋敷ですね。
アメイズ子爵家のリフィーナと申します。男爵にお伝えしたい事がありますので、お通しいただけますか?」
ルリ達の訪問の可能性がある事は伝わっていたのだろう。
すぐに、屋敷の中へと通された。
(使用人も多いわね。それに、調度品が豪華だわ……)
王宮並みに揃えられた調度品。
ミリアとセイラと共に、首をかしげる。
((((何かあるわね……))))
「何もなければ、普通に話をして終わりにしましょう。もし、怪しい場合は、隙を見て成敗するわよ」
「「「わかった!」」」
4人で頷き合うと、緊張感を高めた。
単純に顔合わせで訪問したつもりだったが、作戦変更。場合によっては悪事を暴いて懲らしめる。
応接室に通されると、まん丸に太った男が畏まった様子で出迎えてきた。
「ミリア殿下にセイラ様、それにリフィーナ様、ようこそおいでくださいました。
ゆったりとくつろいでください」
「コリダ男爵、突然のご訪問、申し訳ございません。それで……」
簡単に挨拶を済ませると、本題を切り出すルリ。
名目としては、冒険者ギルドや店舗、職人の誘致を行う話を報告するだけなので、そんなに時間をかけるつもりは無い。
調度品などが豪華なのには驚いたものの、だからと言ってそれだけでは責められない。不正を働いた証拠でも見つからない限り、個人の趣味に文句は言えないのである。
一方のコリダ男爵は、緊張を極めていた。
街の様子が険悪である事、その原因が、自分の贅沢と怠慢である事は分かっている。
それに、領主の娘が突然訪ねてくるなど、子爵家が何かを掴んでいると考えるのが普通である。
さらに、傘下であるアメイズ領ではなく、隣のリバトー領と親身にしている事実を、どうしても隠す必要があった。
「最近の街の様子はいかがですか? 私達にできる事は、住民の為にもご協力をさせていただきたいと思っております」
「リフィーナ様、お心遣い感謝いたします。されど、街の事はお任せください。まだ復興途中ではございますが、必ずや成し遂げてみせます」
「ありがとう。それで、どんな事をなさっているのですか?」
まずは相手の情報を引き出す事が重要だ。
商人の男の話によれば、陳情を上げても何もしないと言っていた。
問題があるのであれば解決したい。
「はい、まずは街の安全性を高める為に護衛体制の強化を行いました。既に盗賊団の影響はなく、安全な街になったと思いますぞ」
男爵は自信満々だ。
確かに、過剰な護衛がついている。少なくとも屋敷には……。
「門衛さんもしっかりお仕事なさってましたわね。兵士さんは今何名くらい集まってますの?」
「4小隊が万全な体制で、いつでも待機しておりますぞ」
つまり、総勢100名近い兵士数という事である。
アメイズ領の領都とそう変わらない人数だ。むしろ多すぎる体制と言える。
「十分な体制ですね。安心して暮らせると思います。それで、どのような訓練を?」
「対魔物、対人共に、日々鍛錬しております。精鋭部隊ですぞ!」
男爵の機嫌がよくなっていくのがわかる。
兵士の訓練をしているというのは本当なのだろう。
「素晴らしい兵隊さんなのですね。後でご紹介くださいますかしら」
「それはもちろん! リフィーナ様が応援してくだされば、士気も上がりましょう!」
「ええ、王女殿下も一緒に、鼓舞させていただきますわ!」
会談後に兵士の詰所に向かう事が決まった。
実際の兵士の様子も見たいので、ルリ達に異論はない。
「ところで、対魔物の訓練とのことですが、どの程度の強さなのでしょうか」
「実際に魔物と戦っている訳ではございませんので分かりませんが、街を守る事に問題は無いと思っております」
「なるほど。では、対人の訓練もなさっているとの事ですが、敵は誰を想定した訓練をなさっているのですか?」
「そ、それは、いつ敵国が攻めてきてもいいようにと……」
(あぁ、この人は、兵士の数を揃えただけで、どんな訓練してるかとか、強さがどの程度かとか、わかってないのね……
混沌とした街の様子から見ても、典型的なダメ領主……ダメ男か)
具体的な話になるにつれ、男爵の顔色が徐々に悪くなっていく。
