第77話 領都帰還

 翌日、街道まで出ると、馬車を戻す。

 本来2頭の馬で引くのだが、今は1頭しかいない。

 ラミアとセイレンを馬車に乗せ、他は歩きでの移動となった。


 数日の野営を経つつ、アメイズ領を目指す。

 領都まであと2日と迫った所で、アルナが連れて来た衛兵たちと出会うことが出来た。



「アルナ、お疲れ様。チンピラさん達、連れてきたわよ」


「リフィーナ様、お待たせいたしました。領都の騎士20名と、移動の馬車を準備してまいりました」


「ありがとう、それで……」

 ルリが、騎士団を見渡すと、一人の初老の男性が前に出て跪いた。


「リフィーナ様、ご無沙汰しております。帰還のおり、さっそく盗賊を捕まえたとの事で、お迎えに参りました」


 ルリが誘拐された際に、助けに来てくれた老齢な元騎士。

 領都の騎士団に戻り、領兵を率いてくれている。


「ご無沙汰ですわ。元気そうで何より。それで、この人たちの扱いについてお願いがありますの」


 拘束せずに連行する事や、連行場所として、領主邸の地下室にする事をお願いする。

 通常であれば衛兵詰所の牢に入れるのであるが、領主邸に連行と言うのは異例だ。


「承知いたしました。見た所極悪人ではなさそうな様子。そのようにさせていただきます。

 ただし、逃亡や反逆があった場合はその範囲では無い事、ご了承ください」


「はい。みんなも分かったわね。反抗しない限り、安全に領主邸までお連れするわ。また、お屋敷で会いましょう」


 チンピラ達に、くれぐれも大人しくしている様に伝える。司法取引の詳細など、騎士団といえども公言すべきではない為、少しでも暴れれば、容赦なく叩かれるであろう。




「よし、お前ら馬車に乗れ!」

 騎士に急かされ、慌てて馬車に乗り込むチンピラ達。


 ルリ達も、アルナを乗せて戻って来た馬を馬車につなぎ、出発の体制を整えた。


(お屋敷で会おうなんて言ったけど、同じ道を進むのよね……)


