第73話 森の集落

 旅行……いや冒険者としての研修の旅の初日。

『ノブレス・エンジェルズ』は元気にスタートを遂げた。


 しかし、早くも予定変更。

 学園長との約束なんてどこ吹く風で、西の森を突き進むルリ達。


「ねぇ、そろそろ野営地探しながら進んだ方が良いわよね」

「うん、街道は南だから、そっちに向かえば少し森も薄くなるはずよ」


 野営するには、せめてテントを張れる程度のスペースは欲しい。

 快適な寝床は、この旅行のひとつのテーマでもある。



「では、少し南の方向に進みましょう。その方がお馬さんも歩きやすいだろうしね!」

 ミリアの声に全員で頷く。


 そう、せっかく手に入れた豪華な馬車は、森の中では走れないのでルリのアイテムボックスの中だ。

 ただ、生物である馬は収納できないので、メイド三姉妹に引かれて歩いている。



「リフィーナ様、私とイルナで先行して、野営地探してきますわ」

 アルナとイルナの提案にルリが頷くと、2人は風のように走って行った。

 思っていたよりも数倍優秀なメイド達である。


 お互いに迷子にならないようにと、ルリ達はゆっくり進み、2人の帰りを待った。

 しばらくすると、戻って来た2人をセイラが感知する。


「ただ今戻りました。3キロほどの距離に、小さな集落があります。その周辺はいかがでしょうか」


「盗賊のアジトとかじゃないわよね……」


「はっきりとは申し上げられませんが、農家の集落に見えました……」


 アルナの提案に、ルリが疑問を持つのもおかしくはない。

 森の中の集落と言うと、以前潰した盗賊のアジトを思い出してしまう。


「ルリ、心配いらないわよ。もし盗賊とかだったら、やっつけちゃえばいいじゃない!」


 ミリアはいつも強気だ。

 実際、そう簡単に盗賊に遅れをとるとは思えないメンバーではある。



「そうね、行ってみましょうか!」

「「「おー」」」


 アルナの案内で、森の中の集落を目指す。

 そこは、家が5軒ほどあり、周囲に畑が広がる、のどかな集落だった。



「うわ、森の中から貴族様!?」

「……すみません、私どもは何もしておりません、ご容赦を~」


 畑仕事をしていた夫婦らしき男女が、突然森の中から現れたルリ達に驚いた。

 しかも、貴族にしか見えない事から恐れおののいている。


(そりゃ驚くわよね。でも……何で謝る? 何かあるのかしら……)


「こんにちは。突然驚かせて申し訳ございません。

 私たちは旅の冒険者です。何もしないので安心してくださいね。

 それで、この辺で野営をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」


 セイラが丁寧に挨拶し、用件を伝える。

 こういう場面のセイラの冷静さと優雅さは、場を落ち着かせてくれる。



「あ、ああ、いいと思います。少しお待ちください」


 夫婦が慌てて、一番大きい家の方に走って行った。

 集落のリーダーのような人に確認をとるのであろう。



「貴族様、いえ冒険者様ですか。何も持て成せないのですが、それで構わなければどうぞお過ごしください。見ての通り場所だけはありますから」


 夫婦に連れられてきた、如何にも農家な男性が、話しかけてきた。

 長老と呼びたくなる風貌である。


「ありがとうございます。住民の皆様にはご迷惑はお掛けしませんのでご安心ください」

 セイラが礼を伝え、野営地として使わせてもらう事が決まった。



「皆さまは、ここで何の作物を作っているのですか? 何かお困りの事などございますでしょうか」


 ルリが探りを入れる。単純に何を作っているのかも気になるが、問題があるのであれば解決したい。

 気分は、黄門様ご一行の世直し旅だ。



「自分たちが食べる分の作物だけを細々と作って暮らしております。

 この辺りは大きな街までは遠いですのでな」


 長老……ルリが勝手にそう呼んでいるだけ……が言うには、王都にしてもアメイズの領都にしても一週間程度の距離で、商売には向いていない場所なので、必要な分だけ作っているらしい。


 こういった集落は、排他的だ。ここでも例に漏れず、会話少ないままに長老や夫婦は去って行った。



(もう少し情報が欲しいわね。必殺の餌付け作戦しかないわ!)


