第92話 住民の怒り
門衛に身分証を確認してもらい、メルダム街の中に入る。
馬車では目立ちすぎるので、馬車から降りて街を探索する事にした。
(盗賊の一味は捕まったはずだけど、あまりいい噂を聞かない街なのよね。
街の状況も確認したいし、問題があるならどうにかしないとな……)
徒歩探索のメンバーは、『ノブレス・エンジェルズ』の4人と、メイド三姉妹からアルナとウルナの6人。
もちろん、護衛騎士も後方から付いて来ている。
ラミアとセイレンは馬車で待機、イルナも馬車で待つ。
「ルリが誘拐された宿、見てみたいわ」
「あはは、いい思い出じゃないけど、気に話なるわね」
呑気に街へと歩き出した4人。
「なんか、活気が無いような気がするんだけど……」
「朝なのに人があまりいないわよね」
「開いているお店も少なそうだわ」
街の違和感に気付いたのは、ルリだけでは無かった。
その頃、門衛から、この街を治めるコリダ男爵の元に報告が届いていた。
「第三王女とリフィーナ様が来てるだと?」
「はい。確かに身分証を確認しました。それに、騎士団と思われる一団もおりました」
「何でわざわざ王女殿下がこんな所に来てるんだ?」
「目的は、旅の途中と申してましたが……」
盗賊団の事件の折には、管理を任された街で盗賊団とのつながりを持つ者が多数出た事から、相応の責任を取らされる事になったコリダ男爵。
自身が直接盗賊と関わる事は無かったために捕まりこそしなかったものの、貴族の中では地位を著しく落とす事になっていた。
「……本物なんだよな。身分証は……?」
「はい、王家の紋章がありました」
「間違いないか?」
「はい。いえ、王家の身分証は初めて見ますので……」
「それで、どこに行ったんだ。ここには来るのか?」
「どこかは存じませんが、お屋敷に来るとは言ってはいませんでした」
「ふむ……。とにかく、尾行をつけろ。本物の王女御一行なのか確認、それと、街に来た目的を調べるんだ。
リバトー領との繋がりだけは、何があっても隠し通すぞ」
後ろめたい事でもあるのか、コリダ男爵の屋敷があわただしくなり、すぐに側近が集められる。
ルリ達には、男爵の屋敷に行く予定はないのであったが……。
ルリ達はのんびりと街の中を散策していた。
しばらく歩くと、見覚えのある建物が目に入る。
「あぁ、ここだわ。私が誘拐された宿屋。あの時は油断したなぁ」
「ここなのね。今も宿として営業してるみたいだけど……」
「経営者や従業員は変わったはずよ。あの時捕まえたから」
ルリが見つけた建物。
今も営業している事にメアリーが不振がるが、セイラが訂正する。
あの時、宿屋の主人は捕まえたのだから、問題が残っているはずはない。
「こ……ここですのね!」
「アルナ、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもありません。ちょっと火を点けてきます!」
「「「「えぇっ!?」」」」
「主に不敬を働いた建物ですわ! 許しません!」
「ま、待って! 建物は悪くないわ!」
アルナが宿屋に突進しようとするのを、必死で止める。
ルリが大ピンチに陥ったのは確かであるが、恨む相手が違う。
「アルナ、気持ちはありがたいけど……」
善良な市民が跡を継いでいる事だろうと説得し、何とか思いとどまらせた。
宿の前で騒いでしまったので、足早にその場を去る。
「おい、リフィーナ姫の御一行とはあんた達か?」
歩き出した所、突然呼び止められた。
10名ほどの男女、あまり機嫌が良さそうではない。
「はい、私がリフィーナです。何か御用でしょうか」
興奮冷めやらぬアルナが、一瞬で戦闘態勢になり、ルリの前面に出た。
異変を察した護衛騎士たちも集まり、一触即発の状況になる。
「えと、私たちに御用でしょうか? 襲撃ならば、ご覧の通り容赦は致しません」
「い……いや、待ってくれ。俺たちは武器を持っていない、突然声を掛けた事は謝る。勘弁してくれ!」
強気な雰囲気で迫って来た男達であるが、瞬時にメイドが小刀を構え、騎士が集まってきたことで理解したようだ。
慌てて弁明してくる。
「何か、私に伝えたい事があるのでしょう?
