第76話 司法取引
拘束したチンピラ達を引き連れ、集落を後にしたルリ達。
馬車が通れ、アメイズ領に続く、街道を目指す。
集落から街道までは、徒歩で1日の距離である。
住民が使用している、森よりも歩きやすい、小さな道を進んだが、出発した時点で昼を過ぎていた事もあり、途中で日が暮れてしまい、野営の準備をする事になった。
(アルナが衛兵を連れてくるとは言え、まだ何日もかかるはず。
拘束したチンピラ達を連れたまま野営を続けるのは、正直難しいわよね……)
犯罪者と言え、人間だ。食事や水を与えなければ死んでしまう。
かと言って縄を解いて自由にさせる訳にもいかない。
困り果てたルリであったが、ある事を思い付いた。
「ウルナ、チンピラ達にも、ちゃんと食事をとらせてくださいね。
食事の間は拘束解いていいわ。少しでも逃げようとしたら殺すから」
覚悟を決めて、ウルナに食事の準備をお願いするルリ。
拘束を解くと同時に、空中に
「チンピラさん達、一緒に歩いてもらうためにも、食事はしっかりと摂りなさい。
残さず食べるのよ。残したら殺すわよ!」
無茶苦茶な理論ではあるが、いつ殺されてもおかしくない状況な事は理解し、おとなしく食事をとる。
いや、貪る様に食事を口に運んでいた。
長い間、まともな食事にあり付けていなかったのだろう。ウルナの作る食事は、お世辞抜きで美味しいのだ。
「ねぇセイラ、ここってアメイズ領かしら?」
「どうかなぁ、まだ王都直轄の地域な気もするけど、境界くらいの場所だとは思うわ」
ルリはセイラに近づき、ひそひそと会話を始める。
「ねぇ、犯罪者って、基本的には領主が裁くのよね。ここがアメイズ領だとして、私にも裁く権利があるの?」
「う~ん、それは微妙かなぁ。普通は領主とその代行になる人、つまり専門知識のある人が罪を裁くの。ルリも領主の代行者として名乗ることもできるだろうけど、最終的に刑罰を決めるには知識がないでしょ?」
セイラの言う通り、ルリはこの世界の刑罰の基準がわからない。
犯罪者は犯罪奴隷として労役につかされるとは聞いているが、その期間など、言い渡す事は困難だ。
「ねぇ、少なくとも、アメイズ領で裁くにあたって、私が意見する事は出来るわよね」
「そりゃ、領主のご令嬢の意見は、誰も無視できないでしょうね」
「なら十分かな。
それで相談なんだけど……。この場で、チンピラ達と司法取引してもいいかな。
『常夜の闇』の情報とかを聞き出す代わりに、この人たちに温情を言ってあげるの」
「しほうとりひき? ……言葉は分かんないけど、チンピラと取引するのね。それは有りじゃない?」
ルリの思い付き。それはニュースで見た司法取引だ。
捜査に協力する代わりに処分を軽くする制度……とルリは認識している。
調べが行き詰っている盗賊団『常夜の闇』の情報を聞き出す事と、領まで逃げずに連行できるように飴を与えておこうというのがルリの思惑である。
「ねぇ、チンピラさん達、食事は美味しいかしら?」
「はひ? 食事は美味しい! 感謝する」
突然話しかけられ、驚きつつも答えるチンピラ。少し顔が引きつっている。
「大人しく言う事を聞いてくれるなら、毎日食事を提供するわ。
それに、あなた達の罪についても、うまく証言してあげる。私と、取引しない?」
「へ? 証言を変えてくれるのか? もちろん、文句はねぇ。
それとも、取引って事は、お嬢ちゃんたちも仲間になろうってのかい?」
思いがけないルリからの提案に、いやらしい笑みを浮かべるチンピラ。
ルリは、キッと顔を睨みつける。
「
「ひっ!」
「バカ言ってるんじゃないわよ。調子に乗らないの。
何があろうと、私たちが犯罪者を赦す事も、仲間になる事は無いわ」
「ふん、じゃあなんだ、情報を聞き出して売ろうってのか? 捕まっているとはいえ、利用されるつもりは無いぞ」
チンピラも強気だ。命の危機にあるとは言え、小娘になめられるほど落ちてはいないというプライドがある。
「ふふふ、取引って言ったでしょ。私はあなた達を利用する。あなた達も私を利用する。お互いに悪い話では無いはずなの」
「てめえらがどこの貴族か知らんが、利用されるのは一方的に俺たちに決まってる。そんなの取引にはならねぇだろうが」
チンピラの言い分は尤もだ。
明らかに貴族を含む冒険者一行が、捕まったチンピラと同じ立場で取引などが出来るはずが無い。
「まずは、私の自己紹介をさせていただくわね。あなた達の運命に大きな力を持っている立場よ。あなた達の罪状を、重くも軽くも出来るのだから。
……私は、リフィーナ・フォン・アメイズ。ここアメイズ領主の一人娘。どう?」
「ま、ま、ま、まさか……! 『常夜の闇』を壊滅させた悪魔……リフィーナだと!?」
「悪魔とは酷い言いようねぇ。これでも、『白銀の女神』って呼ばれてるはずなのだけど」
ルリは装着の魔法で、女神シリーズの鎧に衣装チェンジすると、魔力を纏って神々しく自身を輝かせた。
「ひ、本物かよ! 何でお前がこんな所に……?
