第72話 旅行初日
「メアリーは前日の夜からルリの所に泊まるのよね。私とミリアは王宮の入口で待つから、迎えに来てね」
「うん、馬車で向かうわ。それじゃ、当日会いましょう」
セイラと待ち合わせの最終確認を行い、それぞれの屋敷に戻る。
旅行、いや研修の旅への出発の3日前。
学園長に挨拶し、グレイシーとベラに別れを告げ、学園を後にした。
「リフィーナ様、お帰りなさいませ。準備は整っています。確認なさいますか?」
屋敷に着き、待っていたメイド三姉妹のアルナに、馬車や荷物の確認をさせてもらった。
窓付きの、10人乗りの大きな馬車。
座席はクッションでふかふか、毛皮が敷かれて、そのまま寝転がっても快適だ。
2頭の馬の毛艶も黒光りして元気そう。文句なしの豪華な馬車だった。
倉庫代わりの部屋に行くと、テントや布団、それに調理器具が並び、さらに大量の食材が準備されている。
普通なら馬車に乗りきらない、引っ越しでもするかのような量なのだが、ルリは確認しながらアイテムボックスに収納していく。
「いつ見ても、リフィーナ様の収納魔法はとんでもないですね!」
「衣、食、住って言うでしょ。長い旅行なんだから、充実させないとね。それに、今回は身内だけの野営だから、遠慮なく快適さを追求したいじゃない!?」
「ウルナも、料理の下ごしらえを今日中に終わらせるそうですので、後で収納をお願いします。お土産用のアメイズ・バーガーは、注文してありますので、明日受け取ってきますわ」
「うん、準備は万端ね。ありがとう」
翌日、予定通りにメアリーと合流。
全員の準備が整っている事を確認、簡単な夕食を済ませると、早めに就寝する。
そして、あっという間に出発の日がやって来る。
さっそく馬車に乗り込み、屋敷を後にした。
「うわぁ、この馬車快適ね!」
「メアリー様、馬車の上では飛び跳ねないでください!」
朝、馬車に乗って喜ぶメアリーに、アルナが注意している。
御者台ではイルナとウルナが馬を操り、王宮へと急ぐ。
ラミアとセイレンも、少し楽しそうな表情だ。
「ミリア、セイラ、おはよう!」
「「おはよう!!」」
王宮でミリアとセイラを迎え、ついに旅行へ出発だ。
従者から受け取った荷物を収納すると、馬車は最初の目的地、アメイズ領都へ向かって動き出した。
「まずは、冒険者ギルドで出発の挨拶ね」
「うん、それから西の森の施設に顔を出して、あとはアメイズ領まで街道沿いを進む予定よ」
当面の予定を確認。メイド三姉妹もスケジュールは把握しているので問題ない。
冒険者ギルドの前で馬車を止めると、『ノブレス・エンジェルズ』だけで、ギルドに入る。
「Cランクパーティ『ノブレス・エンジェルズ』、研修の旅に行ってまいります!」
代表して、ミリアがギルドマスターのウリムに出立を告げる。
「ええ、アメイズ領都とフロイデン領都のギルド支部のギルマスには伝えてあるわ。安心して行ってらっしゃい。
分かってるとは思うけど、無茶な依頼を受けちゃだめよ!」
各ギルドに、危険な依頼を受けさせないように通達を送っているウリムではあるが、心底心配であった。『ノブレス・エンジェルズ』のトラブル体質は、想定外を巻き起こす事、間違いない。
「「「「行ってきます」」」」
そんな心配などお構いなく、元気に出発。
他の冒険者たちの声援も受け、意気揚々と、4人は馬車に戻るのだった。
西の森入り口の宿泊施設。ルリやメアリーの発案で作られた村は、少しずつ発展を遂げている。
前回の魔物の調査以来、周囲の防衛に力を入れた事で、柵などは以前より大きく作られていた。
まだお堀の建築は始まっていなかったが、概ね計画は出来たそうで、近く実行に移されるらしい。
説明を受けたついでに、ルリ達も、少し休憩を取ることにする。
「ここも人が増えたわね。1年前はただの原っぱだったのに、信じられないわ」
「それに、若い冒険者さんが増えたわ。王都に出回る魔物の素材も増えたって聞いたよ」
思惑通りに発展してくれた事に、思わず笑みが漏れる。
空き地を見つけて、テーブルを設置。昼食の準備を始めたルリ達。
『ノブレス・エンジェルズ』の登場に、周囲の冒険者たちも興味津々だ。
ルリ達は、もちろん冒険者の衣装である。
魔術師のローブを纏ったミリアとメアリー。
ミニ浴衣ローブのルリ。
そしてセイラは、メイド服。
さらに、メイド三姉妹もいるので、メイド率が高くなっている。
ちなみに、ラミアとセイレンは普通のワンピースなので、むしろ貴族っぽい。
なので、傍目には、貴族の女性が2人とメイドが4人。
それを守る魔術師の冒険者3人と言う組み合わせに見える。
実際にも、ラミアとセイレンは料理や準備をしないで待っているだけなので、見た目通りの動きを、それぞれ行っている状態になっていた。
「今は時間もありますので、少し作りますね」
メイドの料理担当ウルナがルリから食材を受け取ると、調理を始める。
「あの? 皆さんも召し上がられますか? どうせ、作りすぎて食べきれなくなると思いますし」
ルリが声を掛けたのは、周囲の冒険者やギルドの職員たちだ。
噂の『ノブレス・エンジェルズ』の出現に、周囲は数十人の人だかりになっていた。
青空の下、食事風景を見られる位なら、一緒に食べた方がまだいい……。
「アルナとイルナも、オーク肉の下ごしらえ手伝ってくださる?