これ以上質問攻めにされるのを避けたかったのか、男爵が逆に質問してきた。
「ところで、リフィーナ様は本日どのようなご用件で?」
「はい、街の様子を見まして、いくつか提案……報告に来ましたの」
「街で……何かありましたか?」
商人たちと会話をしていたという報告は受けている男爵であるが、話の詳細までは把握できていない。
まさか、リバトー領の話が出てはいまいと思いながら、慎重に聞いてくる。
「ええ、陳情がなかなか聞き届けられないとか。何か問題でもあったのかしら?」
「どの陳情の話かは存じませんが、実現性に乏しかったり内容が薄かったりしたのでしょうな。都度、適切な対応をしております。判断はお任せいただければと思いますが?」
「もちろんですわ。子爵家に直接陳情が届かない限り、私達は口出しいたしませんのでご安心ください」
少し含んだ言い方で返答する。
案の定、子爵家に何か密告があったのではないかと、男爵が焦り始めた。
「そ……それは助かります。それで、ご提案とは何ですかな?」
実際に子爵家に陳情が届いてルリ達が訪れた訳ではない。
しかし、貴族への直談判。
その場で切り捨てられても文句が言えない行動をした商人の男たちの話は、今となっては陳情が届いたに等しい。
「はい。この街の荒んだ状況を聞きました。つきましては、王家、子爵家の主導にて、指導を入れさせていただきます」
意地悪な言い方である。
聞き手によっては、街の統治権から外されると考えてもおかしくない。
煽るような言い草に、案の定、コリダ男爵が切れた。
「な……何を申すか! いかに子爵家の、領主ご令嬢のリフィーナ様と言えど、当家を愚弄する発言ですぞ!」
(……この逆切れ、何か後ろめたい事がある証拠だわ。でも……この程度で切れるとは……)
冷静な人物であれば、こんな誘いに乗りはしない。
ダメ男……バカなのである。
何かボロでも出さないかと、鬼気迫る表情で追及してみる。
「愚弄するつもりはありませんが……。ええと、王家や子爵家が介入しては、不味い事でもございまして?」
「そんな事は無い、それに、私にはリバトー……」
「リバトー? リバトー伯爵がどうかなさいましたの?」
「……」
失言を見逃さなかったルリ。
しまった! と言う顔をしたコリダ男爵。
そこに、セイラが畳みかける。
「ふふふ、貴方、ボロを出しましたわね。大方、リバトー伯爵とつるんで、悪巧みでも企てていたのでしょう? 財政難な街の様子に見合わない高価な調度品、必要以上に揃えられた兵士、何をなさろうというのかしら?」
「なっ、何もない! 言い掛かりだ!」
「まぁいいですわ。子爵家の領兵と王都の騎士団に調べさせましょう。リフィーナ、それでいいかしら?」
現状、コリダ男爵が何かを企んでいたとしても、それが何なのか分からない。
単に男爵が自爆しただけであり、ルリ達はこれ以上、追及するネタが無かった。
「セイラ様、そうしましょう。他にも証拠が出てくるでしょうし、言い逃れはさせませんわ」
ニヤリと笑うルリ。
現状、証拠など持っていないのであるが、ハッタリをかましてみる。
突然の訪問なのだから、男爵が、何か証拠をつかんで乗り込んできたと勘違いしても、おかしくはないのである。
「む……むむむ……。
もはや……これまでか……」
(あれ? 観念しちゃったよ。もうちょっと粘ってほしかったんだけどな。結局この人は何を企んでたのか分からなかったな……。
でも、これって……時代劇的な展開!?)
コリダ男爵が立ち上がると、応接間の扉が開き、兵士が流れ込んでくる。
「こ奴らは、王族、貴族を名乗る不届き者! 不敬罪である、ひっ捕らえろ!!」
「ミリアさん、セイラさん、懲らしめてやりなさい」
時代劇を思い出し、言いたかったセリフを言ってみる。
「そりゃ、素直に捕まる気はないけど」
「何言ってんのよ~」
呆れた顔のミリアとセイラ。
部屋の入り口を兵士に塞がれ、逃げ場のない、万事休す? な状況……を楽しむ、ルリ達であった。
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