「ねぇみんな、この集落には何か困り事があると思うの。それを聞き出したいの。

 食事の提供、いいかしら?」


「うん、お肉もいっぱい入手できたしね。食事は良いけど、何か気になる事でもあったの?

 自給自足の集落何て地方では普通だし、そんな変わった事なんてなかったけど」


「行く先々で問題を解決する世直し旅なんだから、何かあるのよ、そう言う設定になってるの!」

「「「はぁ?」」」


 世直し旅モードのルリの理屈に、意味が解らないというミリア達。

 原作を知らなければ、何を言っているのか分からないだろう。



「まぁいいわ。食事の準備を始めましょう。セイラは長老さんに食事の件を伝えてくれる?」

「うん、わかった」


 納得できていないミリアではあるが、食事を提供する事に問題はない。

 念の為、長老の確認を取ってから動いた方が良いので、その役は礼儀正しいセイラにお願いする。



 集落の住民にとっても、食事を振舞ってもらえると言うのであれば文句はない。

 長老に誘われるかのように、十数名の住民が表に出て来た。


「あらま、貴族様の食事にありつけるなんて……」

「何か裏があるんじゃないのか……」

 賛否両論、住民たちも慎重だ。

 ルリが冒険者だと説明するが、完全に貴族様で定着している。



「皆さん、王都で流行しているアメイズ・バーガーです!

 それに、ポテト芋のフライもありますよ! お料理が出来るまでの間で、召し上がってください!」


 テーブルにアメイズ・バーガーとポテトフライを並べる。

 幸いにも、3人の子供たちが飛びついてくれた。

 餌付けをする場合は、最初が肝心だ。一口食べてさえもらえば、次からが楽になる。



「母ちゃん、美味しいよ、これ」

「これがポテト芋なの? カリカリで美味しい!」


 子供たちの喜ぶ顔を見て、慎重な大人たちも食事に手を伸ばし始めた。

 こうなればこっちのもの。ウルナを中心に、次々と料理を作り始める。


「ほら、長老さんもどうぞ」

「ちょ……長老!? まだ48だぞ!」

「お嬢様からみれば十分あんたは年寄りよ!」


 メアリーが長老の手を引き、食事に誘う。

 周囲の住民たちも少し気を許してくれたのか、冗談が行き交うようになってきた。



「オーク肉のカツですよ! さっき森で狩ったオークですので、新鮮です!

 もし作り方を知りたい方がいましたら教えますので、集まってくださいね!」


 ウルナの料理教室が始まった。

 卵など集落では入手しにくい材料も必要ではあるが、新しい調理の数々に、集落の女性たちも上機嫌だ。


 親しみが増したタイミングで、噂話の収集に走る。

 その中で、ひとつ気になる会話があった。一人の女性の発言を、ルリは聞き逃さなかった。

 その場はうまく誤魔化された様な会話であるが、ルリの世直しアンテナが反応する。


「……ところで皆様は王都からアメイズ領都に向かっているのですよね。

 明日は早くに出てしまうのですか?」


「はい、朝の準備を終えたら出発する予定です。何かお困りの事でもございますか?」


「もしお時間がありましたらお昼頃までいていただけないかなと……、いえ、何でもないんです、朝採れたお野菜をお土産に……なんて思っただけです……」


(明日の午前中に、何か起こるのかしら? 注意だわ!)




---


「ねぇ、本当に何か起こるの?」


「うん、もう少しだけ、ここで隠れてましょう。大事なのかは分からないけど、昨日の女性の話から推測すると、午前中に何かが起こるわ」


「……いいけど。またルリの妄想なのじゃないでしょうね?」


 不納得ながらも、翌朝、木の陰に隠れて様子を見るルリ達。

 そこには、しっかりと、トラブルの種がまかれているのであった。

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