ウルナはどんどんお肉焼いちゃってね」
王族と一緒に食事をとる機会など、普通の冒険者には有り得ない場面だ。
最初は躊躇する者もいたが、ミリアやセイラが直接食事を配った事で、その場にいたほぼ全員が参加する状態になった。
「たしかにわたくしは第三王女のミリアーヌですが、今は冒険者のミリアですわ。
冒険者に身分は関係ありませんの。皆様も一緒に、食事を楽しみましょう!」
ミリアの呼びかけに、みんな大喜びだ。中には涙を流す者さえいる。
旅の最初から、派手に話題を振りまく『ノブレス・エンジェルズ』。
ギルドの極秘任務中などと言う設定は、すでに忘れている……。
「ミリア、ちょっといい?」
「うん、どうしたの?」
「しばらく狩りとかしてなかったじゃない? 西の森でオーク肉とか少し補充したいのだけど……」
突然数十人に振舞えば、在庫が尽きるのも当然だ。
この先が街道を通って旅をする事を考えると、狩りはしにくくなる。
ルリは今のうちに、少し魔物の肉を補充しておきたかった。
「うん、いんじゃない? ねぇセイラ、この森を進んでも、アメイズ領に行けるわよね?」
「そうね、南西に向かえば、その内街道に突き当たるはずよ。街道じゃなくて、森の中を進む?」
「分かった。じゃぁ馬車は収納して、狩りをしながら行きましょう!」
ミリア、セイラと会話し、行先が決まった。
予定では当然馬車で移動する工程になっているのだが、目的地に着ければそこまでの問題ではないだろうとルリ達は考えていた。
メイド三姉妹に予定の変更を伝え、ラミアとセイレンにもしばらく徒歩になる事を伝える。
食後のティータイムを終え、ルリ達は出発した。
馬車を丸ごと収納した事に周囲に驚きの声が上がるが、ルリのオークが何体も丸ごと入る収納は有名だ。周囲の冒険者も納得し、見送ってくれた。
貴族やメイドを連れての狩りと言う妙な光景ではあるが、『ノブレス・エンジェルズ』なので誰も突っ込むことはない。
「あの、このメンバーでの戦闘は初になります。それぞれの役割を確認しておきましょう。
それと、メイドの皆さんの戦闘を見た事がありませんので、雑魚が出たら一度お任せしたいです」
戦闘指揮のメアリーが、全員に声を掛ける。
それぞれの能力を知っておくことは、パーティ戦闘においては必須事項だ。
「さっそくいたわよ、前方200メートルにオーク3体。どうする?」
「私たちでやらせてもらえませんか? 1人1体でちょうどいいです」
セイラがオークを発見すると、メイド三姉妹が名乗り出た。
オークは決して弱いはずではないのであるが……。
「いつでもサポートに入れるように、ルリとミリアは魔法を待機。
セイラも、周囲に警戒してくださいね」
メイド三姉妹が前に出て、その後ろに『ノブレス・エンジェルズ』が待機。いざという時にはいつでも助けに入れる態勢だ。
「そろそろ接敵するわよ」
前方に3体のオークが見える。
スカートの中から取り出した短剣を両手に構えると、メイド三姉妹は音もなく走り出した。
スタタ
ズシャ
ズシャシャ
……圧巻だった。素早く近づき、オークが構える隙も与えない内に、フワっと舞うと、首を両断。
ほんのまばたき程度の時間で、3体のオークは崩れ去った。
「「「キレイ……」」」
三姉妹の剣舞は、美しかった。そして、すさまじかった。
「ねぇルリ、あれがアメイズ流の剣舞なの? ルリよりも強いんじゃない?」
「うん、3人とも、お爺さまに直接指導されてるから……。途中までしか教われなかった私よりも強いよ。
それにイルナは、私の剣舞の師匠なの!」
二刀流の剣舞は、時間を見つけてはイルナに今も教えてもらっているので、三姉妹はルリの師匠と言っていい。
それでも実際に、メイド三姉妹の戦闘を見るのはルリも初めてだ。
武闘派のイルナだけでなく、アルナもウルナも一撃でオークを仕留めた事に、驚いた。
(まるで忍者ね……)
それがルリの感想だった……。
「ははは、皆さん強すぎです……。作戦とか、いらなそう……」
メアリーががっくりと肩を落としている。
その辺の魔物なら、出会った瞬間に誰が戦っても瞬殺になりそうだ。
「では、アメイズ領に向けて南西に直進。食材と出会ったら確保ね。
ずっと森の中歩いてくのは大変だから、適当に街道に出るようにしましょう」
ミリアが方針をまとめると、道なき道を真っ直ぐに進む一行。
魔物を狩るかどうかの基準は、食べて美味しいかどうかだ。
ルリ達は、夕飯のメニューを考えながら、食材を探して突き進むのであった。
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