でも、俺たちの罪状を上下できるという話は本当のようだな。それで、何が望みだ?」
「分かってくれた? 私が欲しいのは、『常夜の闇』の情報。特に、奴隷を売っていたルートね」
「俺たちも詳しくは知らねぇぞ。それでも良いのか?」
「ええ、知ってる事、全て話してくれるというのなら。引き換えに、今後のあなた達の安全な生活を保障するわ。情報の貴重さ次第では、アメイズ領であなた達を匿ってあげる」
盗賊団『常夜の闇』については、王都の騎士団が調査を行い、王国内の関係者は調べ終えている。
それでも、民間人として潜んでいた協力者の情報は、全てが分かった訳ではない。
それに、エスタール帝国との繋がりについては、ほとんど情報を得られていなかった。
その情報と引き換えに、チンピラ達の罪状を軽くし、それに証人として保護しようと言うのがルリの提案だ。
仮に逃げても行く場所がなく、衛兵や昔の仲間から追われる生活を続けるのか、情報提供者として安全な暮らしを手に入れるのか……。チンピラ達の選択肢は、当然後者となった。
「うん、ご理解いただけて助かるわ。
最後に確認するわね。あなた達は、私の質問に可能な限り答え、協力する事。
それと、一度捕まってもらう事にはなるのだけど、それまで大人しく私たちと行動する事。
私は、領都までの道中と、領都についてからの生活の保障を約束するわ。職に就きたいのならば斡旋するし、当面の安全も保障する。
それに、盗賊団の脅威がなくなれば、自由よ。
条件、これでいいわね」
「あぁ、こちらも理解した。みんなもいいよな」
頷くチンピラ達を確認すると、拘束を解いてやる。
この瞬間に逃げる事も不可能ではないはずだが、チンピラ達にその様子はない。
取引に応じるつもりのようだ。
まずは、お互いの自己紹介を行った。
「な、王都の三の姫様だと?」
「近衛騎士団のセイラ様も?」
さすがに、王族が森の中で冒険者をしているとは思いもよらないだろう。
チンピラ達が驚きの声を上げる。
「敵わねぇな、運がいいのか悪いのか……。何てパーティに出くわしちまったんだよ……」
「あら、わたくし達と出会えたのですよ。これ以上の幸運なんてありませんわよ!」
項垂れるチンピラに、ミリアが胸を張って声を掛ける。
ロリ巨乳な少女が大男を慰めるような光景は、違和感たっぷりだ。
チンピラ達は、リバトー領の領都で、情報源としての仕事をしていたらしい。
普段は一般的な住民と同じように働きながら、移住者や旅の者など、ターゲットになりそうな娘が現れたら盗賊団にリークする。
街に溶け込み、実際に夫婦として暮らしていたりするので、盗賊の仲間とは傍目にはわからない。
しかし、盗賊団のアジトが潰された話を聞き、慌てて逃げだしたそうだ。
しかも、アメイズ領への移住、行商の旅に出るなど、ごく自然な形で領都を出ており、それぞれ別の職種でもある事から、疑われる事も無かったのだ。
事実を知っている盗賊団からさえ逃げ延びれば、何とかなると考えたらしい。
さらに、盗賊団やエスタール帝国との繋がりについても有力な情報を得られた。
まず、確定できた事実が、盗賊団『常夜の闇』が壊滅してはいないという事だ。
アジトにいるのは半数以下で、残りは市中に出ていたりエスタール帝国に出かけていたりする。市中の一味はかなりの数を捕まえたが、それでも、計算上は、まだ数十人が逃げ延びている事になる。
さらに、エスタール帝国との繋がりも見えてきた。
まず、盗賊団の後ろ盾として、エスタール帝国の貴族がついているらしい事。
また、その貴族とリバトー領主に関係がありそうな事。
直接的な個人名までは分からない様子だったが、エスタール帝国の貴族様の好みという女性のタイプの情報が伝えられている事、それに、密告した旅の女性が領主邸で働かされているのを見た事がある事などから、かなりの信憑性がある情報と言える。
「リバトー領主がエスタール帝国の貴族と繋がっているとしたら、かなりマズいわよ。
王国への反逆行為になりかねないわ」
「それに、あれだけ大きな盗賊団、領主の庇護下にあるのは予想通りね」
「うん、でもまだ、証拠が足りない……」
心配するセイラ、予想通りと胸を張るミリア、そして現実を見ているメアリー。
(いずれにしても、盗賊団がまだ活動を続けているのは事実。
せめてアメイズ領の中だけでも、安全な環境にしなきゃね……)
それぞれの立場で思いを巡らせながら、危機的な状況への打開策を考える、『ノブレス・エンジェルズ』の4人であった。
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