アルナ、刀を納めて。ここで戦闘にはならないわ」
このままでは、せっかく声を掛けてくれた男たちを追い返して終わりになる。
あまりいい話ではなさそうだとしても、貴重な話の機会を潰したくないルリは、優しく諭し、アルナ達と護衛騎士の警戒を解かせた。
「すまねぇ。助かる。
リフィーナ姫は、この街にとっての英雄だ。一言お礼を言いたくてよ」
「それは、ありがとう。
でも、お礼を言うような雰囲気じゃないわね。他に言いたい事があるのじゃなくて?」
最初声を掛けて来た雰囲気は、明らかに、意を決した様子であった。
礼を言うだけならば、もっと気軽なはずだ。いかに相手が貴族だとしても……。
「なぁ領主様。この街の様子を見て、どう思う?」
「そうですわね。まだ着いたばかりですが、活気が薄れている様に見えますわ」
「何でこうなったのか、分かるか? リフィーナ姫……」
……言葉に詰まる。
言いたい事が分からない、それが素直な感想だった。
(街に活気が無いのは、間違いないわね。それに、何かしら問題を抱えている。
私たちが街に来た話を聞いて、不満を爆発させた人々が文句を言いに来たのよね。
でも、なんで……?)
「俺たちの苦しみ、分からねぇだろう。
あんたが盗賊団を討伐した事で、この街は崩壊したんだよ」
「はっ? 何を言ってるの……?」
「ルリ、付き合う必要ないわよ。言ってることが分からないわ」
「外野は黙ってろ!」
セイラとメアリーが口を挟もうとするのを、男が遮る。
ルリよりも強力なメンバーが周囲にいることを、たぶん男は気付いていない。
「盗賊団はなぁ、黙ってさえいれば、俺たちに富をくれたんだ。
それが全員捕まっちまった。お陰で、商売あがったりなんだよ!」
(あぁ、そういう事ね。
この人たちは、盗賊団や仲間を相手にしていた商人たちかぁ)
「ちょっと待って!
盗賊団が捕まって、お客が減ったのをリフィーナのせいだと言うの?
同じ商売人として、その発言は許せないわよ!」
ルリが反論しようとするも、先にメアリーが声を上げる。
商売という単語が出た時点で、その不信を誰かのせいにするなど、メアリーには許せない。
「……俺たちだって……」
「何よ?」
「……1年前までは幸せに暮らしてたんだよ。盗賊団は確かに無茶な事も行ってきたが、見て見ぬ振りさえしてればお客としては上等だった。
今、この街は廃墟だ。客がいなくなっちまったんだよ。全員捕まっちまったんだよ……」
人がいない理由。それは、単純だった。
住民が多数、盗賊団の関係者として捕まってしまったから。
活気がない以前に、活気が出るほどの人が、この街には住んでいないのであった。
(街の住民が根こそぎ捕まる程、盗賊団にこの街が支配されてしまっていたって事ね。でも……)
住民の大半がいなくなるような事態であれば、街を治める者が気付かないはずが無く、何かしら対応をする物である。
アメイズ領主たる子爵家の怠慢、そしてこの街を治める貴族の怠慢……。
「なるほど、理解しました。私が盗賊団を捉えたせいで、客となる人がいなくなってしまったのね。
それで、今まであなた方は何をしていたの?」
「そりゃ、生きるためだ。細々と商売を続けているさ。ほとんどの商売人は、街を出て行っちまったがな。
まだ住民が残ってるんだから、誰かが街に残って物を売らなきゃいけねぇだろ。でももう、限界なんだよ」
「そう、ありがとう。
あなた方が、この街を支えてくださっていたという事ですね……」
ルリは、優しい顔になると、頭を下げる。
男達、商人たちの本音を聞けた気がしていた。
困って、怒りの矛先が分からずに、今、憤慨しているだけの、根はいい人達なんだと、分かった気がしていた。
「私にできる事、教えてくださるかしら。
街の立て直しをしたいのよね。あなた方が守ってくれているメルダムの街を私も一緒に、復興したいわ」
「お嬢さんに何が出来るんだよ……」
ルリが歩み寄ろうとしても、まだ信頼が足りないようだ。
なかなか前向きな話には、なりそうもない。
「ねぇ、人が集まるように、冒険者ギルドの支店を作りましょうよ」
「メルン亭の支店も作ってもいいわよ」
「魔物の素材が集まるなら、職人さんを誘致しても良いかも知れないわね」
ミリアとメアリー、セイラが、会話に割って入ってくる。
「ギルドの話も、移住の話も、何度も男爵に提案したんだよ。それでも何も起こらないから、今こうなってるんだ。
少しでもどうにかならないかと、リフィーナ姫が来たというので飛んできたんだからよ。夢じゃなくて、現実的にできる事、お願いしてぇんだよ!」
「無理な話ではないですよ。私たち、
街の発展を約束し、男達との会話を終える。
大層な約束をしてはいるのだが、実際に無理ではない。
報告だけしておこうかと、男爵の屋敷に向かうことにする。
屋敷が、突然の訪問に大騒ぎになっている事など、全く気にもかけずに……。
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