 領兵が先導する貴族家ご一行、という様子で、2台の馬車は連なり、出発するのであった。




 その日の野営は、忙しかった。

「ウルナ、合計40人分よ! がんばろう!」

「はい、リフィーナ様!」


 騎士団が20人、チンピラ達14人、それにルリ達。

 合計40人を超える大所帯だ。


 案の定、騎士団は少ない保存食しか持っておらず、全員分の料理を準備する事となったのだ。



「イルナ、ちょっと一緒に来てくれる? お肉が足りなそうなの、何か狩りに行ってくるわ」


 ルリとイルナが、森の中に走っていく。

 セイラほどの精度ではないが、ルリの危機感知も、近くの魔物の反応くらいは十分わかる。

 ほどなく数体の猪を狩って戻って来た。


「リフィーナ様、ふだん戦闘の時、手を抜いていらっしゃるのでは?」

「あはは、そんな事は無いわよ。みんなが強いから、私が全力で何かする必要がないだけ。

 それに冒険者としては私が先輩だから。見せ場は作ってあげないとね」


 イルナが、ルリの魔法力を見て驚くのは無理もない。

 一人の時、つまり自重しないルリの狩りは圧巻だ。


 魔物を探知すると同時に、魔物を氷漬けにする。

 魔物は気付く暇もなく絶命する。


 ルリが行うのは、その場所に行ってアイテムボックスに仕舞うだけだ。

 木の実でも拾うがごとく、魔物を狩っていた。




「お肉はいっぱいありますので、どんどん召し上がってくださいね」


 メイド三姉妹が次々と料理を運んでくる。

 ルリやセイラも手伝いたいのであるが、相手が騎士なので手が出せない。

 王族や領主の娘が、配下である騎士に配膳などしたら、騎士が首を吊りかねないのである。


「アルナ、ありがとうね」

「いえいえ、これが本来の私たちの仕事なんですよ、お忘れですか?」


 貴族家の来客をもてなすのも、使用人としては重要な仕事なのだ。

 王都の屋敷に来るのは友人ばかりで、大勢をもてなす機会に飢えていたメイド達は、野外の野営と言う特殊な状態ではあるものの、今を楽しんでいた。


「さぁリフィーナ様、早く召し上がってくださいね。そうしないと、周りも食べられないのですよ」


 そう、身分の高い者が食事に手を付けないと、食事が始まらないのが貴族の風習だ。

 ルリは慌てて席につくと、ミリア達と共に食べ始めた。




「ねぇルリ、領都ではあなたの帰還、どういう扱いになってるの?」


「うん、それなんだけどさぁ……」


 セイラの質問に返答するルリ。

 騎士の話を聞く限り、リフィーナが王都から帰還することは噂が広まっているらしく、あるべきお忍びの旅とはかけ離れている状況になっているらしかった。

 身を隠して領都に入るか、いっそ派手に正面から領都に入るか、選択が必要だ。



「わたくしは、正面から堂々と行くべきだと思いますわ。何も隠れる理由は無いのですから」

「私も、またパレードしたいです! マリーナル領の時の事、忘れられなくて……」


 ミリアにとっては、民衆から歓迎される事は喜び以外の何物でもない。

 以外だったのはメアリー。王都やマリーナル領都でのパレードが、気に入ったらしい。


「そう、それなら、正面から行きましょうか……」


「うふふ、ルリが一番恥ずかしがってるのね。今回の主役はリフィーナなんだから。

 ミリアと2人で思いっきり目立たせてあげるわよ!」


 ルリがしぶしぶパレードを了承すると、セイラがからかってくる。

 生まれてから貴族として育ったミリア達とは違い、日本人生活の長いルリには、人前に出る事はまだまだ緊張する案件だ。



「アルナ、領都に入る際に正装するから、着付けとかよろしくね」

「はい、皆様の着付けを出来るなんて、光栄ですわ!」


 衣装はいろいろと持ってきているので問題ない。

 メイド三姉妹にとっては、王女の着付けが出来るまたとないチャンス、ひしひしと歓喜が伝わってくる。


 領都直前まで、持ってきた衣装の中からどれを着るかと衣装選びに嬉々とするルリ達であった。





 今はアメイズ領の領都まで2時間程まで迫った休憩地。

 馬車を止め、大型のテントの中で、少女たちの着せ替えショーが行われている。


「リフィーナ様は、白系が似合いますね」

「それ、デビュタントの時の衣装じゃない?」


 輝くような乳白色をしたレースのドレス……どうみてもウェディングドレスを着せられたルリ。

 翡翠のアクセサリーが、瑠璃色の髪を引き立てる。


 対照的に、ミリアは赤いドレスを選んだ。

 2人が並ぶと紅白が見事に栄えて、絵画の様な神々しさだ。


「「「おおおおお!!!」」」

「ミリアーヌ様、リフィーナ様!!」


 着替えのテントから出ると、騎士団から歓声が上がる。

 チンピラ達すら、思わず跪いた。


 さらに、メアリー、ラミア、セイレンが現れると、ボルテージは最高潮だ。

 3人とも貴族ではないが、立ち振る舞い含め、貴族にしか見えない。


「我らもここまでする必要があるのかのう……」

「ラミア、綺麗! 私もキレイでしょ?」


 ラミアとセイレンも、状況をそこまで理解できていない割には、楽しそうにしている。

 特に『人魚』のセイレンは、美にはうるさい。こだわりがあるらしかった。



「あれ? セイラは?」

「私の正装はメイド服ですわ。でも今回は仕方ないですね。近衛騎士の鎧で参列します」


 パレードの先導、それは騎士が務める。

 その役は、セイラがピッタリだ。


 隊列としては、騎馬隊、馬車、領兵の順に並ぶことにする。

 アメイズ領の馬車には、ミリアとルリが前方の目立つ場所に並ぶ。後方にはメアリーとラミア、セイレンが座った。

 領兵の馬車にはチンピラ達が乗っている訳だが、決して顔を出さないようにと釘を刺した。



「さぁ、行きましょうか!」


 セイラが号令をかけ、騎馬隊が前進。

 近衛騎士のセイラと老齢の騎士2人が先頭を進み、領都へ向かって走り出した。


 王都のような巨大な門がある訳ではないが、入領を待つ行列の横を、ゆっくりと進む。

 門に差し掛かると衛兵が一斉に敬礼を行い、一行を迎えた。


「おい、どこのご令嬢だ?」

「あれって……三の姫様じゃないか?」

「……おい、三の姫様だってよ、何でここに?」


 王都からアメイズ領に来た商人だろうか、ミリアの事は知っているようだ。

 それに、学園に通っている事も公知の事実であるから、アメイズ領に現れるのは驚いて当然だ。



 そのまま屋敷までの大通りを進む。

 王都ほど広くないので、観衆までの距離が近い。


「「リフィーナ様、お帰りなさい!!」」

「「ミリアーヌ様、ようこそアメイズ領へ」」

 笑顔で手を振るミリアとルリ。


(街の様子、明るいわね。よかった……)

 昨年と比べて、雰囲気がよく見える。まずは一安心のルリだった。



「「「王女様ぁ」」」

「「「天使様ぁ」」」

「「「女神様ぁ」」」

「「「聖女様ぁ」」」


「ねぇ、私たちが呼ばれるのって、王女、天使、女神、聖女……。

 結局どれが誰なのかしらね?」


「わたくしは不満ですわ。王女ではなく、もっと英雄っぽく呼ばれたいです」


「ふ~ん、どんな呼ばれ方がいいの?」


「う~ん、女帝、聖上、現人神……」


「あなた、どのポジション狙ってるのよ……」


 意味がわかっているのかいないのか……。ミリアの発言に、呆れるルリ達であった。

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